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巡り巡って循環し、果ては消えて無くなるのだろうか?
皆さんはパラドックスという面白いものをご存じだろうか。判りやすく、矛盾している様に見えて実はそうではない説、難解な屁理屈、または詭弁とさえ捉えてくれても良い。
有名な説で親殺しのパラドックスというものは憎き自分の親を過去へ行って殺したらば
「はて? じゃあ私は誰から産まれた? そして、両親を殺した私は誰だ?」と言って、
私は未来から過去から現在から存在が消えてゆく……というワケでなく、親は産んだ子に殺されていないのだから再び私は両親を憎み額に汗してタイムマシンを作り上げ過去にと殺しに行っては両親を憎み額に汗する……という循環がずーっと永久に続く事になるのでタイムマシン制作やタイムトラベル能力、特にSFで用いられるようなこのネタは現実がどれだけ便利になったとて不可能であり過去を変えること自体が無理だという説である。
しかしこの説を覆そうと提唱した私の大好きな映画バック・トゥ・ザ・フューチャーは主人公になんやかんやあってタイムマシンで三十年前にタイムスリップしてしまうのだが三十年前とは彼の両親が車の事故をキッカケに恋をし彼が産まれたというのに、知らずに車にはねられそうになった彼の父親となる男を助けた所為で何の因果か女性がはねられ、助けた彼に恋をしたその女性とは自分の母となる筈だった人であり、このままでは自分が産まれない事になるどころか存在が消滅してしまうんだけど!……というシーンがある。
これを先の親殺しのパラドックスに倣って例えてみると、過去へ行って親を殺したらば何も言う暇なく本当に私は未来から過去から現在から存在が消えてしまい、循環も出来ず親を殺す私は存在しないのだからパラドックス自体が基から発生しないという事になる。
自分の存在が消えたらそれまでだ。しかし、藤子・F・不二雄のタイムマシンの存在は利口な猫型ロボットと共に多々使用する彼らは後悔もせず未だ存在し、放送されている。
未来へ行ったら好きな女性と結婚している事実が約束されており、それが未だ変わらず現在をのへらと暮らしていても、過去へ行ってテストの点を変えても尚、出来過ぎている男でなく出来ていないのびと静かに一つ屋根の下、世話しに未来から孫が来る程である。
この上なく簡単で幸せで夢のある話なのだがしかし現実的にはやっぱり不可能なのだ。過去の私は未来など知らなく、未来の私に会った記憶など無い。そもそも未来とはとても繊細であって過去にほんの僅か、たとえ無自覚で触れもしない粒子単位な事でも変わるとそれは水面に浮く波紋の如く時と共に段々大きくなって世界丸ごとパーになってしまう。
パラドックスとはそういうこと。だから私たちは偽名を使い安物件を借り、コーヒーを飲みながら過去の自分らをただ懐かしみながら見守ったり、たまにご褒美を与えている。
「殺すぞ」
「ああん? なんだこの」
「簡単に殺すだなんて言わない。自分が殺されたらどうすんの」
「怨霊となってお前らを殺す」
「だからくどいってば……はいはい私が悪かった! 私の所為! いいね?」
「ババアみてえな事をいうお前が一番ムカつくんだボケ! なんで『モカ』なんて平気で
買える脳味噌してんだ! 全員一致で『キリマンジャロ』ってなっただろクソが!」
「……うるせえー。まだ余ってんだろ、カフェインの摂り過ぎで頭おかしくなったか」
「そんなー、モカが好きなのは私だけ? あんこと合うのに……」
汚言症でもムードメーカーのユキ、ポンコツな頭脳担当のサラ、平和主義も度が過ぎてババ臭い黒人のミューゼの中で汗して働き稼ぐ一人男のオルーセル。元は仲良く五人いた家から一人は目的を早々に達成したのだが、その姿を見た四人に焦りの色が滲み出ているどころか、今日はちょっと機嫌が良いみたいで口論する余裕さえ出てきた様でなにより。
五人目とは私、料理係のシュジンコという偽名で活動を果たした。私の目的は単に車の衝突事故で下半身不随になったのだからスケジュール表の時間あたりに自分の乗っていたらしきレンタカーを確認し近くを車椅子で顔を隠さず、ゆるーく記憶を頼りに先回りして当てられた宅配トラックのドアに石を投げただけで車椅子から立ち上がる事が出来たから
『なんだ、居眠り運転か。ご苦労さんです』と笑顔で中指立てて一抜けしたのであった。
それから四人は部屋にこもってスケジュール管理に念を入れ過ぎ、コミュニケーション不足になっていた。それはもうガチガチに寝る間も惜しんで酒も飲まずコーヒーばかりで私は助言も出来なくなったから皆を見守りつつ、このシステムを解こうと勉強している。
