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第二十八節 竜と魔導師の二重奏
俺たちはヴァイスハイトを追って、城の立ち入り禁止区域に足を踏み入れた。
しかし、追いついた頃には、メグはヴァイスハイトの手によって命を奪われていた。
立ち入り禁止区域には竜が封印されていた。
その封印は解かれ、竜は上空へと羽ばたいた。
コオォォォォォォォォォォッ――。
甲高い咆哮を上げると、口の正面に魔法陣が生成される。
そこから、炎の渦を宿したビームが地上に向けて発射された。
辺りは高熱に包まれる。
熱風が吹き寄せてきた。
ゴオォォォォォォォッ――。
少し遅れて轟音が鳴り響く。
ビームは地上に線を描くように放たれた。
ビームの通った場所は、地面を掘ったようにえぐられ何も残らない。
そこにあったものは、溶解したのか、あるいは分解したのか、一瞬のうちに消滅しているのである。
町も、畑も、高い山々でさえも、すべて消し飛ばしていく。
ローズは、竜に向かって炎の弾を撃ちつけていた。
ドーン、ドーン、ドーン、ドーン――。
上空にはもう一人――別の男の姿が見えた。
ヴァイスハイトだ――。
ローズの方へ向かっている。
「助太刀しないと!」
俺はリリィに向かって言った。
「わかったわ……重力加速」
リリィが詠唱すると、ヴァイスハイトは磁石のように地面に引き寄せられた。
ゴン――。
ヴァイスハイトは、城の上に着地する。
それを見たミネルバが駆けだした。
シュン、シュン、シュン、シュン――。
無数のレイピアをヴァイスハイトに突きつける。
カン、カン、カン、カン――。
ヴァイスハイトは、それを剣でガードする。
果敢に攻めていたミネルバは、攻撃をやめバックステップで後方に飛び退いた。
ヴァイスハイトは影に包まれる。
奴の両側に巨大な岩が現れていた。
ドーン――。
その岩はまるで手を叩くようにヴァイスハイトを押しつぶした。
ユリルが、壊れた城の城壁で岩の巨像を作っていたのだ。
パゴーン――。
ヴァイスハイトを挟んでいた岩は粉々に砕け散る。
奴はダメージを受けた様子はなかった。
魔法で防御したのだろう。
「へん――、しん――」
俺はクモの姿に変身する。
シュルシュル――。
俺はケツから糸を出し、ヴァイスハイトに巻き付ける。
バサッ――。
しかし、すぐに糸は引き裂かれた。
「貴様ら……」
ヴァイスハイトは俺を睨み付けてくる。
殺意に満ちたその表情に、鳥肌が立った――。
くそっ……やはりこいつは今までの奴らとは違う……。
ヴァイスハイトは、剣を握りしめ腰を落とす。
「瞬間地点移動、くるぞ!」
ミネルバが叫んだ。
俺は身構える。
しかし、奴はその場から動こうとしない。
どうしたんだ!?
ヴァイスハイトの足元を見ると地面に凍り付いていた。
カツン、カツン――。
ヴァイスハイトの横には、ローズの姿がある。
いつの間に?
「人ってね……凍りやすいの」
ローズはヴァイスハイトに語りかける。
その目は、これまでに見たこともないほど冷たかった。
「体の6割が、水分でできているから……」
ヴァイスハイトの体は、足元から凍り付いていく。
「これほどの魔力……貴様は……いったい」
「結局……人間は己の利益だけを考えている……」
ローズはヴァイスハイトに話しかけていた。
「でもね……あの子だけは違ったのよ……」
ローズの瞳から零れた涙は、すぐに凍り付いた。
「その昔、巨人の国は一夜にして凍り付いた……その影には一人の魔導師がいたという……」
ヴァイスハイトもまた、身動きを封じられたままローズに向かって話かける。
