エピローグ「百匹目の魔物」

1/2
前へ
/6ページ
次へ

エピローグ「百匹目の魔物」

「姉ちゃんさ、急にそんなに髪短くしてどうしたの?」 「これは――ううん、なんでもない」  モズは言っていた。死者を生き返らせるための対価は、百匹目の魔物の気分次第だと。取るに足らないものを求める時もあれば、大切なものを差し出させる時もあると。  私は、運が良かった。 「そんなことより、本当に今日、出かけるの? やっぱりやめにしない?」 「だから、そういうわけにはいかないんだってば」  私があまりにしつこかったせいか、弟はうんざりした様子を隠そうともしなかった。彼をずっと家に閉じ込めておくわけにはいかないことくらい、私だって理解している。それでも、心配になってしまうのはどうしようもない。 「車には、本当に気をつけてね」 「それ、今日言うの何回目? なんか今日の姉ちゃん、ちょっとおかしくない? いつもはそんな過保護じゃないじゃん」  確かに以前の私は、弟のことをもっとぞんざいに扱っていた。馬鹿だった。彼が死んだ時になって、ようやく気づいたのだ。彼が私にとって、どれほど大切な存在だったのかを。 「だって、もしあんたがまた死んだりしたら、私……」 「またって何? まるで俺が一度死んだみたいじゃん」  弟は呆れ顔だ。仕方がない。彼は自分が一度死に、そして魔物の力で生き返ったことを知らないのだから。  弟だけではない。両親を含め、周囲の誰もが、彼の死についての記憶を失っていた。生き返らせたというより、最初から彼は死んでいなかったことになっていた。彼が一度死んだことを覚えているのは、私だけだ。 「まあ、なんかよく分からないけど、元気になったみたいで良かったよ」  弟はそう言って溜め息をついた。 「彼氏が事故に遭ってから、ずっと自分も死にそうな顔してたからさ、正直、心配だったんだよね」 「彼氏……?」  何を言ってるんだろう、この子は。私に彼氏なんて、いたことはないのに。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加