100の男

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「おう、来たか来たか。早う上がれ」  訪ねるなり俺の顔を見て、百瀬琢磨は嬉しそうに手招きした。  こいつ、玄関先で待っていやがったな。 「そう急かすなよ」  琢磨が俺を呼んだ理由はだいたい分かってる。  こいつは昔からいろいろと変わった物を集めていて、自慢のコレクションを披露したいのだ。  その点数もかなりのものだから以前、どこか場所を借りて展覧会でも開いたらどうだと言ってやったことがある。  彼曰く、手許に置いておきたいらしい。  自室に広げて楽しみたいのだとか。  どうにも子どもっぽい趣味だが、俺もついついそれに付き合ってしまう。 「あらまあ、わざわざいらしてくれたのね。いつもすみませんねえ、うちの主人の我が儘に付き合わせてしまって」  奥さんだ。  琢磨にはもったいないくらいの美人で物腰も柔らかい。 「いえいえ、もう慣れてますから」  などと軽口を叩けるくらいには彼女とは親しい。  つまりそれだけこのお宅にお邪魔していることになるのだが、それらは全て彼のコレクションがらみだ。  琢磨に案内されて部屋へ。  正直、この家の間取りは完璧に頭に入ってる。 「相変わらず散らかってるなあ」  と、苦言を呈したのもこいつのためだ。  足の踏み場もない――ってワケではないが、部屋の大きさにしては不釣り合いなほど戸棚が多い。  言うまでもなくコレクションを納めるスペースなのだが、蒐集のペースが早すぎて追いついていない。  戸棚に入りきらなかった分が壁際に堆くなっていた。 「これでも片付いてるほうさ。どこに何があるかはちゃんと分かってるからな」  なんて得意気に言うものだから、 「こりゃ人を呼ぶ部屋じゃないぞ。普通は応接室に通すもんだ」  俺もついつい皮肉を言ってやる。  分かってる。  この家の応接室は一昨年あたりから物置になったんだ。  さすがに奥さんにも良い顔をされていないようで近々、近くに倉庫を借りてコレクションの一部を移すらしい。 「まあまあ、そう言うな。それより見せたいものがあるんだ」  簡易のテーブルに向き合う。  琢磨はそこに宝くじ券を置いた。 「まさか……!?」  1等が当たったのか、と声を上げそうになった。  いやいや、いくらなんでもそれはない。  億単位の価値があるものをこんなふうに見せるハズがない。  少なくとも俺なら友人はおろか身内にだって打ち明けたりしない。 「当たってるワケないだろう。それなら今ごろ家を建て替えて、こいつらを収納する部屋を作ってる」  それもそうだ。 「だったらそのハズレ券に何の――」  なるほど、そういうことか。 「気付いたか?」  琢磨はニヤニヤしている。 「やっぱりお前はお前だよ」  呆れてそう言ってやる。  くじ券の番号は100だった。 「これは狙って手に入れられる代物じゃないぞ」 「中途半端だな。どうせなら回次や組も100のを探せばいいのに」 「さすがにそれは無理だ。でもこれだって値打ちものだぞ」 「うむ…………」  俺が納得いかないという顔をすると、彼は近くにあった箱をたぐり寄せて中から置物を取り出した。 「なんだ、それ?」  台座から伸びた木の枝のような細長いものが途中で絡まりついている。  色は赤や緑が無秩序に混じって毒々しい。 「聞いて驚け。○✕美術館の来館者100人目の記念にもらったんだ」  俺は思わず噴き出してしまった。 「○✕美術館って駅の傍にあるあれか?」  件の美術館は地元の芸術家を応援するため、という目的で区が建てたものだ。  理念は悪くはなかったが展示物がまずかった。  展示するための条件はこの地域に住んでいることだけだったため、自称芸術家たちが場所を争うように出品したのだ。  おかげでどこの誰とも分からない、何をテーマにしているのかも分からない芸術品らしきものが陳列されることとなった。  今では来館者は月に二人いるかどうかというところで、あまりの閑散ぶりに開館日は隔週日曜日だけになっているらしい。 「ある意味、貴重だな」  どうも微妙なものばかりだ。  俺を呼びつけるくらいだから、よほど珍しい物が手に入ったのだと思ったが。 「その顔、分かってるぞ。期待外れだと言いたいんだろう?」  琢磨が笑った。 「今までのはちょっとした冗談さ。今から本命を見せてやる」  そう言って彼が持ってきたのはヘルメットだった。  傷だらけで表面はでこぼこ。  ところどころにひび割れもある。  だが俺にはその価値がすぐに分かった。  某有名SFに登場する兵士たちが被っていたものだ。 「これって、まさか――」 「そのまさかだよ。運良く手に入ったんだ」  聞けば撮影で使われた実物がオークションに出されたらしい。  で、売りに出されたヘルメットは全部で100個あり、それぞれにナンバーが刻まれているとか。  つまり限定100個の本物が世に出回ったことになるのだが、こいつがわざわざ見せびらかすということは――。 