「貴様は……世紀の大魔導師アンブローズ・マーリン……」
その言葉を最後に頭の先まで凍り付いた。
そして――。
パリン――。
ヴァイスハイトの体は、粉々に砕け散った。
「メグ……敵は……とったよ」
ローズは夜空に浮かぶ星を見上げた。
「この世界はもう……持たない!」
ローズは振り返り、俺たちに告げた。
「あなたたち、どこか遠くへ逃げなさい」
そう言葉を残し、再び竜のいる上空へと飛んで行った。
「雰囲気が……今までと違うな……」
「以前の彼女に戻ったのよ」
俺の問いに、リリィが答えた。
「神と悪魔の力を宿した少女がいた……その子にとって町を丸ごと一つ壊滅させることなんて、造作もないことだった」
皆、リリィの話に耳を傾ける。
「自分自身の力を制御できなかったのよ……世間からはつまみ出され、誰も彼女を止めることはできなかった……ただ一人をのぞいて」
アヒルだけは、背を向けていた。
リリィは、話を続ける。
「それがメグ……メグはローズを優しく包み込んだ。彼女の孤独も辛さも悲しみも、何もかも受け入れた。メグとの出会いが彼女を変えたのよ」
リリィは、空を飛ぶローズを見上げる。
「親友なんてものではない……まるで親子のような、それ以上の絆で結ばれていたの」
ドゴーン、ドゴーン、ドゴーン――。
凄まじい爆発音が鳴り響く。
竜は爆炎に包まれていた。
ローズの魔法が竜に炸裂したのだ。
「始まったわね……」
リリィが口を開く。
「この戦い……長引くかもよ」
無数の爆撃を受けたはずの竜であったが、体を損傷するどころか何ごともなかったかのように羽ばたいている。
コオォォォォォォォォォォッ――。
竜は甲高い咆哮を上げた。
ローズに向かってビームが放たれる。
ビィィィィィィィィッ――。
ローズは空中でひらりとかわす。
「なぁ……ローズはどうやって飛んでいるんだ?」
「さっき私が使った重力魔法で宙に浮いているの」
俺が問い掛けると、リリィが答えた。
「さらに足の先に壁を作り、それを蹴って移動しているのよ」
なるほど、プールで壁を蹴るみたいな感覚か……。
「どちらも制御が難しい魔法よ」
ローズは頭上に、槍状の巨大な氷の柱を生成する。
それを竜に向かって投げつけた。
バリーン――。
竜の体に命中したが、その硬い体には刺さらない。
氷の柱は、粉々に砕け散った。
「さっきからローズの攻撃がまるで効いていないな……」
「さすがは伝説の種族ね……あらゆる攻撃が、硬い鱗によって無効化されてしまう」
ヒューッ――。
冷たい風が吹いてくる。
先程の氷魔法の影響だろうか?
はっくしょん――。
急激な温度変化でくしゃみが出る。
辺りの温度が急速に下がっていく。
ジャリ――。
俺は、何かを踏みつけた。
足元を見ると霜ができている。
「空から何か振ってくるよ?」
ユリルが言った。
白くて丸いものが無数に振ってくる。
「冷たい……なにこれ?」
雪だ――。
この世界は日本でいう春の季候だったので、雪が降ることなんてないはずだった。
ユリルもミネルバも、不思議そうに空を見上げている。
「まるで、雲の欠片みたいだな……」
ミネルバは、雪を手に取り呟いた。
雨も降らない荒廃した世界にいた二人だ……雪は初めて見るのだろう。
冷たい風は次第にその強さを増していった。
まるで台風がきているかのようだ。
風はさらに強さを増し、何かに掴まっていないと飛ばされそうだ。
上空を見上げると、ローズの周りに風が巻き起こり巨大な竜巻と化していた。
ゴオォォォォォォォォ――。
轟音を響かせながら、雪を含んだ巨大な竜巻は竜に向かって行く。
竜は竜巻に飲み込まれた。
竜の体が次第に凍り付いていく。
やったか!?
グオォォォォォォォォォン――!
