エピローグ「百匹目の魔物」

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「いやはや、百の舌と書いて百舌(モズ)ですが、百枚も舌があれば二枚舌を使うなど楽勝でしょうなぁ」  いやらしい口調で皮肉る小さな百足を、百舌はじろりと睨んだ。 「あまり失敬なことを言うと、そこの枝に突き刺してはやにえにしますよ。私は嘘など何一つとしてついていません。もし(・・)彼女が百匹目であるあなたに対価を差し出していれば、実際に死者を生き返らせることができていたでしょう」  そう、この小さな百足こそが、本当の百匹目であった。九十九匹目である黒板の九十九神(つくもがみ)の体が大きかったため、そのすぐ後ろにいたこの小さな百足に彼女は気づかず、九十九匹目を百匹目と誤認してしまったのだ。  もし彼女が、百匹目なのだから最後尾だけに注意していれば良いだろうと考えず、一匹目から順にきちんと数えていれば、黒板の九十九神が通った時にそれがまだ九十九匹目であることに気づいたかもしれない。 「なるほど、確かに嘘はついていない。しかしあなたが、百匹目は小さな百足の姿をした魔物だとはっきり伝えていれば、彼女が誤ってあの嘘つきの九十九匹目に接触してしまうようなこともなかったでしょうよ」  九十九匹目は、どうということのない対価しか求めない魔物だ。だがその代わりというべきか、死者を生き返らせるような強い力は持たない。それにも関わらず、何故生き返らせると明言したのか。魔物は嘘を避けるものだというのに。  そう、魔物は嘘を避ける。それは、嘘をついたと人間に認識されると、自分の力が実際に嘘になってしまうからだ。  しかしそれは逆に言えば、人間に嘘だと認識されさえしなければ、嘘をついても問題無いということでもある。そしてあの九十九匹目は、それにもってこいの力を有していた。  記憶を書き換える力だ。  九十九匹目は彼女に、死者を生き返らせると言っておいて、彼女の記憶の方を改変したのだ。  死した恋人についての記憶を消し去り、その一方で、最初から死んでなどいない弟が死んだという記憶を書き加えた。彼女の認識の中では、魔物の言葉通りに一度死んだ弟が生き返ったことになっている。嘘だと認識されてはいないのだ。 「いやはや、なんとも意地が悪い。それとも、恩知らずと言うべきですかなぁ。彼女はあなたを助けてくれたというのに」 「対価を手に入れ損ねたからって、あまり失敬なことは言わないで欲しいですね。私がわざと騙すような言い方をしたのは、こうなった方が彼女にとっても良いと思ったからですよ」  百舌は、嘴で、窓の向こうにいる人間を指し示した。 「ご覧なさい、彼女のあの幸せそうな顔を。死者を蘇らせるような禁忌を冒すよりも、死者のことなど忘れて幸せになる方が、人としてよほど健全です」
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