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「ハァ……」  ハックマン署長はちいさなため息をついた。そして、かれは目をとじた。かれは思い出に浸った。かれの脳裏にはいままで抱いた数々の女の乱れる姿が走馬灯のよう(フラッシュバック)によぎっていた。  ブロンド、黒髪、ブリュネット、プラチナ・ブロンドに赤毛。豊満な胸に、そうでもない胸。掴みごこちのいい桃尻や、尾骨が浮きでて見える薄尻――かれは、うしろからの眺望のよい丸尻が好みだった――蠱惑(こわく)的な目つきの女や、まん丸パッチリなお目めの女、おもわずむしゃぶりつきたくなるプルンとした唇でジュニアをむしゃぶって欲しいと思うアヒル口……。かれはそっと股間に手を置いた。……おとなしいもんだ。そう、かれはED(ぼっきしょうがい)(ErectileDysfunction)になってしまったさえないおやじだったのだ。  そんなハックマンの脳裏にいままで関係した――まだ血気盛んなころ――女どもを押しのけて、かれの女遍歴のセンターに君臨するであろうジンジャーの姿があらわれた。それはブロンドのアラサー婦人警官だった。彼女の出るとこは制服のシャツのボタンを弾き飛ばさんばかりに出て、引っ込むところはその制服のミニスカートの上からでもわかるたまらないおしりを強調せんばかりにくびれた腰の姿。その彼女が四つん這いの姿でうしろに首をひねり、目を細めてこちらを見ている。ジンジャーが舌をだして、唇を舐めた。  ハックマンの股間がすこしだけふくらんだ。――そう……ほんのすこしばかり。  ああ、あいつだけだ。このしょんぼりとしとる息子(ジュニア)をピクリと動かしてくれるのは。  かれはジンジャーの夢想に集中した。……だが、ジンジャーの姿は欲求不満の男にとって魅力的な姿勢を保ったままではあるが、一糸まとわぬ姿には変わらなかった。ハックマンは妄想を駆使したが、おそらくは垂涎ものであろう彼女の裸体姿は見えてこなかった。それもそのはずだった。ハックマンはジンジャーが自ら婦人警官の制服のボタンを外している姿をまだ見ていなかった。  さかのぼること今年の春。ジンジャーが州警察ダラス署に赴任してきた。ハックマンは署長室で彼女との面接の真っ最中だった―― 「ジンジャー・リンです。出身はイリノイ州ロックフォード――」  ジンジャーはそう言って、ハックマンに上目使いの眼差しと、含みのある微笑を見せた。  ハックマンは衝撃を受けた。かれの目の前にあらわれたジンジャー・リンなる婦人警官はこの田舎まるだしのウエスタンを基調とした署長室の内装を瞬時にふっ飛ばし、ニューヨークの洗練されたきらびやかなブロードウェイの華やかな舞台の壇上に変えてしまったからだ。颯爽と署長室に登場した洗練された女は所長室の中の面接用に置かれた椅子に座った。 ――なんと!? いい女だっ!   その女はブロンドの髪をかきあげると、婦人警官のミニスカートからあらわにしたふとももをゆっくりとハックマンの目の前で組み替えてみせた。そして、唇の右端からひょっこりと舌を覗かせると、上唇の右から左にじつに官能的に這わせたのだった。 ――この女とは、ヤレる! ハックマンにはそのときその確信があった。女はじつにはっきりとした態度(アピール)をわしに示した。彼女はよくわかっている。この署でわしが揺るがない権力を押さえていることを。副所長だの、検察官、裁判官どもは皆わしの手下同然だ。彼女はそのことをよく知っている。彼女は世渡りが上手なのだ。 「ハックマン署長ぉ……あなたは、とっても男らしいわ」  ジンジャーがハックマンのデスクに近寄り、いちど胸の谷間を見せびらかすように(ひじ)をついた。彼女の制服のボタンは上から三つも外されていて、白いレースのブラと胸の渓谷が見えていた。――わたしをあなた色に染めて、といったとこか。  だが、ハックマンはこのとき歯がゆい思いでいた。それというのも、かれのジュニアがまったく勃起していなかったからだ。 「おほん。ジンジャー……わがダラス署はきみを歓迎するよ。さしあたっては――」  ジンジャーが優雅な身のこなしで、ハックマンの椅子の背もたれに手を置いた。彼女は前のめりにハックマンのうしろからかれの耳もとにピンクのルージュの口を近づけた。 「わたし……強いひとが好き、なの――」  ハックマンは焦った。こどもが食べるポークウインナーほどのジュニアを潜ませているズボンの上にジンジャーの手が伸びてきたからだった。これは不味(まず)い! 不味(まず)(どころ)ではない! ハックマンの見た目の(いか)つさと違い、この虫をも殺せぬほどおとなしくなっているイチモツに触れられでもしたら、彼女は幻滅どころか、軽蔑の(まなこ)でかれを見ることになるだろう。 「ジンジャー。きみの配属場所は施設購買課だ」ハックマンは咄嗟(とっさ)に堅物のような態度をした。「面接は以上。……もうさがっていいぞう」  ハックマンの股間に触れようとしたしなやかな指の手がとまった。ジンジャーはこわばった表情になった。が、ハックマンはここで機転を利かせた。 「わしは、チミを気に入ったよ。いまはチミのお土産(﹅﹅﹅)はおあずけでかまわん」ハックマンは(にわ)かに立ち上がり、ジンジャーの腰を持って体を引き寄せた。「いい結果を出してみろ! そうすれば、ずっとわしの側に置いてやる!」 ――さあ、吉とでるか? 凶とでるか? 結果はいい方向に向かった。  ジンジャーはこの壁ドン! にも似た強引なハックマンの抱擁に目を潤ませた。それは畏怖を抱いた目でもあったし、情欲を抱いた目でもあった。ハックマンにとっては大見えをきった大勝負にでた行為だったが、彼女はそれを信頼と愛情と焦らしの前戯と受けとめたようだった。 「し、紳士でいらっしゃるのね? わたし、いままであなたのようなタイプに出会ったことはなかったわ……」  弾んだ声音のジンジャーが言う。むずかしい顔のハックマンがうなずく。生まれてこのかた”紳士”などと言われたことはなかったが、そう思われてホッとした。だが内心この柔らかい大パイオツと腿にある彼女の窪地あたりの圧迫を感じてエサのおあずけを食っている犬の気持ちだった。 「さ、さよう。わしは紳士だ……」  結果、ジンジャーはなんども振り返りながら署長室をあとにした。まさに口説き落とされた女の仕草だった。その姿を見送るハックマンは心の内では泣いていた。ほんとうならいまごろジンジャーをこの部屋の中で押し倒しているはずだった。あのたわわなパイオツを揉みしだきながら、うしろから前から腰をふっている真っ只中になっているはずだった。  ハックマンはジンジャーが出ていった開け放たれた扉の向こうを茫然と見ていた。半勃(はんだ)ちともいかないジュニアが(よだれ)を垂らし、パンツをちょっぴり濡らしていた。かれは念を込めてさきほど見たジンジャーの驚いてダッチワイフのように開かれた口の顔を思い出し、息子(ジュニア)の復活の奇蹟を望んだ。 「あんた! なにアホ面をさらしとるんだい?」  と、このダラス署の古株である掃除のおばちゃんことミセス・ロビンソン夫人が、カ、カ、カと笑いながら署長室の前の廊下をワゴンを押しながら通りすぎていった。  磔から三日後、キリストの復活のように望んだハックマンのジュニアには奇蹟は起こらなかった。
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