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「さ、着いたわ」
光を見上げながら歩いていたら扉の前で立ち止まった彼女にぶつかった。
フェリチタは謝ったが、メイドは気にした様子もなく目の前の赤く塗られた木製の扉を軽くノックをし返事も聞かずに扉を開く、開かれるそれにフェリチタは緊張する間も無く、この家の主人と対面することになった。
落ち着いた雰囲気の部屋だった、オレンジのランプが灯り皮張りのソファにこちらを背にして男が座り、机で何か作業をしていたが、返事もせずに開かれた扉を顔を顰めながら振り返った。
「返事をしてから開けろと何度も言っているだろう」
フェリチタの父親と歳は同じくらいに見受けられたが、彼のような素朴で優しい温かさはなく、肩幅が広く恰幅の良いこの男はどこか威圧的に見えフェリチタはメイドの陰に隠れた。
「それよりも、ファームから到着しました」
メイドはそんな男の様子を気にしたこともなく、背中に隠れたフェリチタの肩を押して自分の前に出した、フェリチタは背の高い男を見上げ、男のアーモンド色の瞳が細められ、ほぉと声を上げた。
男は興味深そうに近づいて目線を合わせるようにしてしゃがむ、真正面から向かうことになったフェリチタは見知らぬ大きな男に戸惑った。
「こんにちは」
ご主人様がどういうものかは分からないけれど、きっと偉い人なんだとフェリチタは挨拶をした。この人が神様で、案内してくれた人が神官様なのかもしれない。男はフェリチタのもちもちした小さな腕を取って軽く揉む。
いきなり触られるとは思わずフェリチタは少したじろぐ。
「ん?うん。ファームの子どもというのはこんなものかい?」
フェリチタの言葉に軽く頷いて、男はメイドを見上げた。
「要望通りですよ」
「そうか」
男はフェリチタの腕をもう一度指で押し、何か考える素振りを見せてから手を離した。自分の腕を触られた理由が分からずにフェリチタは自分の腕を握ってみるが、変わったところも、おかしなところも何もない。
「明日は頼む」
メイドはその言葉に頷いた。交わされる言葉はフェリチタが理解出来ないものであったし、ご主人様という男と会話は出来なかったが、ここは「偉い人」が暮らしている世界で、その中でも偉い人なのだから村から出てきたばかりのフェリチタが、あのような対応を受けることになっても仕方のないことなのかもしれない、とひとり納得する。
男の部屋から出たフェリチタはメイドに連れられて初めの部屋へと戻る。
「もう疲れたでしょう?今日はもうお休み」
「このお家を探険したいわ。扉がいっぱいあったし!どんな魔法があるのか見たい」
疲れてはいるが好奇心が勝った、今にも飛び出して行きたくてうずうずしている、本当は外にも行きたい、魔法の世界だからきっと外もきっと色々なものであふれている、でも夜だからそれは我慢だ。
「ええ。でもそれはまた明日。とっておきの葡萄ジュースがあるの、それをあげるからそれを飲んで今日はお休み」
「はぁい」
フェリチタは不満を感じながらも頷くとメイドは一度部屋を出て行ってしまった、ベッドの上に座って足をぶらぶらさせて待つが、すぐに興味はベッドの上に置かれていたくまのぬいぐるみに向いた、抱きしめるとふわふわしててとても気持ちがいい、手を持ってぱたぱたと動かしてみるとなんだか生きているみたいでとてもかわいかった。
少ししてメイドはジュースを持ってくる、コップの中に紫の液体が入っている、フェリチタはどきどきしながら口をつけて一口含む。甘い香りが口の中に広がった、とても美味い、フルーツの味だけじゃない、飲んだことのない甘味にフェリチタはコップを傾けて一度コップから口を離さずに飲み干した。
「おいしい!おかわり」
コップを差し出すが、メイドは首を横にふるった。
「一杯だけよ」
「むー」
それならばもっと味わって飲めばよかったとふてくされながら横になる。横になると睡魔が襲ってきた、歯磨きをしないとおかあさんに怒られると思いながらも、瞼はどんどん下がっていく。お姫様の洋服にお城みたいなおうち、おいしいジュース。この魔法の家に他にどんなものがあるんだろう、今日この日のことですらみんなに話すことがたくさんある。
「しあわせだなあ」
微睡みに身を任せながらもフェリチタは呟いた。
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