「見ろ、100番だぞ」  やっぱりそういうことか。  ヘルメットの側面にしっかりとそう刻まれている。 「これはやられたな。相当な値打ちものだぞ」  俺が舌を巻くと琢磨は満足そうに何度も頷いた。  これがこいつの趣味だった。  とにかく“100”にまつわるものを集めたいらしい。  モノは何でもよく、紙切れから車にいたるまで、100に関わりがあれば問題ないそうだ。  そんなワケだからコレクションの中には妙なものもいろいろとある。  どう見てもその辺りの河原で拾ってきたと思われる小石を大事そうに持っているのでその理由を訊くと、ちょうど100グラムだったからだそうだ。  彼にとってはそんなものでも蒐集せずにはいられないらしい。  他にも100個の部品でできているプラモデルだとか、面積が100平方センチの包み紙だとか――。  なかばこじつけに近いものもあるが本人はそれがいいのだとか。  その理由を訊ねたところ、なんでも学生時代にテストで満点をとった快感が忘れられないかららしい。  しかも姓が”百瀬”なものだから、なおのこと拘泥(こだわ)りが強いようだ。  100という数字の美しさだとか神秘性について何度か力説されたこともあるが、俺にはいまいち分からない。  変わった奴、というのが今も変わらないこいつに対する印象だ。  それでも長年、友人を続けていられるのは悪い奴ではないからだ。  誰かの悪口を言ったり陥れたりはしない。  たまに100に対する執着のせいで周りが見えなくなることがあるが、それも個性だと思えば楽しい奴である。 「それにしても、よくこんなに集めたよな……」  改めて部屋を見渡してみる。  本棚に観葉植物、置物、壁にはヘンな花を描いた絵画。  堆くなったコレクションを除けばごく普通の部屋に見えるが、ここにあるものは全て100が関係している。  たとえば四方の真白な壁。  よく見ると天井付近に黒い帯状の線が一周している。  「白」の上に「一」を加えると「百」になるからだそうだ。  はじめてその説明を聞いた時は、そこまで徹底するのかと感心したものだった。 「まだまだ集め足りないんだけどな」  琢磨はふと悲しそうな顔をした。 「なんだ? だったらこれまでどおり集めればいいじゃないか。時間はたっぷりあるだろ?」 「そうは言っても最近は疲れやすくてな。体もあちこち痛くて遠出も難しくなったんだ」 「おいおい、なに言ってんだよ。まだまだこれからじゃないか」  どうも気力が衰えてきたらしい彼は、今日が何の日か分かっていないようだった。  しかたがない。  夜になったら盛大にやるつもりだったが――。  俺は家から持ってきた包みをテーブルに置いた。 「なんだ、これ?」 「俺からのプレゼントさ。開けてみな」  琢磨がおそるおそる包みに手をかける。  結び目を解き、中身が露わになったところで、 「誕生日おめでとう!」  隠し持っていたクラッカーを鳴らしてやった。  その音が思ったより大きくて俺は一瞬、心臓が止まるかと思った。 「ん……?」  琢磨は分からないという顔をしている。 「まさか自分の誕生日を忘れちまったのか?」  そう言って笑い飛ばしてやる。  まあ、無理もない話か。 「今日はお前の100歳の誕生日だよ」 「あ! ああ、そうだった! そうだったな!」  琢磨はようやく思い出したようだ。 「まったく、これ以上ないくらいに100が関係している大事な日を忘れるなんてどういうことだよ」 「いやあ、すまんすまん」  喜んだのも束の間、彼は気になることを言った。 「考えないようにしていたのかもしれないな」  その言葉の意味は分からなかった。  たしかに子どもじゃあるまいし、この歳にもなって誕生日に浮かれるようなこともあるまい。  実際、俺だってケーキみたいな甘ったるいものは受け付けないし、蝋燭を何十本も立てるのも現実的じゃない。  だから琢磨にはケーキではなくてカステラを買ってきた。  せっかくのめでたい日だから老舗の高級品だ。  包みを開けた琢磨は嬉しそうに笑っている。 「妻を呼んでこよう」  しばらくして部屋で3人、大人げない誕生会を楽しむ。 「このカステラ、どこのか知ってるか? 聞けば喜ぶぜ?」 「そういえば箱にも書いてなかったな」 「千年堂さ。コマーシャルもやってるだろ。宮内庁御用達の」 「なんだ、100じゃないのか」 「バカだな。こうすればいいんだよ」  俺は奥さんからナイフを借りてカステラを10等分した。 「これで100になっただろ?」  琢磨は膝を打った。 「なるほど! こりゃいい!」  カステラを口に含み、彼は上機嫌だ。  俺も気分がいい。  長寿ってことでそれだけでめでたいことだが、俺はこいつとの友情が変わらず続いていることのほうがめでたかった。  こうして互いに息災で末永く交誼を結ぶ。  これ以上の幸はないってもんだ。
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