「いいから、早く逃げろよ?」

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「いいから、早く逃げろよ?」

 大陸南西部に属する小さな港町ボーサの大手宿屋の“アーサネ・ボーノ”主人 “グラノフ・バルチェンコ”にとって、その男は現在、迎えている、うだるような熱気を 孕んだ海風より、更に気に食わなかった。 時刻は深夜。飛び込みの客や歓楽街で遊んできた旅客のために、正面の受付は開けてある。 平和な時代だが、万が一、強盗が来ても、自分なら勝てる自信があった。 グラノフは先の大戦では近衛兵団の1人だった。その彼だからわかる。夜の闇をそのまま引き摺ってきたような男の目は魔物達と同じ。残酷さと冷徹さを備えていると踏んだわけだ。 だいたい、港に船は全て入っている。“飛竜便”に、夜の飛行予定はない。とすれば、 この男は何処から来た?全身黒ずくめの衣服を身に纏い、短い白髪を束ね、魔物の目をした男…そいつがこちらを値踏みするように見つめた後、声をかけてきた。 「店主、人を探しているんだ。こんな時間で悪いが、知っている事があったら教えてほしい。」 低いが、何処か、陽気さを含んだ声に、正直、意外な印象を持った。だが、次の彼の言葉から出た内容にグラノフは身を固くした。 「探し人は女だ。名前は“マキ”黒髪の女、年はまだ若い。 この大陸で、黒髪って珍しいだろ?異大陸の出身だ。 そんで、首には昔の奴隷の印みたいに鉄の枷輪がついてる。 この港で働いてたと聞いてな。そんでここに来れば、何かわかるかと思ってな。 どうだい?知っているか?」 もちろん知っている。彼女が初めて店に来た時、グラノフは“まず、その首輪を外したら どうだ?“と言ったからだ。何も得意の無いと喋った彼女が、 “それでも、自分にはお金が要る。どんな事でもします。” と言った事に対し、彼は優しく首を横に振り、 “もう、そんな時代じゃない。君が望む仕事をしたらいい。そうだな、ウチで働くって言うなら、まずは皿洗いとベットのシーツ交換、それに床掃除だ。慣れてきたら、ここの受付もやってもらう。三食飯つき&個室も完備!休みは週1、そんで月16エクレ―ツ銀貨 (日本円で約16万円)の給料でどうだい?“ と言った所、とても素敵な笑顔で頷いたからだ。実際、マキはよく働いた。接客、掃除も問題なし。常に明るく、柔らかい仕草や笑顔を振りまく彼女に、旅の客はお礼の銅貨(この世界では一番、位の低い通貨)を弾み、中には銀貨に金貨までを置いてくモノもいたほどだ。 そのマキは、夕刻にここを去った。グラノフとしては非常に残念な事である。半年間の 勤務態度は素晴らしかったし、給料を上げる話も出していた。宿屋暮らしではなく、 近くにある良い物件も紹介しようと思っていた程だ。 “自分に何か落ち度があったのか?問題があるなら、話してくれ。可能な限り、 対応する。君はウチの看板娘、家族みたいなもんだ“ そうも言った。すると彼女は一瞬、嬉しそうな顔を見せてくれたが、すぐに俯き、 ただ、一言、 “お世話になりました。” と頭を下げ、宿屋を出て行った。その理由が今わかった。原因はコイツだ。あまり自身の 生い立ちを話したがらない彼女は、この不気味な男から逃げていたと今ならわかる。 「知らんな。」 だから、グラノフは不愛想な態度を隠さずに、短く答えてやった。男がごねるなら、 両足に挿し込んだ2刀の短剣を抜くものなら、受付カウンター下に隠してある弓収納式の クロスボウを出してやるつもりだ。大戦から数年が経ったが、今だ腕は衰えていない。 「そうか、世話になったな。あんがとよ。」 存外にアッサリと男は引きが下がり、背を向ける。