ウージ畑とゆうれいと

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ウージ畑とゆうれいと

 走ってゆく夏生を海風が追い越し、サトウキビがザラザラと楽しげに笑う。こすれ合う葉から、波飛沫みたいに残照が散る。 「夏生、待てってば! もう日が沈む! 悪いもの(ヤナームン)が出る!」  俺が声を張りあげても、振り返った夏生は、ケタケタと家守(ヤールー)みたいに笑うだけ。白い背中が茜色に染まる。ピョーンと高く跳ねると、サトウキビ畑に飛びこんだ。  ハーシェッ! マジかー!  慌てて、夏生の後を追いかける。熱気に蒸れた、青臭く甘ったるいサトウキビの匂いに包まれる。 ――夕暮れのサトウキビ畑にはな、幽霊が出るよー。子供だけで入るなよ。  幼い頃、死んだオジィから聞いた話を思い出し、背中がゾクゾクゾクッとした。  俺の生まれ育った南大東島は、沖縄本島よりもずっと東にある。  だから、琉球王国時代には、「ニライカナイのうふあがり島」として、崇められていたんだってさ。  ニライカナイは、魂が生まれて帰ってゆくところ。だから、南大東は、珊瑚礁に群がる魚みたいに、死者の魂でいっぱいなんだそうだ。  もちろん、魂なんて見えるものじゃない。  でも……光と影が溶け合う夕暮れ時には、見えることがあるんだってさ。  オジィが幽霊の話をしたのは、子供たちが勝手にサトウキビ畑に入り込むのを止めようと、脅すためだ。そう理屈ではわかってる。  わかってはいてもやっぱり不気味だ。夕闇の中で巨大な生き物みたいにモゾモゾうごめくサトウキビ畑は、おっかない。  夏生の後ろ姿が、深海のように青黒い葉陰で、うっすらと光って見える。  ザラザラザラ……。  風が吹くたび、サトウキビの葉がお喋りする。遠ざかれば、秘密でも囁いているように、サワサワサワ……。  行けども行けどもサトウキビ。空を仰いでも、葉先に切り取られた夕空が目に入るだけで、どっちに向かっているかもわからない。  このまま、永遠にさまよい続けるような気がして、ゾッとした。冗談じゃない!  目の前の葉を思い切り掻き分けたとたん、黒々とした影がぬうっと立ちはだかった。
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