君の幸運

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自由? 雛は呆然と男を見上げた。兄のようにー時には違う想いも感じていた人に、駆け寄ることすら自分には許されないのか。 「あさぎ………」 雛は声を上擦らせながら手を伸ばした。 だが男の腕に阻まれて動くことすら叶わない。 その時、乱暴に掴まれていた髪からかんざしが抜け落ち、地面にかつんと落ちた。長い髪が男の手にまとわりつく。それが癪に触ったらしい。男は長い髪をまとめて片手で掴むと「動くんじゃねぇぞ」と囁き、刀を一閃させた。 長い髪がざっくりと切り落とされ、雛は地面に座り込んだ。男は髪を適当なところへ放ると、刀を鞘にしまい、座りこんだ雛を抱き上げた。 何処かへ連れていくつもりらしい。さっさと歩き出した男に、雛は離してとも悲鳴をあげて助けを呼ぶことも出来なかった。男が嗤いながら言ったからだ。 「下手に叫ぶと死体が増えるぜ。俺は人を殺したくて仕方ねぇ奴だからよォ」 男の着物や、体にまとわりつく異様な臭いが鼻をついた。血の臭い。 何よりざんばらな黒髪からのぞく、その昏い眼光にぞっとした。今は刀を手にしていないのに、手足が恐怖に震える。 「幸運を呼ぶ妖のくせに、アイツには幸運がなかったな?」 ふと気づいたように言われて、雛は口を開きかけた。だが恐怖に喉がひりついて上手く声がでない。 雛の妖としての力は回りに幸をもたらすこと。しかし、常時放出する力は雛の体力をひどく消耗する。そのため、一族にしか伝わらぬ術によって作られた妖力を抑える札をお守りにしていつも懐にいれているのだ。そのせいで、今の雛はただの人間と変わらずー浅黄は幸運に恵まれることなく死んだ。 浅黄の死に顔が思い出されて、雛はまた涙を溢れさせた。 するとまるで子供をあやすように、ゆらゆらと雛を腕の中で揺らしながら男は明るい声をあげる。 「泣くんじゃねぇよ。これから楽しいことが始まるんだぜ?」 「……っ……なにをする気なの……?」 男はにんまりと笑った。 「地獄覗きさ。嬢ちゃんにも見せてやるから安心しなァ。ひとぉつ、ふたーっつ、みぃっーつ………」 数を歌い出した男の唇が獰猛に弧をえがき、その目が血のように赤く光ったような錯覚を覚え、雛の冷えきった指先が震える。 浅黄の微笑みが見たいと目をきつく閉じたが、無惨な死に顔ばかり思い出されて、彼の笑顔は思い出せなかった。
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