祈りの聖典

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 男の声がした。人々が行き交う大通りの反対側だ。  雑踏に背を向けて路地の奥に目を凝らすと影より濃い黒いものが浮き出て見えた。 (この人・・・一体)  黒い甲冑に黒いマント、見た目は騎士だがその雰囲気が異質だ。  その静かな佇まいから感じるのは彼が驚異だということだ。こちらに悪意があるわけでも殺気を放っているわけでもないのに怯んでしまいそうになる。  まるで意思を持った大きな闇でも立っている様だった。 (彼も予言の関係者か)  アンシェルは直感的に思う。そして、彼が破滅を導く側であることも同時に確信した。 「この街で何をするつもりですか?」 「・・・種を蒔いた、時期に結ぶだろう。天使を堕とす者達はもうこの街に潜んでいる」 (種・・・街で騒ぎでも起こすつもりか)  口ぶりからすると魔物か何かの襲撃からの住民の混乱を狙っているのだろうかと勘繰りたくなるが、随分と素直に話すのが引っかかる。 (なぜ僕を引き留めたんだろう)  街で問題を起こすならいっそのこと自分を監禁した方が時間稼ぎになりそうだが、彼は近づいてすら来ない。 「不思議そうな顔をしているな。まあ、君の考えは半分正解だ。そのつもりだった、だがやめたよ。保護者同伴の子どもに手は出さん」 (この人も、解かるのか)  懸命だ、とアンシェルは思う。彼は自分より明らかに強者だが、自分に手を出せば怪我をするのはあちらだ。耳元で聞こえる”彼女”の無邪気な笑い声がアンシェルの考えを肯定する。 「もう半分は」 「君に会ってみたかった。あの異端の寵愛を受ける人間に興味があってね」 「異端?」  聞き返そうとした時だった。何か大きなものが2人の間に降ってくる。  巻き上げた土埃の間から、白い芋虫のような怪物が現れた。 「ほう早いな。すまない、時間だ。また会おう少年」  虫に隠れて姿は見えないが彼の気配が遠ざかるのを感じた。 「君なら見つけられるだろうか、忘れ去られたあのものたちの名前を」
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