こちらの威圧的な態度に怯んだか? グラノフは一瞬、そう考え、緊張を解こうと肩を揺らす。その瞬間、彼の視界は真っ暗になる。 いつの間にか男の手が、グラノフの頭を掴んでいた。“何をっ”と言おうとする彼の口は 激しい頭痛で中断される。 「やっぱり、あの女はここにいたか。見た感じ、時刻は夕方。一足遅かったな。 口の動きからすると、次は北に向かう。一番最短は、モンブリ港から続く山間都市、 間違いねぇな。さっそく追うとするか…」 「き、貴様、バンサー(魔術傭兵の意)かっ?」 「そーゆう店主は、王国軍の近衛兵、頭を読まなくても、腕の入れ墨は戦場で何度も 見かけたよ。悪いな、色々参考になった。あんがとよ。」 男は手を離し、今度こそ、完全に外に消えていく。グラノフは、痛む頭を抱え、床に手をつき、しばらく、動く事が出来なかった…  (あの、おねーちゃんは何を、そんなに急いでたんだろう?) モンブリ路上の靴磨きの少女“ソーナ”は、先程、自分の前を走りさった女性について 考えを巡らせていた。 ソーナの仕事は一日路上に座り、あらゆる客の靴を磨く事。戦災孤児で姉と二人で暮らす 彼女は、例えわずかばかりのお金でも姉という家族のため、一生懸命励んでいた。 今は冬の季節。寒い夜が明け、日の光が山から覗く頃、それと一緒に帰ってくる姉と連れ立って、家に帰るのだ。 今日も風が冷たく、寒い日だ。震える体をさすりながら、通りのまばらな人々に小さな声を 振り絞り、接客を続けるソーナの前を彼女が通りかかった。 この大陸には珍しい黒髪が美しい女性だった。首に付けた輪っかの形から、以前の自分達と同じ立場かも?と思ったソーナは、少し声をかけるのを躊躇ったが、彼女は自分を見つめた後、肩から下げた袋から、金貨を一枚出して、集金用に置いた小箱に入れてくれ、 「頑張ってね」 とニッコリ、優しく笑った後、その場を走り去っていった。普段、彼女の靴磨き代の 報酬は二足とも磨いて銅貨3枚(銅貨100枚で銀貨一枚分相当、1000枚で金貨一枚の計算となる)それに比べたら、かなりの金額だ。 お礼を言おうとしたソーナが立ち上がったが(彼女は足が不自由ですぐには動けない) その時、既に女性の姿はなかった。 だから、今は金貨をしっかり握り、姉の帰りを待っている。もうすぐ夜が明ける。姉を驚かせてあげよう。このお金で何を買おうかな…?新しい服に、暖房用の薪も一杯買えるだろう。そんな期待に胸を膨らます彼女の前に、夜の闇より、更に暗い何かが立つ。 「お嬢ちゃん、一つ教えてくんねぇかな?おっと、靴磨きはいい。この汚れは洗ってもらっても、もう、とれねぇからな。」 「な、何…?」 暗闇の中で異様にギラついた二つの目を見据えられ、ソーナは怯えを隠し切れない。 腕は緊張で固まり、膝はガクガクと震えている。 彼女の様子を見た男は一瞬、苦笑いのような表情を浮かべた後、しかし、すぐに先程の狂暴そうな目を見開き、言葉を続けた。 「先程、いや、暗くなってから、まもなくかな?ここを黒い髪の、首輪つけたねーちゃんが通ったと思ったんだが、気づかなかったかな?ここら辺で暑い季節の終わり頃から、働いててな。実は、その子は、にーちゃんの妹でね。久しぶりに会いに来たら、 いなくなってたんで、追いかけてるんだけどよ?」 「通ったよ。アタシに金貨くれてね。そんでね、ニッコリ笑ってくれた。いい、おねーちゃんだったよ。」 「そうかい、お前に金貨をね?相変わらず甘ちゃんだな。しかし、いや、待てよ? てことはだいぶ蓄えあんな。海路を使わず、そのまま陸路を行くな、多分…よーし…」 「?お金はそんなにないかも。だって、おねーちゃん、首輪してたし。前のアタシと アタシのお姉ちゃんと同じだもん。だから、きっとお金ないよ。」 