竜は、耳を劈くような咆哮をあげた。
これまでの寒さはとは正反対に、まるでサウナの中にいるような凄まじい暑さを感じた。
汗が噴き出してくる。
竜の鱗はまるで鉄を熱したように真っ赤になっていた。
竜に吸い込まれるように風が吹いている。
竜の上空には積乱雲が現れた。
空が眩しく光る。
ゴロゴロゴロ――。
雷が鳴り響いた。
「キャーッ」
ユリルは耳を塞いで床に伏せた。
「魔法か?」
ミネルバは、そう言って空を見上げる。
「これは、気象現象だ……」
ふたりとも、雷を見るのも初めてなのだろう。
ザーッ――。
突然、激しい雨が振り付ける。
城の周辺は、異常な状況になっていた。
吹雪に覆われつつ、竜の周りには強風と大雨が降り注ぐ。
徐々に吹雪はやんでいった。
そして雲は消え、月と星々が見えてくる。
「きれい……」
ユリルが呟いた。
ローズは上空で目を閉じ、両手を広げている。
夜空がキラリと瞬いた。
星の一つが尾を引いて流れていく。
流れ星か……。
ひとつだけではない。
3つ、4つ……。
20はある。
いくらファンタジー世界だからって、これは少しおかしい……。
「流星群召喚よ!」
アヒルは大声をあげた。
「なるべくここから離れて」
流れ星が徐々に大きくなっていく。
「おいおい……」
「急いで! 落ちてくるわよ」
リリィも叫ぶ。
俺たちは全速力で駆け出した。
流星は、やがて月と同じ大きさになる。
ゴオォォォォォォォッ――。
それは、凄まじい轟音とともに落ちてきた。
無数の隕石が竜目がけて振ってくる。
コオォォォォォォォォォォッ――。
竜は甲高い咆哮を上げた。
隕石に向かってビームが放たれる。
ビィィィィィィィィッ――。
ドゴオォォォォォォォン――。
隕石は粉々に砕け散り、その巨大な破片が辺りに降り注ぐ。
自動車や家一軒ほどの大きさの塊だ。
それが、俺の真上に振ってくる。
「うわあぁぁぁぁっ」
俺はヘッドスライディングのように飛び込み、間一髪でよけた。
「あいつ……もう、正気じゃねぇぞ」
「ねぇ、なんか明るくなってきたけど」
ユリルは、竜の攻撃で破壊された山を見ていた。
その方向に目を向けると、太陽が昇り始めている。
「どういうことだ!? まだ夜になったばかりで、朝日が昇るような時間じゃないはずだ!」
俺の質問にアヒルが答えた。
「流星群召喚のさらに上位の魔法――恒星落下よ……」
ごくり――。
俺は唾を飲み込んだ。
「それって……」
「太陽をぶつけるつもりよ」
「そんなことしたら、この星も無事じゃすまないぞ!?」
「しかたないでしょう? ほかにあの竜を倒す方法がないんだから」
壊れた山から登ってくる太陽は、いつもより大きかった。
本気かよ……。
「なぁ、このままじゃ世界が崩壊するぞ……」
俺はアヒルの羽を両手で掴む。
「誰が私と竜を止められるというの? 神でもいなきゃ無理よ」
お前……自分でそれを言うのかよ……。
確かに、俺とユリル、ミネルバが束になっても竜を倒せるとは思えない。
アヒルのいうとおり、次元が違う。
「どうやらローズでは歯が立たないようだな」
聞き覚えの無い声がする。
俺は振り返った。
「所詮は三流魔導師……」
杖をついた背の低い老人が俺たちの元へ歩いてきた。
その後ろには、何人もの魔導師を従えている。
「誰だ? あのじじい……」
「しぃ……魔導機関の総裁よ……」
リリィが声を落として答えた。
「フォレスティアの民よ……良く聞けぃ!」
総裁は突然大声を出した。
俺は耳を塞ぐ。
「声がでかいな」
「拡声魔法で町中に聞こえるように話しているの」
アヒルが言う。
「なんだ……てっきり年で耳が遠くなっているのかと……」
そう言って総裁の方を見ると目が合った。
「んんっ……ゴホンッ!」
総裁は、眉間にしわを寄せて俺を睨み付ける。
「竜を倒すため……異世界より英雄を召喚した……これへ」
英雄?
魔導師たちをかき分けて、純白の光輝く鎧に身を包んだ大男が姿を現した。
「ザコ共をゾロゾロ召喚しやがって」
彼は、その巨体よりも遙かに大きな大剣を手にしていた。
その後ろから、小柄な男が姿を現す。
目は充血していて、焦点が合っていない。
手には長くて鋭利な鉤爪を付けている。
それを舌でなめ回した。
「全員……ぶっ殺してやるよ……くくっ」
次に俺たちの前に姿を現したのは女性だ。
丈の短い真っ黒なチャイナドレスのような衣装を着ている。
太股からからわきまでスリットが入っていて、目のやり場に困る。
「私が癒やすのは、傷だけじゃ無いわよ? 心も癒やしてア・ゲ・ル」
「なんか、やばそうな奴らがやってきたぞ?」
総裁は英雄たちの前に立った。
「ナイト、アサシン、クレリック……三人か? メイジも召喚したが、まだ到着していないようだな……」
英雄……メイジ……。
「あ、ひょっとして……」