私たちは年齢・性別は違えど同じ穴のムジナの犯罪者、人体実験を受けて此処で暮らすモルモットであり同志、元に戻ったってどうせ臭い飯を食わさせられるだけの日陰者だ。
皆一様にドクター・プーシーからは話は聞かされて首を縦に振った軽率なる実験台で、
『西暦一九九九年七月に恐怖の大王が舞い降りてくる筈だったその頃、私はどうせ世界が終わるのだからと社長の立場を退き多額の退職金で余生を送るつもりだった君たちと同じ信じ込んで決め付け他人の声も聞かず実行に移した馬鹿野郎である。しかしただボーっと暮らしていたワケじゃない、私の趣味は研究だ。うるさい家内も子供も居ない二階建ての家で一人静かにストレス無く失敗に失敗を重ねて、遂に私はこの未来へとやって来れた。
ああ、もちろんノストラダムスの大予言が外れたのは私も身を以て体感した。しかし、肩書きや地位、名誉から遠ざかった立場で続けてきたこの研究がムダでない事も身を以て体感して此処へやって来た。しかし君たちに私が過去から来た事を証明が出来なければ、そう を見る様な目が止む筈はないワケで……これを見て欲しい。私はオカルトが大好きでね、オカルトを如何に誠にするかという研究から始まったといって過言でない。
そうしている内、途中で気が付いたんだ。予言を記すとは一番に未来から過去へ帰った判断のし易い証明書または切符や名刺になるのと、恐怖の大王が来るなんて曖昧な表現をノストラダムスが記したのはちょっとした悪ふざけだったのだとようやく私は理解した。
閑話休題、君は罪を犯した。そしてこの塀の中で一生を送らなければならない。とても退屈だろう、逃げ出したいだろう。だからその悪ふざけを事実として覆してみないか』と
素敵なワケで首を縦に振ると私たちは一九九八年九月へと文字通り瞬く間に飛ばされた。
そんな状況下の初めは皆、顔も名も知らぬ存ぜぬ衣服もその儘に突っ立って、ド田舎の橋の下だったから良かったものの実に困ったものだった。私だけ車椅子なのだが犯罪者がシャバに出られた解放感に夢心地で居られるのもほんの束の間、口を開いたのはユキだ。
「フヘ、エッヘッヘッ! アホ面してるアンタらは分かってんのか、私だけと思ってたが邪魔者が居るんならその辺の川に溺れさせて、てっ、痛えっつうのクソゴミが!」
「言わずとも考えている事は全員一致しているだろう。ドクの話なんてサラサラどうでも良い、今の内にどっかにズらかるって魂胆だよな。それには大いに賛成するがこの全員が握らされているであろう予言書は少なくとも私たちの誰かに見せてはダメみたいだ」
「これがドクター・プーシーの言ってた予言書なんだろうけど変だよ、私はこんな未来を生きていたのなら罪を犯すワケないって位のを書かれてるけどアナタのって事ないよね」
「ここが過去なのかさえ判らんしアイツの話をちゃんと聞いていたヤツは居るのか?」
「私はちゃんと聞いていたよ! だから車椅子もご丁寧に一緒なんだと思う……けれど、一番に殺しやすいのも私だよね……?」
一斉に頷きはするがそう言葉を交わしているうち行動に移した所で余り意味が無い事に段々と自覚してきて、その会話の糸口になってくれたユキと理解の速かったサラのお陰で命拾いをした私はとりあえず情報をおとりにして、ミューゼと男のオルーセルに車椅子を押して貰い土手から出てみれば、ド田舎だからか時代の変化も大して感じない日本らしいといえばらしい田んぼとビニールハウスだらけの風景が広がっているのだからまたユキが
「イライラも度を越して呆れてきた。あの糞オヤジから金ぶんどってくる」と口走れば、
一気に皆してこの現実を突き付けられた。私たちにお金も無ければ家も無く、季節は若干肌寒く黄金色した田んぼが照り付ける田舎に流れる季節は秋だろうという実すらも絶望を感じざるを得なかった私たちはユキを羽交い絞めにして心を鬼に家族のフリをし考えた。
それから農家に良いフリこいて泊まらせて貰いながら農業の手伝いを真面目に働いてのスタートだったというのは今でも良い思ひ出と経験で八方美人っぷりも様になってきたが最年少の馬鹿ユキのお陰様で今があるのだから注意はするものの暴言には誰も叱らない。
「私たちは腐っても前科者だ。だからこそ心を痛めずにパクれるし、人を騙せられるし、殺すことも可能だが……お前の車椅子だけが邪魔なんだ。オッサンの車で夜逃しようにも邪魔、昔だからといって足がついて邪魔、そして何より目立って邪魔、私の計画の総てに邪魔するお前さえ居なければ早々にこの田舎から脱出できたってのに嗚呼ぁー……いひ!
