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 夜の9時をまわったノース・ブロードウェイは静まりかえっていた。あたりに人影はなく、この一画を囲む道路にもいまは車の往来がなかった。平日の昼間は観光客でごったがえしているロスアンゼルス・チャイナタウンも営業時間――平日19時/土・日・祝日(ナショナルホリデイ)は休み――が終わると、人っ子ひとりいないのであった。  そもそも、ここロスアンゼルスにおいて、深夜まで営業している店は(まれ)である。ダウンタウンのほうに行けば、まだ営業しているバーやレストランがあるかもしれないが、ほとんどの店は夜中の12時を過ぎると例外なく閉店(クローズ)するのだった。  ふたりは<福州飯店(フーチョウホテル)>の横を通りすぎ、ブルース・リーの銅像があるジャング・ジング・ロードにでた。  ヌンチャクを手にカンフーの構えをするかれは、いまもなお、悪の組織を壊滅(かいめつ)するために単身、敵と対峙(たいじ)しているような姿だった。  ふたりは観光客から身を守る、鉄柵(バリケード)のなかに囲われた香港スターの前を横ぎっていった。  昼間、手相占いの老爺(ろうや)(ひま)そうに椅子に腰掛けていた店は戸口が戸板で(ふさ)がれ、店主が退屈(たいくつ)しのぎで吸ったであろうタバコの吸い(がら)や、()きだした無数の(タン)の跡が通路に散乱し、ふたりの行く手をやや困難にしていた。  ふたりはその上を大股で通りすぎると、テーマパークのセットのような建物と建物の(あいだ)の赤い提灯(ちょうちん)がぶら下がっている小路(こみち)にはいっていった。  大量に積みあげられた(クツ)やサンダルを売る店が(となり)同士に何軒も軒を連ねて並び、Tシャツやストッキングがところ狭しとワゴンにつっ込まれた衣料品雑貨屋のシャッターの前を通りすぎると、中華版トレビの泉があらわれた。池の中にある銀の皿にコインを投げ入れられればラッキーだそうだが、べつに願いが(かな)うとか、そういうことはないらしい。  ふたりが小路を抜けると、巨大な金枠(かなわく)額装(がくそう)された偉大(いだい)なる指導者(しどうしゃ)肖像画(しょうぞうが)が正面に()げられている五階建てで外壁がレンガのビルがあらわれた。ふたりはそのビルの正面玄関に到着した。  ふたりは拱手(こうしゅ)し、うやうやしく肖像画の人物にお辞儀(じぎ)をした。 そして、さげた頭をもとに戻すと、ビルに付属(ふぞく)する駐車スペースにチャイナタウンの中華門でふたりを降ろした紅旗(ホンチー)CA770が停まっているのを見た。  ふたりは正面玄関からなかに入り、エレベーターに乗り込むと、最上階の社長室をめざした。
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