第二十七節 砕かれた首飾り

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第二十七節 砕かれた首飾り

 婚礼の儀のすぐ後に、ヴァイスハイトはフォレスティア国王を殺害するという暴挙に出た。  メグの護衛ベアも殺される。  ヴァイスハイトは、メグを連れたまま謁見の間から出て行った。  俺は魔法で拘束され、見ていることしかできなかった。  ドサッ――。  俺は手の束縛から解放され、地面に倒れ込んだ。 「術者が遠ざかったから、拘束も解けたんだわ」  アヒルが言う。  謁見の間は無残な姿と化していた。  国王にベア、そして多くの兵士が横たわっている。  彼らはもう起き上がらない。 「後を追いましょう」  リリィが言う。 「あの男、いったい……何が狙い?」  ローズのその言葉に、アヒルが答える。 「禁止区域よ……」 「まさか……なぜ、その存在を!?」 「急ぎましょう! 早くしないと……メグが……」  アヒルはそう言って、謁見の間の外に向かって駆け出した。  しかし、すぐに立ち止まる。  ゴボゴボ――。  謁見の間の入り口に真っ黒な水溜まりができていて、そこから炎と黒い煙が立ちこめていた。  背筋が凍り付く――。  やばい……なにか、やばいぞ――。  室内の気温が一気に下がる。  まるで、真冬のような寒さだ。  黒い煙の中に人の姿が見える。  いいや、人では無かった――。  頭に、まるで羊のような長く曲がった角を生やしている。  大きな手の指先には鋭利な爪を持ち、背中には体よりも大きな翼を生やしていた。 「ウソでしょう? 第一級悪魔!?」  ローズが叫ぶ。 「大丈夫、目を閉じている……まだ完全体じゃ無いわ」  リリィが言った。 「そうね……それなら、まだ勝機があるかも」  ローズは、悪魔に向かって駆けだした。  それと同時に、悪魔も大きな翼で羽ばたいた。  悪魔が大きな手を振りかざすと、その周りに風の渦ができあがる。  それは鋭利な刃と化し、ブーメランのように回転しながら、ローズ目がけて飛んでいった。 「魔法障壁(マインド・プリヴェンション)!」  リリィが唱えると、空中に魔法陣が形成された。  風の刃はそれにぶつかり砕け散る。 「火炎渦授与(ボルテックス・エンチャント)」  ローズが詠唱すると、その手に巨大な炎が宿る。  それを振りかざすと、悪魔は炎に包まれた。  しかしその炎は、まるで水を掛けられたように一瞬で消えて無くなった。 「こんな魔法じゃ、効果はないか……」  ローズは、舌打ちをして呟いた。  悪魔は両手を広げた。  それと同時に背中の翼も大きく開く。  悪魔の口から、なにか言語のようなものが発せられている。  呪文を詠唱しているのか? 「みんな、逃げて!」  リリィが叫んだ。  悪魔の正面に魔法陣が形成される。  そこから、無数の浮遊物が飛び出した。  それは、煙のように半透明で、蒼白い炎のようでもあった。  さらに不気味なことに、浮遊物は人の顔を形成していた。  浮遊物は投げたボールのように、勢いをつけて俺たちに襲い掛かる。 「うわっ」  俺は、頭を抱えて身を伏せた。 「いやーっ」  ユリルも叫び声を上げる。  バスッ、バスッ――。  ローズは、炎を宿した手でそれを打ち落としている。 「ここは私たちが食い止める……あなたたちはヴァイスハイトを追って!」  ローズは、悪魔の攻撃をかわしながら叫んだ。  リリィも、魔法障壁(マインド・プリヴェンション)で悪魔の攻撃を受け止めていた。 「おばあちゃん、わたしも……」  ユリルは、今にもリリィの元へ駆け出しそうだった。 「あの二人だけで大丈夫なのか?」  俺はアヒルに問い掛ける。 「私を甘く見ないで!」  アヒルは強い口調で答えた。 「あなたたちが残ったところで、足を引っ張るだけよ?」 「そうだな……」  今の俺には、ローズやリリィのような高度な魔法は使えない。  それに、ヴァイスハイトに連れ去られたメグが心配だ。 「行こう!」  俺は、ユリルの手を引いた。  アヒルは俺の頭の上に飛び乗る。  俺は駆けだした。  ミネルバも後に続く。  ユリルは後ろを振り返りながらも、俺に付いてきた。  ここはあの二人に任せるしか無い……。  俺たちのすべきことは、メグを助けること。  ローズとリリィが悪魔を引きつけている間に、謁見の間の外に出た。  通路を全速力で走っていく。  