えひっ、あはひは、あたしおやすむーっ! みんなもおやすめーっ!」
アメリカで良い学歴を積んだと聞くサラは薬物中毒の身でストレスに弱く二重人格並に自らが裏返ってしまう時があるが基本的にしっかり者で障害があった私の事を良く考えて試行錯誤の末に四人は盗んだ車で夜逃げし私は後から一本だけ通っているバスで鉢合わすという正直、目的地も無しケータイも無し不安の中どこで降りるか判らない状態だったが
「やっと着いたか。ここからは電車だからこの車も用無し、タバコ三つ買ってきて」と、
終点で毛布に包まり四人で車中泊しながら待って居てくれたサラは姉御肌みたい存在だ。
「ん……ゴホッゴホッ……バスで独りで心細かったでしょう? この時代はまだ優先席も無いだろうし無事で何より! 大丈夫、タバコは私が買ってくるよ」
「その方がいい」
「別にいいけど……」
「いい? どっちの『いい』? 日本語って今も昔もあんま変わらないからね、どう受け取ったら良いのやらで。えーと、やっぱり人種差別?」
日本で産まれ育つも黒人の血が半分流れている美人ミューゼはナイスバディのクセしてそっちの言葉は喋れず罪を犯すまで普通に高校教師をしていた何処までも良い人なのだが気遣いも過ぎて時たま皆を気にし自分の血を恨む疑心暗鬼になってしまう母親的存在で、
「お前はタバコが嫌いなんだろ。俺が買って来る、その方が気にせず吸える」
「……ところで、車中では妙なこと起こらなかった?」
「一応確認したけど『タバコ吸うような女は俺のタイプじゃない』ってさ」
先にペドフィリアと告白したオルーセルは無駄に喋る事無く農業の重たい手伝いも女にやらせるワケにいかんと率先して請け負って文句も言わず汗を流した父親的存在である。
「ミューゼが居てくれて助かるよ。改めてこの時代に車椅子はキツイね」
「お互い様だよ。私だってジロジロ見られ指差されで肩身が狭いし……」
「私は早く安定剤が欲しい。手は震えるし時たま意識が無くなる……その点、馬鹿ユキは楽しげで良いよな。電車でもタバコが吸えて良い時代だ~ってかよ」
「殺すぞ。この時代でしか手に入らないタバコが吸えるから良いんだよ、ああん?」
こうして駅弁や酒を買いながらゆるりと電車を乗り継ぎ私たちが居た筈の刑務所のある都会近くまで来られてより時代を実感し懐かしんだりもしたのだが肝心の刑務所がどうも
「ココの筈だ、絶対そうだ」地図を広げナビをするサラが指差すのは木で生い茂った人の気配も無い場所ばかりで、サラがダウンする程ぐるぐる回っても見つからないのだから、
「じゃあ私たち本当にタイムトラベルして、この時代に取り残されるの?」
「それならあたしは二人いるのらー、会いに行くのらー」
「つまり過去の私にこの予言書通りにさせなければならない……ということ?」
「バカ、合法的脱獄をさせてくれたって事で、それで良いだろアホ!」
「もしそうなら一九九九年の俺たちは今どこに居る、五人いるならバラバラの筈だ」
『そこだけど』ありえない言葉が五人の綺麗なハーモニーで奏でられて酔っていたからか
笑ってしまったが、この笑えない事実は同じ刑務所に入っていたからそう奇跡的でもない同じ区画の同じ塀の中で死ぬはずだった受刑者だから当然であるも、ドクタープーシーはどうして私たちをタイムトラベルさせたのか何故ソコに不特定多数いた受刑者の私たちに恐怖の大王の役をやって貰えると思ったのかという疑問は皆の手の中の予言書にあった。
私たちが伏せていた予言書に書いてある事は、実は全く同じものだったのだ。皆一様に首を縦に振った瞬間、過去に飛ばされたのではなくドクのナイフに刺されて死んでいて、私たちは走馬灯の中を生かされている状態にあるという事。いわゆるゾンビ状態である。
親殺しのパラドックス、過去へ行くのは不可能という説であるが子殺しのパラドックスというのもあり、例えば十歳の私が未来へ行き十五歳の私を殺して元の十歳に戻れたらばどれほど危険を冒しても何でもその五年間は絶対に死なない事が確定するというものだ。
詰まる所この一九九九年を生きている私たちはどうやっても死なない恐怖の大王並みに最強の状態にあり、どうやってか未来から来た前科者で最弱の私たちがその最強のコマをこの予言書通りにさせようとするのがドクの計画なのだ!……とサラは豪語してみせる。