「あんたのことよ、名乗り出なさい」
アヒルは俺の頭の上に飛び乗った。
「メイジなんて待つ必要は無い……竜など、俺一人で十分だ」
大男のナイトはそう言った。
不気味な男――アサシンはナイトの前に歩み出る。
「あぁ? てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
そして、鉄の爪をナイトに突きつけた。
「竜の前にお前殺してやろうか? うひゃひゃひゃひゃ」
「二人ともー? 殺し合ってもいいわよー? 怪我したら、あたしが治してあげるから……」
妖艶な女のクレリックは、二人の間に入り顔を近づけた。
「どんな傷でも治してあげる……永遠に……ゾンビのようにね……ふふふっ」
俺、あいつらと仲良くやる自身ねーな……。
「そなたたちに神具を授ける」
総裁は英雄たちに道具を手渡した。
「浮遊のマントと、羽の靴……これがあれば重力を軽減し、空中を自由に移動できる」
「でた、魔法アイテム……あの人、すぐ道具に頼るのよね」
アヒルは、しかめ面で総裁を見つめていた。
英雄たちは、マントと靴を身につけた。
三人の体がふわっと浮かび上がる。
「お前たちは、ここで見物でもしているんだな」
ナイトはそう言って、飛び立っていった。
「竜に近づきすぎるなよ? 間違えて一緒に細切れにしちまうかもなぁ? うひゃひゃひゃ」
アサシンもその後を追う。
「みんな、下からのぞいちゃだめよ? 今日、下着……履いて……ないの……ふふふ」
クレリックも飛び立って行った。
魔導師たちはいやらしい顔を浮かべ、クレリックの真下から上を見上げていた。
三人は、竜の前に立ちはだかる。
「あいつらで、竜を倒せるのか?」
俺はアヒルに問い掛けた。
「見てれば分かるわ……」
三人は、竜に向かって飛び込んでいった。
「天地両斬剣――!」
ナイトは大剣を抱え上げ、大声で叫んだ。
剣を振り下ろすと、空がひび割れ真っ二つに裂けた。
ゴロゴロゴロゴロ――。
雷鳴とともに、光の柱が竜に突き刺さる。
「細切れになりなぁっ、千ノ切裂爪!」
次に叫んだのは、アサシンだった。
竜の周りを飛び回り、まるで分身しているかのような残像を残す。
シャキン、シャキン、シャキン、シャキン――。
アサシンの残像と共に光が発せられる。
クレリックは、竜の顔の正面に立った。
そして、手をかざし息を吹き付ける。
「フーッ……魅惑の吐息」
クレリックはそう言葉にした。
ドクン、ドクン――。
俺の胸の鼓動が速くなる。
どうしたことだろう? クレリックから目が離せなくなる。
魔導師たちも、上空に浮かぶクレリックに見とれていた。
「すごい……これなら勝てそう……だ……」
ドゴーン――。
俺が言い終わらないうちに、目の前に何かが落ちてきた。
それは、半分ほど地面に埋まっている。
まるで植物のように下半身だけが地面から生えていた。
ナイト、アサシン、クレリックが、地面に突き刺さっている。
三人の攻撃をくらった竜は、なにごとも無かったかのように上空を羽ばたいていた。
「まさか……英雄が……一撃で……」
ぴくりとも動かない英雄を見て、総裁は体を震わせる。
「やはり、メイジと四人揃わないと無理だったのか……」
俺がこの中に入ったところで、何も変わらなそうだけどな。
俺は地面に突き刺さっているアサシンから、マントと靴をふんだくった。
「リボンちゃん?」
リリィは、俺に声を掛けてくる。
「止めてくるよ……アイツらを」
靴を履き、マントを背中に付ける。
「このままじゃ、世界が崩壊してしまうからな」
「わ、わたしも……」
ユリルの言葉を、俺は手で遮った。
「大丈夫だ……」
ユリルとミネルバは不安そうな表情を見せる。
「カツヤ……」
アヒルが俺の前に歩み出る。
「あなたに託すわ……この世界の未来を……」
「あぁ……任せとけ」
俺は飛び上がった。
水中にいるかのように、体が軽い。
空中を蹴ると勢いをつけて、進むことができる。
魔法って、ほんとすげーよな……。
ローズは上空に手をかざし、次の呪文の詠唱を行っていた。
竜も口の正面に魔法陣を錬成している。
俺は二人の中間に入った。
「てめーら……」
俺は手にしていたステッキで、ローズの頭を思い切り叩いた。
「いいかげんにしろっ!」
ぼわん――。
ローズは煙に包まれた。
グワアァァァァァァァァッ――。
竜は咆哮を上げる。
「グアァーじゃねーっ、お前もだっ!」
竜の鼻先目がけて、ステッキを叩きつける。
ペキッ――。
「あ、折れた……」
ステッキは、先端の星の部分から真っ二つになった。
ぼわん――。
竜も巨大な煙に包まれる。
そして――。
ローズはアヒルの姿に――。
竜はドラゴリラに姿を変えた。
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