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腹這いの姿勢で、本を捲る。吊るしたランタンの光がページに反射して眩しい。
視線を感じて顔を上げると、蚊帳の外から母さんが苦笑いして俺を見ていた。
「トムソーヤごっこは、いつまで続くの?」
テントの入り口に蚊取り線香を置いた。半年ほど前から、俺は家の庭にテントを張って、そこで眠るようになった。虫は出るし、暑っ苦しいし、快適じゃない。でも、ここで夏生と寝るのを気に入っている。
「楽しいよ。母さんも泊まってみる?」
俺が誘うと、「腰が悪くなりそう」と断った。母さんの顔は、前よりも少しだけ肉付きが良くなっているように思う。ホッとするけれど、少しだけ、裏切られたようにも感じる。
「それに夏生もあんなにはしゃいでる」
夏生はカエルを追いかけて、庭を駆け回っていた。弾けるような笑い声が、虫の合唱と合わさる。
母さんがため息をつくのが聞こえた。
「もう遅いから、早く寝なさいね」
母さんが戻っていく。縁側には父さんが立ったまま、じっとこっちを見ている。俺と目が合うと、無理やりのように笑む。
父さんも母さんも俺を待っている。俺はそれを知っていて、困らせている。
わかっているんだ。わかっているけど……。
夏生がテントを叩き、俺は蚊帳を開けてやった。夜露にまみれた体で潜り込んでくる。寝転ぶと、ふわあっ、と大あくびした。俺はランタンの明かりを消した。たちまち四方から暗闇が迫ってくる。座敷から零れる明かりも、川向こうのように遠く感じる。
「母さんがワジワジしてるな。翔が俺に付き合ってテントで寝るのが気に食わないって」
夏生の言い方には、どこか俺を挑発するような調子があった。
「違う。俺がやりたくてやってるだけ」
夏生は鼻を鳴らす。
「母さんはおまえだけが心配なんだろ」
「違う! 母さんは夏生も大切さー」
カッとなって声を荒げると、「大声出すと、母さんが心配するぜ」と宥められた。
気づまりな沈黙だった。でも、間もなく夏生の寝息が聞こえて、拍子抜けした。夏生は驚くほど寝つきが良い。
真っ黒なテントの屋根を見つめていると、ふっと、鉄平のことが頭に浮かんだ。あいつは、ひとりぼっちでサトウキビ畑で眠っているんだ。地面はゴツゴツで虫だらけだし、幽霊が出るってのに。
……そんなにまでして、蒼に会いたいのだろうか?
なんだか胸がシンと淋しくなって、腕を伸ばして夏生に触れる。柔らかくて温かい。夏生の体温が俺に流れ込んで、眠りへと引きずりこんだ。
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