「死んでいて生かされていてって……正直ちょっと頭が痛くなる屁理屈だよ」
「陰謀論ってやつか、さすがヤク中。そんなら一回お前の無い胸を刺してやろうか?」
「まあソコまで言える自分の身を呈して実証してくれなきゃな」
「ああ刺せば良い……刺したらば私に何らかの奇跡と呼べるレベルの現象が起こり間一髪助かる筈だがしかし絶対に傷は付くのだから一応は病院で手術の時間が必要になるんだ、
私たちに時間は無いんだ! だから仮定として頭に入れておけという話なのに……なんでそうやって酷いことしようとするの……もうヤだ……せっかく……うええええっ!」
「まあまあ意地悪な皆もこの一行だけの予言書は見てるよね。『君は別のものになる』の
意味をまず早く理解しないと、如何なるかは判らないけれども……」
別のもの……というフワッとした単語の正体は都心で賑わうノストラダムス大ブームの混雑した中、売れゆく新品だらけの予言書を買って目を通すと、驚くべき存在と化した。
――――――
”一九九九の年、七の月空から恐怖の大王が降ってくる
空から恐怖の大王が降ってくる
アンゴルモアの大王を復活させるため
その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配するだろう” 恐怖の大王の詩
”逃げよ、逃げよ、すべてのジュネーブから逃げ出せ
黄金のサチュヌルは鉄に変わるだろう
巨大な光の反対のものがすべてを絶滅する
その前に大いなる空は前兆を示すだろうけれども” 光の反対のものの詩
”月の支配の二十年間は過ぎ去る
七千年には別のものがその王国を支配しているだろう
太陽はそのとき 日々の進行をやめ
そこで私の予言もすべて終わりになるのだ” ノストラダムスの諸世紀
『(前略)ただ、もし“別のもの”が現れれば、そうした終わりの惨いありさまも消え
ていくように思われるのです。そのときも戦いや欠乏は起こり、人々は苦しむで
しょうが“恐怖の大王”は降らず、“光の反対のもの”も襲っては来ない……。
そして人間は、苦しみもがきながらもつづいていくでありましょう。
終わりはたぶん、先に延ばせるでありましょう。
”別のもの”が表れさえすれば。』 ノストラダムスの大予言Ⅱ ブロワ城の問答
――――――
一九九九年は既にインターネットは通じているものの私たちの時代の様に便利に予言を解釈した記事が無いのだから可なり不便なのは、目の前にある分厚い本にこういった時代背景が映るスカした日本語訳をたったの五人の頭で命をかけ紐解いていかねばならないのだから実に骨が折れるもので逆に原文があれば英語が達者なサラなら、ミューゼが現代文専攻の教師だったなら、今の私がソコに居たなら……たらればを起こすほど悩まされる。
「つまり今ここに居る私たちの存在がパラドックスなんだよね。こんなので怖がりつつも学生生活している私たちと、世界が終わらなかったからこその未来から来てマジになって予言書を睨めっこしている私たちが同時に存在してるからまず恐怖の大王とか関係無しに私たちが別のものにならないといけない……違う?」
「パラドックスがいまいち解らんが同時に存在して居ても今と昔じゃ年齢も格好も違う、俺たちにドッペルゲンガーに逢った記憶はあるか? 俺は無いぞ」
「それなら私も判るぞ! 私もそんな記憶は無い!」
「記憶やパラドックスどうこうよりもまず……ドクはノストラダムスの予言が外れた事を知っていて、恐怖の大王が来るなんて曖昧な表現を記したのは悪ふざけだったと、それを私たちに事実として覆してみないかってことで一九九九年に来て、君は別のものになると予言された……ってワケだから私たちは何もせずとも自ずと別のものになるんじゃ?」
「じゃあなんだ、ハルマゲドンの如く私たちは一丸と光の反対のものと成り恐怖の大王がアンゴルモアの大王を復活させまいと戦い世界を救ったスーパーヒーローと敬われる……
はあっ? 少なくともあたしにそんな気はさらさら有りまへ~ん」
「あたひも有りまへ~ん! 別のもの別のもの……うっせーんだよタコ共が良いか聴け!
