第二章「百鬼夜行」

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第二章「百鬼夜行」

 三日後の夕方。  私は、あの晩の夢でモズに教えてもらった、件の場所へと来ていた。  鳥居の陰に隠れて、日が沈むのを待つ。  人気の無い場所ということもあって、日が完全に沈み、あたりが暗くなると、まだ何も出てきていないというのに、薄ら寒い心地になってきた。街灯はあるにはあるのだが、古くなっているのか薄暗い上にちらちらと瞬いていて、それが却って余計な妄想をかき立てる。明かりが消えて、またついた瞬間に、さっきまではそこにいなかった何かが現れていそうな気がするのだ。  しかし一時間ほど待ってみても、実際には何も現れなかった。  私は次第に、自分のやっていることが馬鹿らしくなってきた。体もだんだん冷えてきたし、こんな人気の無い場所では、妖怪よりももっと現実的なもの――例えば変質者とか――が怖い。  もう帰ろう。やっぱりこの前のあれは、ただの夢だったんだ。  そう思い直して、鳥居の陰から一歩足を踏み出した時、何かが近づいてくるのが見えた。  最初は、歩き煙草の火かと思った。それでも咄嗟に鳥居の陰へともう一度身を潜めたのは、つい先ほどまで変質者が出た場合のことを考えていたからだ。たとえ最初から犯罪目的でうろついている人間ではなかったとしても、こんなうら寂しい所に女一人でいるのを見たら、良からぬ考えを起こさないとも限らない。用心するにこしたことはなかった。  けれど、それとの距離が縮まってくるにつれて、私はその動きがどう見ても歩き煙草などではないと気づかざるを得なかった。二つの火の玉が、互いを追いかけ合うように、空中でくるくると円運動をしているのだ。  それらが更に近づいてくると、火の玉の前方にも何かが浮かんでいることが分かった。白くて長い、長方形の布のようなものだ。特に妖怪には興味の無い私でも、子供の頃に見ていたアニメのおかげで、それのことは知っていた。  あれは、一反木綿だ。  鳥居の陰で息を潜めたまま様子を覗っていると、一反木綿はそのまま鳥居の前を通り過ぎていった。その後を、対になって飛ぶ二つの火の玉が追う。更にその後に続くものを見て、私は思わず「ひっ」と声をあげた。  シルエットだけならただの和装の人間に見えるそれには、目が三つあった。一つ目小僧ならぬ三つ目小僧というやつだろうか。三つ目小僧は声に反応して、こちらへと顔を向けた。その口角が持ち上がり、にいぃぃーっ、と不気味な笑みを形作る。  鼓動が早鐘のように打ち、暑くもないのに汗が顔から滴り落ちた。  逃げたい。今すぐにでも、ここから逃げ出したい。  本能がそう訴えかける。けれど私は、その場から動こうとはしなかった。  あの夢でモズが告げた通り、本当に百鬼夜行が来た。だったら、彼を生き返らせてもらえるというのも本当かもしれない。  私は、汗ばんだ手を固く握り締めた。  そうだ。  私は、逃げ出すわけにはいかない。  願いを叶えるため、彼を生き返らせるために。  それに、モズも言っていたじゃないか。この魔物達は、自分からこちに手を出してきたりはしないと。  魔物達の方へと目を遣ると、三つ目小僧はとっくに通り過ぎており、今は九尾の狐が歩いているところだった。  三つ目小僧は間違いなく、私がここにいることに気づいていたはずだ。それでもこちらを見て笑っただけで、特に何もしなかった。やはりあのモズの言った通り、向こうから手は出してこないのだろう。  それからも様々な魔物達が通り過ぎていったが、私は次第にそれにも慣れてきた。  魔物の中には、金貨が竜巻状に集まって飛び回るものもあった。そういえばモズは、魔物の中には富をもたらすものもいると言っていた。あれがそうだったのかもしれない。あるいは、人を惑わすものの方か。  いずれにせよ、今の私にとっては無用の存在だった。お金を積めば彼が帰ってくるというならそうするけれど、そんなことはないのだ。だったら、金貨なんかに用は無い。  最初は怖かったけれど、この分なら百匹目が来るまで待つのもわりと余裕かもしれない。  私がそんな風に思い始めた時のことだった。それが、やって来たのは。
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