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ベッキーは<ノキア>をたたむと、辺りに目を配るかのように首をうごかした。
そして花柄のスカートを捲り、ふとももに仕込んであるレザー製のシースの留めボタンをはずすと、刃渡り7インチのナイフ<クリスリーブ・グリンベレー>をいつでも引き抜けるように準備をしてベイツ家のなかに戻っていった。
「ワン! ワン! ワン!」
ベッキーがリビングを見ると案の定なかは修羅場だった。
キャシーは右手にガーデニング用の剪定バサミを、左手にジョーロを持ってブランドンと対峙し、ナスターシャは口から泡をだして床で卒倒していた。犬のクージョは犬歯を剝きだして、なぜかリチャードにむかって吠えていた。
「ワン! ワン! ワン!」
「だ、だから落ち着いて聞いてよ! キャシー! わたしもうオトコじゃないんだ。きみたちと同じオンナなんだよ」
ブランドンは腰をくねらせたり、腕をあげてわきの下を見せたり、お色気ポーズの数々をキャシーにむかって披露していた。
「ワン! ワン! ワン!」
「ち、近寄らないでっ! こ、このミュータントめっ!」
キャシーは剪定バサミとジョーロを振りまわしはじめた。
「ワン! ワン! ワン!」
「ほ、ほらっ! こ、この大きなオッパイが証拠だよっ!」
ブランドンは、胸――Gカップはあるだろう!?――を揉みしだいてキャシーに訴えかけていた。
「ワン! ワン! ワン!」
「そ、それじゃ、オシリはどうかな!? 見てよ! このやわらかそうな弾んだオシリは?」
ブランドンがタイトスカートをたくし上げ、尻を突きだし、ピンクのパンティー――レースの縁飾りがついていた――をはいた尻を揺さぶった。
「ワン! ワン! ワン!」
「ウッ!? 畜生っ! オ、オェーッ!」
リビングに飛び込んで戻ってきたベッキーは、それを見て、嘔吐いた。
「ワン! ワン! ワン!」
「ヒッ、ヒーイッ! ク、クージョー! は、放しなさい。このズボンは40ドルもしたんだ!」
リチャードは、先週購入したばかりの新しいズボンの裾を持って、クージョと綱引きをしていた。
「気色のわるいことしないでよっ! この変態っ! 地獄から舞い戻ってきたのね!?」
キャシーがジョーロを振りまわしたので、なかの水がリビングのそこらじゅうに降りかかった。
「ワン! ワン! ワン!」
「こ、こうなったら……しょうがない! いいっ? わたし脱ぐわよっ! そ、そしてオンナのいちばん大切なところを、み、見せてあげるわ!」
「ウゲーッ!? や、やめなさい! そ、そんなモン見たくもないわ!」
このとき、なぜかナスターシャは意識をとり戻していて、オンナになったブランドンの股間を凝視し、リチャードもクージョと綱引きをしながらブロンディー/ブランドンの股間を凝視していた。
「――そ、そらっ! 御開帳よっ!」
ブランドンがピンクのパンティーに手をかけた。刹那、ベッキーがブランドンの背後からピンクのパンティーを掴み上げ、ブランドンの尻にくい込ませた。
「あんた! 正気!」とベッキーがピンクのパンティーの端をここまで伸びるのか? というくらいに引き上げていた。
「イヤン! オマタが痛いわっ!」とブランドン/ブロンディー。
「シャイセッ!」とナスターシャが汚いことばを吐いた。が、いったいどういう意味でだったろう?
「ダミィット! もうちょいだったのにぃ!」リチャードが悔しがった。
「ワン! ワン! ワン!」「ワン! ワン! ワン!」「ワン! ワン! ワン!」
「シャット・アップ・ファック・アップ!」
キャシーが大声で怒鳴りつけたので、場の一同はうごきがとまり、リビングのなかは音量をしぼったFMラジオの音声だけになった。
ラジオからDJスチーブン・チェンバーズが正午を告げた。
「グ~ウッ……」だれかのおなかが鳴った。
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