理屈なんてどうでも良い話、合法的脱獄させてくれたドクの思い通りになる恩や情なんてこれっぽっちも感じねえ、お前らにもだ! 単に昔の自分に逢わなきゃ良いんだろうに、だから……はい解散ご苦労さん! やっとサヨナラだ! ばーか!」
理解に苦しみ過ぎて煮詰まっていた私たちもユキのいう通り同じ塀の中だったとしても遠い親戚でも無ければ前科者で絶望を負い仲間意識など失っていた筈なのに心の何処かでこの変てこな五人の中の居心地が良かったのかもしれない……と、皆もハッと我に帰って公園のゴミ箱に買ったノストラダムス関連雑誌を投げ捨て散り散りになると思っていた。
「お姉さん、お姉さんってば。私が押してあげましょうか?」
「へっ?……あーお姉さん、その気持ちだけで嬉しいからね。気を付けてね」
「でも……お姉さん、行き先は?」
「行き先? えーっとー……今ちょっとした、リハビリをしてるの!」
「独りで車椅子は危ないですよ! 押しますって、迷子ならなおさら!」
「あはは……優しい娘だね、でも良いの。いやいや大丈夫、大丈夫だってば!」
道角でたまたま出逢った中学生らしき娘は否が応にも車椅子を押し出すのは優しさしか感じないが、私は拒否できない身体な上に金無し家無し行くあて無しの不審者極まりなく風呂にもロクに入れてないこの状態で純真無垢な子供はまずい……と咄嗟に出た言葉で、
「お姉ちゃん、公園で待ち合わせしてるの! だから、ありがとうね!」私の顔を覗いた
その娘はビックリしたのか目をまん丸くして次第に口元ゆがめて泣きそうに走り去った。
そういえば四人はどうするつもりだろうと流石に心を痛めつつも公園へと引き返したら街灯の下に皆がまた寄って集って、話を聞けばどうやら皆も私の様な状況に陥って同様に公園へ戻る他なかったという訳らしく、ウワンウワン泣いちゃったユキを尻目に私たちはまた捨てた雑誌を拾い改めて考えざるを得なく、銭湯で頭を冷やそうという事になった。
「ありがとうねミューゼ。本当に助かるよ……本当、面目ない」
「良いの、逆にこの方が私も格好がつくからさ……はあ」
「おいおいお前! 銭湯に来た事ねえのか、湯船に入る前に身体を洗えボケカス!」
「え……でもその固形石鹸の一つしかないんだぞ? それで身体も髪も洗えというのか?
