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屋敷を出る頃にはすっかり陽が落ち、月もない夜にふたりの足音が響く。
浅黄が手にした提灯が揺れ、人通りの少ない道を淡く照らし出していた。
「大丈夫かい、雛。妖の姿になるのはひどく消耗するだろう」
「そんな長く変わっていないもの。あれくらい、大丈夫だわ」
「そうか、良かった。体は大切にしなくちゃね。こんな良縁なかなかないのだから」
「良縁かしら」
雛の言葉に浅黄は肩を竦めた。
「当たり前だろう?平野義勝様は地主でかなり裕福だ。雛が嫁にいけばさらに裕福になるだろう」
「私は………」
別に裕福になりたい訳ではない。
喉までその言葉がでかかる。が、それを言っても変わらない。
価値観が違うとか、そんな理由ではない。
妖なのだから。人間と同じ感情があるわけがない。動物のように、生きる糧があればいいのだと、そう信じて疑わない人間に何を言おうと変わらない。
動物も、嫌ならば逃げる術はあるだろう。だが雛にはそれがなかった。
雛。
それは、翼があっても飛べないものの呼び名だ。
欲しいものが目の前にあっても、自分の嘴ではとれず、親鳥がいなければ糧すら得られないものの。
「浅黄」
「なんだい」
浅黄が足を止める。家族が彼に雛の世話を任せるようになってから、彼女には唯一の肉親と変わらなかった。妖である雛を怖れながらもずっと雛の事をいたわり続けてくれたのも、浅黄だけであった。
それが例え、彼自身の為であったとしても。
「貴方と別れるのが……私は寂しいわ」
雛がそう告げた時の浅黄がどんな表情をしたのか。ー見ることは叶わなかった。
後ろから突然伸びてきたゴツゴツと骨張った手が雛の視界を覆った。同時に抱き締められるように引き寄せられた。
「え……」
突然のことにわけもわからないまま、耳に届いたのは、ざしゅっ、という音とー
「捕まえたぁ」
低く狂喜に濡れ光ったそんな囁きだった。
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