存外に優しそうな男の問いに、安心したソーナは自分の見解も入れて話す。その言葉を聞き、男はじっとこちらを見つめた後、自分の進んできた方角を見つめ、口を開く。 「‥‥お嬢ちゃんのおねーちゃんは、今は首輪ついてないんだろ?」 「うん、でもお仕事は首輪ついてる頃と変わらない。だけど、家あるよ。小さいけど。 前みたいに檻とか、小屋の中じゃないもん。だから、楽しいよ。きっともうすぐ帰ってくるよ。」 「おねーちゃんは、お前と同じ、目の色が左右違うのか?」 「うん」 短い男の質問に、ソーナはただ頷く。何故か、一瞬、彼の表情に少しだけ、 悲しみの様子が見えた気がした。 「そーか、よし、色々教えてくれたからな。アイツは今ごろ山中で野宿だし。充分間に合うな。」 1人呟く男はソーナの方を見る事なく、元来た道を引き返していく。 1人残された少女は、そのまま朝まで待ち、袋一杯の金貨を持った姉を迎え、 彼女の仕事と自分の靴磨き職を辞めた…  「とてもキレイな歌声ですね。」 黒い髪をなびかせた女性が、こちらに振り返り、頭上を飛ぶ竜を指さし、 爽やかな笑顔を見せる。ガイドの“バンツーチ”は、負けないくらいの笑顔で答えた。 厳しい冬が終わり、暖かさが戻ったガンブレント東谷では、観光名物“ドラゴンライブ” の開催シーズンとなっていた。ドラゴンよりは小型のドレイクに、またがった地元出身の 女ハイランダー達(空飛ぶ動物に乗る山岳民学)の歌声がこの谷中に響き渡る。 それを目当てに谷は観光客で賑わい、バンツーチ達の生活が潤う仕組みとなっている。 彼は組合に所属する観光ガイドで、谷を訪れ、金を持っていそうな客につき、案内し、 日銭を稼ぐ。 また、時には彼が目を付けた美女をガイドする事もある。“マキ”と名乗る黒髪の女性は バンツーチのお眼鏡に叶う、タイプという訳だ。 確かに首輪をつけてるのは、少し気になった。だが、それも過去の時代、今では ファッションにしている者も少なくない。客の素性は極力聞かない。特に美人は尚更だ。 「素晴らしい景色でしょう?ええっと、マキさんでしたよね?どうです?今夜は ここに一泊して、明日も観光なさってみるのは?お安い宿もご紹介できますし、 この先を行くと、本物のドラゴンもいる旧神殿もご紹介できますし。私、案内しますよー!」 お得意の営業トークを捲し立てるバンツーチにマキは少し悲しそうに首を振る。聞けば、 今日でここを去るとの事。口調は優しいが、目にはハッキリと決めた意思が窺えた。 接客、それもガイドや値段交渉を生業とする彼には、それがすぐにわかった。 こーゆう時、しつこくするのは、彼の性分ではない。非常に残念ではあるが… 「わかりました。でも、惜しいですねー。ここは大戦が終わって、 平和な時代の象徴、モンスターと人間の共生社会の土地です。それを貴方にも もっと感じてほしかったんですけどねー」 こちらの言葉にマキは“わかっています”とばかりにしっかり頷き、言葉を発する。 騒がしい辺りの中で、しっかり通る非常に良い声でだ。 「ありがとう、でも充分です。以前は竜が空を飛べば、人々は弓と剣を持って、戦いに備えました。ハイランダーさん達も戦いの道具でしかなかった。よく通る声は、戦火の中で モンスター達を操るための技量、でも、それが人々の楽しみに繋がっている。とても良いモノ事です。私も嬉しいです。」 そう喋る彼女の横に、一羽のドレイクが上空から一気に降り立つ。 普段の連中からはあり得ない行動だ。 周りの客からは、驚きの声が上がるが、マキは慣れた様子で竜の頭を撫でてやっている。 思わずバンツーチは先程から抑えていた疑問を口にした。 「マキさんはもしかして、モンスリーダーズ(魔物使いの戦士の意)だったんですか?」 