それにもしかして……全員でそれを使い回せと? 冗談だろ、ただでさえ――」
「洗えっつってんだよ言い出しっぺの無い乳! フツーは石鹸もタオルも持参するのに、奇跡的に誰か石鹸を忘れてってくれたから良かったものの常識がなってねえ!」
「……そこの桶を、取ってくれよ……」
「王様かお前は! 誰もお前の幼児体型なんて見てねーよ自意識過剰!」
浴場がユキの声で一杯になるが元気になってくれて良かったし客が居なくて助かったし固形石鹸を壁にブン投げ割って使えたのは番台さんが男だったから、実に気分良く風呂にのぼせるまで駄弁りながら浸かったのも元の時代から数えても久しいものだった私たちの本題は、休憩所で腰に手をあて牛乳を一気飲みする金銭担当のオルーセルとの汚い話だ。
「主に移動で使いこんだ今の所持金は一万弱、五人で一万は一週間と持たないだろうな。だから四人には二千円を渡しておくがコレは小遣いじゃない。お前らしか出来ない働ける夜の場所がある……余り言いたくは無いがしかし金はどうしても重要だ……この二千円で化粧を買えば十倍に百倍に出来る商売道具をお前らは持っている。この時代なら特にだ」
「そ……そんな事、出来るワケないじゃないか! 特に私に、胸は無い!」
「都合の悪い時に限ってこの野郎。良いよ私がヤってやる、胸無しや黒肌や車椅子よりもこの平均的にスタイルの良い私がな! だから私に全部よこせ」
「いやお前以外に頼もうと思っていたんだ。この時代のポルノは特殊な系統が多いから、信用ならんお前は俺と一緒に土木関係か、パチンコか……」
ここぞとばかり汚い話だとサラと私は引き気味で聞いていたが、隣のミューゼが手を。
「特殊系って例えば、肌の色は関係ある?」
「良かった。お前ならスタイル的にもグラビア撮影だけで一気に儲けられる」
「撮影なら私も――」
「撮影以外でも何でも良いよ? ただ事務所とかに入らないといけないんでしょ?」
「写真撮って応募すれば日本語ペラペラってのもウケて間違いないだろうな」
ここまでノリノリなミューゼは人目を気にして居たがソレを差別と感じていなかったのかもしれない、自販機のバカチョンカメラでいきなりヌードを撮らせられたオルーセルは至って性的な目で見ずに銭湯で、ただただ私たちと番台さんは圧倒され息をのんで居た。
結局ミューゼに六千円を渡し夜の街に消え、私たちは千円ずつ。空き巣を繰り返そうと企むもやっぱり私だけどうしても犯罪対策の足かせのように足手まといで、マジメに働くオルーセルとパチンコの台を叩くユキが仕事に行くと私はサラに電話での詐欺を企てる。
「なるほど私たちの時代、未来の詐欺なら注意喚起の一つも無いこの一九九九年の老人を簡単に騙せるワケだな。そして今まで謎だったが、お前はコレでヤっちゃったのか」
「車椅子じゃ今も未来も不自由なのに変わりは無いんで、マニュアルはこんなもんかな。ワタシワタシ詐欺なら男よりも上手くいくはずだからビビっちゃダメだよ? 老人を労るように優しく親切に懐に入るのがコツで、あとは……そんなお堅い口調な孫は居ないからもっと甘ったるく明るく! 且つ、ヤっちまった暗さも携える演技力と……何度もかける体力と根気と……まあテレカだけなら普通の頭してればポンと出してくれるよ!」
それから一週間、一番稼いだのは夜の街で二番はフリマだった。ミューゼとは0の数が三つ違うが有名人の顔入りだったり古ぼけた未使用テレホンカードは買ってくれるもので帰りが早く愚直に働いたオルーセルと、早々に溶かせる金が無くなるユキが風呂に入ってフリマの手伝いをしてくれたお蔭だがしかし何も出来なかったサラは罪悪感を満載にして
『器用で良いよな……』『勉強よりも大事なこと……』『私は誰よりも……』
『私だって……』『ちょっと馬鹿な方が……』『邪魔なのは私……』『そっか……』
……等と隣でボソボソ独り言をいってタバコを吸っては裏返り客寄せパンダになりつつももはや誰も興味の無くなったノストラダムスの予言書を一人で熟読しヒョンな事を言う。
「そういえば『君は別のものになる』と書いたドクは何処に居る?」