遠くから叫び声が聞こえてきた。  城の兵士たちの声だろうか?  角を曲がると、通路から外が見える。  その光景を見て、俺は足を止めた。  町中が炎に包まれていた。  そして、空も真っ赤に染まり上がる。 「そんな……町の人たちまでも……」  ミネルバが声を上げる。  上空を大きな羽を付けた者たちが羽ばたいていた。 「なんだよ……これ……」 「これが、ヘルシャフトブルクの強さの秘密よ」  アヒルは言う。 「悪魔を使ってほかの国を滅ぼしていたのよ……」 「くそっ、次のターゲットはこの国だった……ってことかよ……」 「行きましょう! 今はメグを助けることが先決よ」 「あぁ……」  しかし、ヴァイスハイトの姿はもう見えなかった。 「立ち入り禁止区域に向かったはずよ」  俺たちは、アヒルの案内で城の中を進んで行く。 「ヴァイスハイトは、メグをどうするつもりなんだ?」  問い掛けるも、アヒルは何も答えない。  やがて、立ち入り禁止区域の中に足を踏み入れた。  ここは、前にきたことがある。  俺が、ぎょろ目の男を見かけた場所だ。  その時は兵士に呼び止められたが、今は見張りの兵士もいない。  らせん状の階段を降りていく。  地下に降りると、城門よりもはるかに大きな扉があった。  この先に、いったいなにがあるというのだろうか?  鋼鉄でできたその大きな門は、人が通れるほどに開いていた。  俺は扉を押してみたが、当然びくともしない。 「解除魔法ね……」  アヒルはそう言った。 「ヴァイスハイトは、この中に……」  俺たちは、巨大な扉の隙間から中に入る。  まるで小人にでもなった気分だ。  中は大きく開けていた。  地下とは思えない空間が広がっている。  天井までは、ビルの十階ほどの高さがあるだろう。  ギリシャ神殿のような円柱の柱が、天井を支えていた。  カンッカンッカンッカンッ――  床は石でできていて、綺麗に磨かれていた。  足音が響き渡る――。  しばらく進むと、天井まで届くような大きさの巨大な石像があった。  それは、大きな翼を持つ最大、最強のモンスター。  竜――その形をしていた。  その竜の像は目を閉じていて、体を鎖で拘束されている。  床には巨大な魔法陣が描かれていた。  そして、魔法陣を取り囲むように五人の白骨化した遺体がある。 「まるで……この竜を封印しているみたい……」  ユリルが口を開く。  巨大な竜の像の側に、ヴァイスハイトの姿が見えた。  ヴァイスハイトは、こちら側に背を向け像を見上げている。  そして――。  奴の足元には、真っ白なドレスに身を包んだ女性が仰向けで倒れていた。  俺は目を疑った。  メ……グ……?  近づきたくても、足が動かない。  側に行ったら、それが誰か分かってしまうから……。  倒れている人を……確認したくなかった。  そこで倒れているのは、きっとメグじゃないだろうと思った。  いいや、そう思いたかった。  アヒルも、ユリルもミネルバも、声を失い立ち尽くす。  女性の胸には、クリスタルの剣が突き刺さっていた。  メグがヴァイスハイトに手渡した、あの剣が――。  床には首飾りの宝石が転がっている。 「そんな……うそだろ……メグ……」  守ることができなかった――。  何もしてあげられなかった――。  どうして……?  死んでいい人なんかじゃないのに……。 「どうして、殺されなきゃならないんだぁぁぁぁぁぁっ!」  俺は何も考えず、ただ駆けだした。  ヴァイスハイトの元に、メグの元に――。 「ヴァイスハイトォォッ、きさまーっ!」  ヴァイスハイトは、俺に気づき振り返る。  そして、体の前で手をかざした。  見えない衝撃波が飛んでくる。  風魔法だ――。  俺は飛ばされた。  そして、壁に叩きつけられる。  ドン――。 「ぐっ……」  苦しい……衝撃で呼吸ができない。  アヒルとユリル、ミネルバが俺の元へと駆け寄ってくる。 「くそ、あの野郎……」 「やはり、運命には逆らえないの?」  アヒルは呟いた。 「いよいよこの時が……」  ヴァイスハイトは、メグに刺さっていた剣を引き抜いた。  その体から真っ赤な血が流れ出る。 「くそっ……メグ……」 「もう……手遅れよ……」  アヒルは、首を横に振る。  メグの血は、床に描かれた魔法陣の溝に流れ込んだ。  そして、真っ赤な魔法陣が完成する。 「奴は……いったい……何を……?」  魔法陣は、まばゆい光を放った。  