「‥‥うぅーん~、それよりはもっと、下の…何と言うか モンスレイド(魔物使いの奴隷戦士)ですね。」 「あ、そうですか…し、失礼しましたー!!」 バンツーチにとっては、商売上最もタヴーな瞬間…相手の素性、それも あまりよろしくない、恐らく触れてほしくない場面が来てしまった。 だが、こちらの慌てように、マキはゆっくり頷き、笑顔を見せる。 「いいんです。そんなに慌てなくても、むしろありがとうです。気を遣って頂いて。」 「い、いえ…自分達も、大戦の時は、あんまり良い扱いじゃなかったっすから。」 「それでも、貴方達は憎しみを捨てた。今は人々を受け入れ、異なる種同士の 橋渡しに貢献してる。素敵です。それを見たくて、私はここに来て、そして 感じる事が出来ました。ありがとうございます。」 屈託のない笑顔を見せるマキ、恐らく彼女も相当の苦行と困難を乗り切り、今に至ったのだろう。自分達もそうだった。わかるのだ。だからこそ… ガイド用の帽子を外し、久しぶりの真剣な表情を作る。 「マキさん…!」 「はいっ?」 「ここで暮らしませんか?」 「えっ?…」 驚いたように目を開くマキ。言葉を続ける。 「戦いは終わりました。貴方がどんな事をなさったかは知りません。 ですが、もういいんです。幸せに生きていい。皆、そうしてる。1人苦しむ必要はない。 なんだったら、俺と…」 「ありがとう。」 バンツーチの言葉を遮り、マキが微笑む。良い答えを期待した彼だが、マキの目の決意が 先程と変わらない事にすぐに気づいた。 「どこの町に行っても、貴方と同じ、温かい言葉をかけてくれる。でも、駄目なんです。 私の戦いは終わってないんです。だから、一つの場所には留まれない。 本当は、終わりにしてあげればいいんだけど…優しい人達に出会う喜びを知ってしまったから…贅沢なんです。私…」 言葉の意図を理解できないバンツーチに頭を下げ、そのままドレイクの横を すり抜けていくマキ。 「待っ…」 「にーちゃん、悪いが、引き留めんな。あれは俺のモノだ。」 追いかけようとする彼の視界を黒い服の男が静かに遮った…  「冗談じゃねぇぞ…」 反王党派の活動家“リドル・マッケイン”は血を流し、負傷したマキを引き摺り、待機していた同胞の“飛竜便”を目指していた。 その最中に、暗がりから現れた男が血走った目で彼女を見下ろし、 憎しみの言葉を吐いた次第だ。 「何だ、貴様は。彼女に何の用…」 叫ぶリドルを、男はいとも簡単に突き飛ばし、彼女の傍に膝を落とす。 「どーゆうつもりだ…」 激痛に呻きながら、絞り出す声に、男は反応しない。マキの体を触り、傷口を調べている様子だ。 「コイツは黒の魔法弾を喰らっている。王党連中の秘密警護の連中か? 一体、何をした?」 「僕は革命家だ。政府の奴等に一矢報いる活動中、奴等に襲われた。彼女は僕を庇って…」 こちらを見ていないが、質問が自分に向けられている事に気づき、あわてて答えを返す。 追手はすぐそこまで迫っている。急がなくてはいけない。 だが、男は全く意に介した様子もなく、相変わらず視線をマキに集中したまま、喋る。 「庇う?お前とコイツの関係は?」 「付き合ってる。3月前から。」 「なにっ?」 男のギラついた目が初めて向けられる。そう、マキと出会ったのは暖かい季節が暑さに変わる時期、王都フルフロンタの街角だった。仕事を探す彼女と一緒に町を周り、仮の住まいとして、自分の下宿に案内した所から始まった。 リドルと打ち解けていく内に、マキはかつての大戦での事、その時の償いも含め、自分は ここに長居は出来ない事もだ。 リドルは全てを受け入れた。自身も活動家の身。場所をいくつも変えるのは慣れている事、 一緒に旅をする事も提案した。 マキは躊躇っていたが、彼の押しも強く、徐々に心を許してくれていった。 