あーそんな人も居たね。と皆口々に懐かしむ程までこの一九九九年を満喫していたのはそれどころじゃなく生きるのに必死になっていたからだろうか、その通りなのだ。ドクも同じく昔の私たちの様にこの時代に居てノストラダムスの予言に恐怖しているのは当然で何らかの会社の社長の座を退き研究に没頭している筈であり、そんな大事を起こしたならマスコミが黙ってないんじゃないかって安易な考えで平日午後八時ブラウン管に写る彼。
「私はね、ノストラダムスの予言、間違ってないと思うんですよ。戦後から日本はおろか世界は平和になり過ぎの平和ボケも甚だしい、これは大きな光ですよ。大きな光が在れば光と反対のものの大きさも増していく。だってそうでしょう上に昇れば昇るほど影は濃く暗くなってゆき落ちる時はズドンと底へ落ちる衝撃も昇れば昇るほど、解るでしょ?」
「だからネガティブなんだってば、君はさ。まあそうっちゃそうだけどねぇ」
「ネガティブとかそういうのじゃない、事実でしょう。現実逃避はいけませんよ。現に今まさに目の前に迫ってきている一九九九年七の月に人々は恐れ社会現象的大混乱が起き、しかして別のものの――」
「あのねプーシーさん良いこと教えてあげる。『別のもの』ってワードは日本独特の訳で翻訳者の五島さんも去年出した最終解答編でひとっつもそのワードは書いてなかった」
「良い情報をありがとうございます。しかしそれはもしかして五島さんだけが見抜けたのではないかと私はどうも勘ぐってしまう。どちらにせよソレに対応する言葉が別のものとだけの話であって私の解釈に変わりはありません」
「俺たちが旧人類で、五島さんが新人類って話?」
「別のものが、です」
「かなりのオカルト好きなんだよなぁ、彼。僕も好きだから言うとね、もう何度か世界が終わってて神様仏様は困るってんで粘土こねる様にこさえて原始人がマンモスと間違えて壊したり、恐竜が壊してたり。それで僕らが居る世界は元のものとは全く違うけれども、僕たちなんかにゃ解りはしない。そりゃ判らん。人類だって骨が残ってるから原始人とか決め付けてるだけで、あの骨がニセモノなのかは誰にも解らない。もしかしたら未来人の骨だったりして。そりゃ判らん。ねえ? 如何とでも言えるし、如何とでも捉えられる。でもテレビでこんなつまんない話しちゃあね、後で楽屋で話そう! では次に……」
見事な落語家さばきで流れるように番組進行させられるまで私たちは固唾を飲んで食い入り魅入る姿かたち変わらぬオカルト好きな彼を凝視し肩書きも眼と頭に焼付けていた。
「うひゃひゃひゃひゃ! カッコわりーあんなのに私たちは……うひゃーっ!」
「ははは……笑って居られるのも今のうちだね……ははは……」
「テレビ局に行って殺せば良いのか、私たちは元に戻るのか、元に戻ったって……」
「何事も許されぬ牢獄、虫の餌を食うしか無く、便臭に起きる夜、強いられる四苦八苦」
「……ほら私たち、お金が出来たんだからさ。泣かないでパーっと飲んで忘れよう?」
その日は居酒屋で皆、喋る事や考えるよりもまず酒を飲んで奇怪なる現実から逃避したが恐怖の大王のやって来る日は無情にジワリジワリと迫って来ていて、自分たちが得体の知れないタイムトラベルをしてもしっかりと存在して居る事もハッキリさせ、酔っ払った勢いで判らないでもない自分らの自己紹介をやっとして親睦を深め、今日だけは飲み笑いこれから慎重かつ冷静に一日を送らなければと理解した上で、一緒に暮らす決意をした。
「……であるからして、私たちは一丸となって未来を消してやろうと必死になりました」
「私の思い通りにさせまいと?」
「はい。一人一人に罪があり一日一日と私たちは絆を深められ、あの一九九九年には子供時代の私たちが居るんですから、利用しようと企みました」
「どうやって?」
「子供伝てに自分の両親に、私たちは未来からココに居ますよと言わせたんです」
「しかし失敗した。信用できる筈が無いし、君たちにその記憶は無い」
「余り現在と変わらないユキの母親とミューゼの父親は少し理解したものの、そこまでで意味を成しませんでした。『で?』とか『気を付けるんだよ』とだけで」
「そのままの状態で会えば良かったのに、なぜ子供伝てにした?」