ピシッ、ピシッ――。  竜の石像にひびが入っていく。  ひびは、石像の全身に及んだ。  そして、石像の中から真っ黒に輝く鱗が現れた。  本物の……。  竜――。  その石像は、閉じていた瞳をゆっくりとあける。  まるで闇夜の月とも言えるような、妖艶な瞳だった。  竜はその瞳で俺たちを見下ろした。  もはや、恐怖で怯えるとかいう次元のものではない。  人々が神を崇めるように――。  その絶対的な存在の前に、己の無力さを感じた。  戦って勝てるような相手ではないと……崇めるしかない相手だと――、そう感じた。  カン、カン、カン、カン――。  俺たちの後ろで足音がする。  ローズとリリィが走ってきていた。  二人は、目の前の状況を見て言葉を失う。 「そんな……」  ローズはメグの元に駆けよった。  そして、その体を抱きかかえる。  グオォォォォォォォォォン――。  竜は大きな咆哮をあげた。  それは、これまで聞いたことのないほどの音量だった。  俺は耳を塞ぐ。  鼓膜が振動する。  バサッ――。  竜は、高層ビル二つ分はあろかというほどの大きさの翼を広げた。  ただそれだけの動作で風が巻き起こり、俺たちは後方へ飛ばされる。 「うわっ」  ドン――。  そして、地面に叩きつけられる。 「こうなってしまっては、もうどうにもならない……逃げるのよ」  リリィは言う。 「しかし……」  俺はローズに目を向ける。  ローズは黙って涙を流し、メグを抱きしめていた。 「いいから、はやく!」  リリィは、これまでに見たこともないような表情をみせる」 「行きましょう!」  アヒルは、俺の頭の上に飛び乗った。  俺たちは、扉の方に向かって駆けだした。  竜は、真上を見上げていた。  そして、大きな口を広げる。  コオォォォォォォォォォォッ――。  先程の咆哮とは打って変わり、今度は甲高い声を上げた。  広げた口の正面に魔法陣が浮かび上がる。  あの竜、魔法を使うのか!?  魔法陣から炎の渦が出て、まるでレーザービームのように天井に向けて発射された。  ドゴオォォォォォォォォン――。  天井が崩れ、石が落下してくる。 「急ぎましょう!」  リリィも、俺たちのすぐ後ろを走ってきていた  俺たちは巨大な扉を出て、らせん状の階段を駆け上がる。  やがて、城の屋上へ辿り着いた。  真っ赤な月夜に、巨大な竜の影が浮かびあがっていた。  竜――。  俺たちは、あれの復活を食い止めなければならなかった。  そのために、50年前にきたのに……。  それなのに――。  何一つ成し遂げられなかった。  世界を救うどころか、国王もベアも……そして、メグの命も救えなかった。  涙が溢れ、頬を伝わる。 「何やってるんだ俺は……」  ドン――。  俺は、壁に向かって握り拳を叩きつけた。 「何しにきたんだよ……」  アヒルもユリルも、ミネルバも……皆黙って、夜空を駆ける竜のシルエットを見つめていた。 「俺たちにはもう……どうすることもできないのか?」  少し遅れてリリィがやってくる。 「ローズは?」  俺は、リリィに問い掛けた。 「彼女なら、大丈夫よ……」  リリィはそう答える。 「いいえ……これから起きることを考えると……」  彼女はそう言って竜を見上げた。  そして次に、燃えさかる町に目を向けた。 「心配するのは彼女ではなく……この世界の方かもね……」  アヒルは、黙ってクチバシを噛みしめている。  夜空に、竜とは別の影が浮かび上がった。  人だ――。  人が空を飛んでいる!?  それは悪魔だろうか?  しかし、翼が無い――。  その影は、俺たちの方へと向かってきた。  ローズだ……。  メグを抱えている。  そして、ゆっくりと俺たちの前に降り立った。  ローズを見上げると、彼女の目は真っ赤に腫れていた。 「メグを……頼んだわよ……」  彼女は、枯れた声でそう言った。  メグの体をそっと地面に下ろす。 「メグ……」  俺は話しかけた――。  しかし、魂の抜けた体はもう返事をしない。  力があれば……俺にもっと力があれば……こんなことには……。  冷たくなった彼女の頬に、涙の雫がこぼれ落ちる。  ローズは背を向け、ゆっくりと体を宙に浮かせた。  そして、竜の方と飛んで行く。 ---------- ⇒ 次話につづく!
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