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「――ところでゴルディー。なぜ、あんたがここにいるんだい? よもや、詫びを入れるためだけに私たちを探していたのではあるまい?」
ゴルディーの顔がくもった。まるで胃痛に苦しむ者のように見えている。
「じつはですね、この近くにこどもの惨殺現場があるのですよ」ゴルディーが顎をしゃくった。その方角にはCVSファーマーシーの建物の向こうに緑豊かな街区が見え、そのあたりが高級住宅地であることが知れた。「アンダーソン捜査官をあなた方の車に運び入れたあと、緊急無線がはいったので現場に行ったのですが、そこにその缶と同じものが大量に見つかりましてね。わたしには見なれない物ですからよく覚えていましたよ。ひょっとしてなにか関連があるのでは? と思って、引き返し、あなたを探していたのですよ」
と、ゴルディーに言われてモートは、はて? とおんぼろシボレーの中を見た。するとさっき自分がコンドームの小箱と精力剤の缶を転がしたバックシートの足もとの奥、助手席のシートの下に同じ空缶が大量に押しこまれているのを見つけた。アンダーソンの奴、片づけたと言っていたがこういうことだったのか? モートはあきれた顔になった。アンダーソンはとぼけるように口笛を吹いている。――ずぼらさという点ではアンダーソンの右にでる奴はいない。いちどお灸をすえる必要がありそうだな。
「もしよろしければ、モート捜査官。現場を見ていただけないでしょうか?」
モートはゴルディーの救いをもとめるような眼差しを見た。『妙だな?』と同時に直感がささやいた。州警察の職務規範を捨てて私らに助けを乞うとは、いささか驚きだった。自分の庭の始末は自分たちでカタをつけるのが自治を重んじるこの国の警察のやり方だ。
モートは逡巡していた。
――だが、いまとなっては”ブランドン・ウォルシュ”の手掛かりは、この”中国製精力強壮剤の缶”だけだ。
モートはアンダーソンのほうを向いた。アンダーソンはいまだにパンツ一丁のままファイルを読みふけっていたが、うつむいたままうなずいた。
「わかった。ゴルディー、同行しよう」
「あ、ありがとうございます!」
「一丁あがりっ!」と、アンダーソンがファイルを閉じた。「――内容はまったくわかりませんなぁ」
モートは額に手を打ちつけ、ゴルディーはズッコケたように体がかたむいた。
「なんだと!」と、モートは悪たれ口を言った。が、アンダーソンが一瞬、生真面目な目で見返してきたので、すぐに口をつぐんだ。
「す、すまない、ゴルディー。これは返すよ」
「いいえ。いいんですよ」ゴルディーはファイルを受けとった。「(現場に)来てはいただけるのでしょうか?」
モートは、それには間違いなくお供すると首肯した。
「では、わたしの車で先導しますので、あとをついて来てください」ゴルディーが踵をかえした。
「ちょっと待ってくれ……」
モートはCVSファーマーシーのレジ袋に空缶を詰めはじめた。
「それは、いったいなんなんでしょうな?」
と、ゴルディーがモートの肩越しに車内を覗きこむと、アンダーソンが握りこぶしの腕を股間に添えて、下から上に持ちあげた。
「あぁ? ……そうですか」ゴルディーはさほど興味なさげにうなずいた。
「私はこういうモノは好かん!」と、モートは空缶でパンパンになったレジ袋二袋をアンダーソンに突きつけた。「さあ、アンダーソン捨ててこい!」
アンダーソンは大慌てでズボンのベルトをしめると、アメリカ最大チェーンのドラッグストアーの出入口の横にあるゴミ箱に向かって走っていった。
「……私は琥珀色をしたにがいやつのほうがいい」
ゴルディーが表情を明るくした。
「同感ですな。わたしもウイスキー党です」
モートは片眉をあげてゴルディーを見た。気を緩めたその顔はハリウッド俳優の”ブルース・ウイリス”に似ていた。――好みじゃないんだよなぁ、もうすこし引き締まった顔なら口説いてもいいんだがなぁ……。
「じつは……もうひとつお伝えしたいことがあります」
と、ゴルディーが言った。モートはいやらしい想像をしていたのでギクリとわれにかえった。
「ま、まだあるのか?」
「いま思いだしました。あの缶ですが、たしか署長も飲んでいましたよ」
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