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君の幸運
しとしとと雨が降る。
部屋の障子を開けた青年が、後ろを振りかえって微かに笑った。
「また今日も雨のようだよ、雛」
雛と呼ばれた少女が朝食を食べていた手を止め青年を仰ぎ見る。美しい銀の長い髪がその動きに合わせ、さらりと揺れた。
「そうね。昨日も今日も、きっと明日も雨だわ」
少女の声に孕んでいたのは怒りのようでも悲しみのようでもあった。青年ー浅黄は苦笑して肩を竦める。
「君の心を代弁して、とでも言いたげだね」
「天が私の気持ちを推し量ってくれるとは思わないけど、そんな気分ではあるわ」
「我儘はいけないよ、雛。君自身も幸運に恵まれてる。これから何一つ不自由なく暮らせるんだから」
「………私が羨ましい?」
雛が問いかけると、浅黄は当然と言わんばかりに微笑み頷いた。
「何ももたない者から見ればとっても」
視線を落として、すっかり食べる気が失せたとでも言うように、雛は箸を手にしたまま動かさなくなった。こんな問答は何度も繰り返してきたのだ。それこそ、この"生"を受ける前から、ずっとだ。
浅黄は雛から視線をそらし、また雨の降る曇天を見上げている。そんな彼に聞こえぬような、小さな声が雛の唇から漏れた。
「何一つ自由にならなくても、うらやましいって思えるの」
言葉は雨音に紛れて消える。
雛は再び箸を動かして食事を再開した。
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