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エピローグ「百匹目の魔物」
「姉ちゃんさ、急にそんなに髪短くしてどうしたの?」
「これは――ううん、なんでもない」
モズは言っていた。死者を生き返らせるための対価は、百匹目の魔物の気分次第だと。取るに足らないものを求める時もあれば、大切なものを差し出させる時もあると。
私は、運が良かった。
「そんなことより、本当に今日、出かけるの? やっぱりやめにしない?」
「だから、そういうわけにはいかないんだってば」
私があまりにしつこかったせいか、弟はうんざりした様子を隠そうともしなかった。彼をずっと家に閉じ込めておくわけにはいかないことくらい、私だって理解している。それでも、心配になってしまうのはどうしようもない。
「車には、本当に気をつけてね」
「それ、今日言うの何回目? なんか今日の姉ちゃん、ちょっとおかしくない? いつもはそんな過保護じゃないじゃん」
確かに以前の私は、弟のことをもっとぞんざいに扱っていた。馬鹿だった。彼が死んだ時になって、ようやく気づいたのだ。彼が私にとって、どれほど大切な存在だったのかを。
「だって、もしあんたがまた死んだりしたら、私……」
「またって何? まるで俺が一度死んだみたいじゃん」
弟は呆れ顔だ。仕方がない。彼は自分が一度死に、そして魔物の力で生き返ったことを知らないのだから。
弟だけではない。両親を含め、周囲の誰もが、彼の死についての記憶を失っていた。生き返らせたというより、最初から彼は死んでいなかったことになっていた。彼が一度死んだことを覚えているのは、私だけだ。
「まあ、なんかよく分からないけど、元気になったみたいで良かったよ」
弟はそう言って溜め息をついた。
「彼氏が事故に遭ってから、ずっと自分も死にそうな顔してたからさ、正直、心配だったんだよね」
「彼氏……?」
何を言ってるんだろう、この子は。私に彼氏なんて、いたことはないのに。
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