その矢先の敵の襲撃。タイミングは最悪。勿論、目の前の男もだ。 この男が、マキの、町を変える理由だ。それが瀕死のマキの前にいる。 (助けなくては…) 動き出そうとする彼の足を止めるくらいの大声で男が笑い出す。 リドルは追撃の手を忘れ、戦慄する。 「はーはっは、コイツが男と付き合う?傑作じゃねぇか?クソッタレ。 先の大戦で魔物も、人間も殺した奴がよ~?一丁前に幸せ享受しやがって。 いいご身分だぜ~、傑作だ。マジで傑作。腹がよじれるってもんだぜ?」 「止せ、やめろ!彼女は全てを背負う気だ。そんなマキを、お前はただイタズラに 怯えさせ、追いかけ回す。屑の中のクズだ!そうだろうっ!?」 「はっはは、ご名答。こちらとら、一流のバンサー様が、人間以下の モンスレイドル如きに負けて、今じゃ、この様。地位も全て失って、あるのは復讐心だけってもんよ。なぁ、そうだろ?マキちゃんよぉ~?ぜぇんぶ、てめぃのせいだよなぁ~っ? おおっ?」 喋り、マキの頭を掴み上げる男にリドルは渾身の力で突進する。だが、その突撃は柔らかく 彼を安心させる匂いによって阻まれる。 男がマキをリドルの胸元に投げていた。 「見たところ、そいつの傷は重症だが、治せねぇ傷じゃない。飛竜を待たせてるんだろ? 頭ん中を読んだ。早く連れてって、お前等の仲間の魔法医に診せな。」 「一体、どうして…」 と声を出したのは、意識を取り戻したマキだった。 「もう、終わりにしていい。貴方の憎しみはわかっている。私があの時、殺されればよかった。だけど、ワガママな私のせいで、迷惑をかけた。皆にも、貴方にも…」 「マキ、もう喋るな…」 「いいの、だから、リドルは助けて。お願いだよ…」 「マキ!」 「冗談じゃねぇぞ!」 意識を失いかける彼女を起こすように男が吠え、ギラついた目を血走らせ、言葉を続ける。 「満身創痍のお前嬲って、俺が満足するとでも?馬鹿にすんな。この数年、ただ、お前を 追っかけてきた訳じゃねぇ。鍛えに鍛え、方術を獲得し、もう、絶対に負けないまでに 自分を作ってきた。それが、負傷したお前と戦う。ふざけるな。お前が全力を出し切って、 俺が倒す。それで終わりなんだよ。俺の旅は!だから、今じゃねぇっ、あんなチンケな 奴等にやらせはしねぇっ!わかったか?」 男が指さした先に、いくつもの影が並ぶ。彼等の両手には紫色の光がいくつも瞬いている。 足から短剣を引き抜く男はもう、既にこちらを見ていない。彼女をしっかり抱える リドルの下で、マキが言葉をかけた。 「ありがとう…」 「いいから、早く逃げろよ?すぐに追いかけっから。」 走り去るリドル達の後ろで、魔弾と剣のぶつかる音がいつまでも、いつまでも続いていた…  王都から離れた、南のマシームの森、古くから癒しの魔導士が多く住むこの地域の 管理人の1人である“ドナ・ハーミス”は二日前にここを去っていった黒髪の女性とその 恋人を名残惜しく思う。 元癒しの魔導士である彼女は、二人の温かい愛情に触れ、自身の魔力も大いに触発された事を感じていた。 彼女の首についた枷、その生い立ちを受け入れた彼女。長い戦乱の世を終わらす共生社会の兆しだ。 これからどんどん時代は明るくなる。その一端を感じ、一翼を担えた。非常に満足であり、 愛おしい。 (また、会えるからしら?) そう思い、楽しさを巡らす彼女の背後から声がかかった。その声はまだ、 この世界がすぐには平穏を迎える事はないという気分に戻させるには、充分だった。 低い男の声はこう言っていた。 「ねーちゃん、人を探しているんだ。知っている事があったら教えてほしい。」 と…(終)
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