「今思えばソレが一番早かったのかもしれませんが、私たちはまたも警察を呼ばれるかと恐怖していたんです。一九九九年の警察は今よりマシな筈でも、恐かった。だから未来と矛盾させ消えゆくのみと思っていましたが、あなたは……ユキとオルーセルの幼児虐待、サラとミューゼの強姦、そして私の電話詐欺グループ、総てに関わっていたあなたは一体何者ですか。何の研究をして、如何やって私や皆をタイムトラベルさせたんですか」
彼は椅子に座り直し深い溜め息を吐くと、狂った様な引き笑いをしてまた溜め息を吐き立ち上がって腰に手をやりウロウロ見つめられ、タバコに火を点けまた深く座り直した。
「君は、『ドクター・プーシー』なんて名前を噂でも何でも、聴いた事があったかい」
「いえ、無いです。海外の方かと思ってましたけど」
「まあややこしく混血ではあるからそう見られて当然かもしれないが、私は一九九九年、七の月、言ったように研究をしていた。それはもう猛烈に飲み込まれるほどだ。しかし、心臓に病を患っていて、恐怖の大王を待ち焦がれた最後の七月三十一日、私は独りで息を引き取ったんだ。発見は遅れたが本当に恐怖だったのは、死んだって三途の川も無ければ戦死や病死した幽霊なども居ない静かな世界の中ただただ私は死んだ私を、死んだという実感も無く疲れすぎて幽体離脱に近い状態になったのかと一昼夜ボーッと見つめていた。
詰まる所、私はオカルトを研究し恐怖の大王に命を取られた哀れな怨霊なのだ。悔しく虚しい悲しい怨霊。研究したオカルトの資料なんて所詮、人間の娯楽なのだとも知った、人間理論も概念も超えたなーんでも出来てしまう怨念ありきの怨霊である。そして君たち五人は私を見る事が出来る霊感のある人間だった、見えない人は俺の呼び声さえ聴こえずこの独房に来てさえ居ないんだよ。だから俺、嬉しくなっちゃって皆であの憎く懐かしき一九九八年の田舎から全部、君たちの為に、君たちに関わる総ての役をやってきたんだ。
農家、駅員、店員、番台をやったり君たちが犯した過去にも行ったりして大活躍でクソみたいなサラリーマンじゃなく妻子も居ない自由な人生を我が身を以って体感でき最高に面白かったよ。あまり過去は改竄したくなかったんだが、もう面白くて面白くて……もうそろそろ残り四人も心改めて帰って来るだろうから、足を治した君が刑務官に成ったのと同じ様にてんでんばらばらな場所であの時みたいにいつの日かまた逢えるんじゃないか、またココへ来て遊ばせてくれる事を私は手に取る様に判るんだ。君は賢いからね」
「シュジンコさん、どうかしました?」
「いえ。少し疲れてしまったようで……すいません、ちょっと血糖値を測ってきます」
「この前も急にぶっ倒れたんだし、何もしてあげられないけど気を付けてね」
「自分で自分の腕に注射とか怖すぎるが、本当に怖いのは人工透析なんだろうな」
「自覚も無いお前に比べたら糖尿病とかザコ過ぎだろ」
「痛風に比べたらマシだ」
「シュジンコさん、どうかしました?」
「いえ。少し疲れてしまったようで……すいません、コーヒー飲んで気合入れます!」
車椅子生活は今も昔も不便だが、あの頃より理解すればするほど不便になってゆくこのシステムは卑怯だドクター・プーシー。まるで死んだ貴方が恐怖の大王みたいじゃない、さながら私は一九九九年七の月に復活する筈だったアンゴルモアの大王とでもいうのか。
――――――
”どんなに長く期待してもヨーロッパには二度と現われない
それはアジアに現われる
大いなるエルメスの系列から発して団結するその国
東洋のすべての王を超えるだろう” 諸世紀第10巻75の詩
”魂のない肉体は、もう犠牲にされることはない
死の日は本来の自然の中に溶け込み
み心は幸福な魂をつくるだろう
み言葉を永遠のものとして仰ぎみながら” 諸世紀第2巻13の詩
”新しい世紀、新しい同盟
マルキーザは小さな船の中に置かれる
それをより強い者が破壊さす
大公か王のどっちかが、またフロランスの艦隊が
マルセイユに向かう、フランスの乙女に
人々は強い指導者カトリーヌに飽きるだろう” 11巻の巻頭の詩
”王子たちも大公たちもみんな戦う
ゲルマンのいとこも兄弟同士戦う
そのときブルボンから現われる最後の審判者
王子たちはエルサレムに愛想よくするが
それが重大で呪うべき結果を惹き起こす
底なしのブールという結末を” 六行詩34
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