16人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ《始まりの日》
「あぁさみぃ……」
俺、下川 壱は鼻水を啜りながら夜道を歩く。
今日も深夜遅くまで残業とは、俺も社畜精神に蝕まれているな。
やれやれと首を振る。
しかし、冬の季節が近づいてきたためか、肌寒い風が吹くな。
厚手のコートとマフラーで寒さ対策をしながらも、震えが止まらない。
あぁやだやだと思いながら我が愛しのマイホームを目指し、俺は早足で歩くと、目の前から怪しさ満点の男が近づいてくる。
街灯に照らされる男の見た目は鼠色のフードに白いマスクと、なんか近寄りがたい感じだ。
まぁ、だからと言って関わんなきゃどうということはない。
俺は男から視線を外そうとした時、その男がゆっくりだが確実にこちらに向かって歩いてくるではないか。
え? なんで追いかけてくるんだ!?
若干焦りを覚えた俺は、身体を反転し、歩く速度を早めてそこから立ち去ろうとした時、男が急に走り出した。
「なっ!?」
驚きで硬直した俺に急接近した男は徐ろに懐から何かを取り出す。
それはどこにでもある“包丁”だった。
おいおい! 嘘だろ!?
焦りながらも逃げようと身体を動かそうとするが、身体は何故か金縛りにあったように動かない。
なんでだ! なんで動かない。動け、動けよっ!
何度も自分を叱咤するも、身体は動かず、ただ掠れた声が出るばかり。
そうしている間に男は血走った目で俺の懐に入り、コートの隙間から包丁を突き入れる。
「がっ!?」
今までに経験したこともない激痛が走る。
痛い痛い痛いっ!!
情けなく涙が流れる。口は意味もなくパクパクと開閉する。
膝は力を失った様に地に着き、俺は前のめりに倒れた。
その間も男は俺の背中を滅多刺しにし、血飛沫が辺りに飛び散る。
なんなんだ。コイツは俺に恨みでも持っていたのか、それとも快楽殺人か、わからないしわかりたくもねぇ。
男の興奮した鼻息、徐々に身体の機能が失われていく感覚に恐怖を覚える。
あぁ、俺はこのまま死ぬのか……。
意識を失う直前、最後に思い出したのは、残していってしまう親と友人の顔だった。
最初のコメントを投稿しよう!