第二十九節 未来からきた救世主

1/1
前へ
/31ページ
次へ

第二十九節 未来からきた救世主

 ローズがヴァイスハイトを撃破するも、竜との戦いは激化する一方だった。  そんな中ローズは、太陽を落とす魔法を唱える。  このままでは、世界が崩壊する――。  魔導機関総裁の手により召喚された3人の英雄も、竜にはまるで歯が立たない。 「止めてくるよ……アイツらを」  俺は飛び上がった。  そして、手にしていたステッキで、ローズと竜を殴りつける。  ローズはアヒルの姿に――。  竜はドラゴリラに姿を変えた。  アヒルとドラゴリラは、地上に落下した。  俺はすぐに後を追って地上に降りる。 「いいかげん負けを認めなさいよーっ」  リラーッ――!  1羽と1匹は互いに口を引っ張り、取っ組み合いの喧嘩をしていた。  やれやれ……。  でも、これで世界の破滅は免れそうだ。 「アヒルちゃんが……増えた……はぁはぁ」  ミネルバは、2羽のアヒルを両手で抱きかかえた。 「ちょっと-、離しなさいよーっ」 「ドラゴリラ?」  ユリルも、ドラゴリラを持ち上げる。  リラーッ!  物陰からもう一匹のドラゴリラが姿を現した。 「繁殖したか……」 「家畜みたいな言い方するんじゃないわよーっ」  ガブーッ――。 「いてーっ」  俺は2羽のアヒルに頭を噛まれた。 「ちょっとー、元の姿に戻しなさいよ」  アヒルは、ガーガー騒いでいる。 「元に戻す方法なんて知らねーよ」 「もう一度叩けば戻るんじゃない?」  ユリルは言う。  真っ二つに折れたステッキを紐で固定する。  そして、ステッキのスイッチを入れた。  カチッ――。  普段なら先端の星型のランプが光るのだが、反応しない。  カチッ、カチッ――。  とにかく、叩いてみるか。 「どっちがどっちのローズだったっけ?」  見分けが付かなくなったが、片方のアヒルの頭をステッキでぶっ叩いた。 「えい!」  コツン――。 「いたーい!」  ベキッ――。  クルクルクルクル――。  ステッキの先端に付いている星が飛んでいった。 「あ……」  アヒルは頭を抑えてうずくまっている。 「ちょっとー、元に戻ってないじゃない!」 「壊れたから、もう無理かも……」 「ひとまず、竜を止めることはできた……けど」  リリィはそう言って、町の方に目を向けた。  酷い状況だった。  悲鳴と叫び声が聞こえてくる。  至る所で火が上がり、上空には羽を生やした者が飛び回る。 「次はあのモンスターを討伐しないとな……」 「あれは魔族よ……」  アヒルが口を開く。 「高度な魔法を使ってくる……町の外にいる野生のモンスターたちとは強さが桁違いよ」  空を覆い尽くす程の大群……何十という数が見える。  そして、その上を巨大な太陽がこの世界を照らしている。  真夏の炎天下の中でたき火をしているような、そんな感覚だ。 「暑い……もう……限界……」  ユリルが倒れ込む。  いつ体に火が付いてもおかしくない程の熱気に包まれていた。 「おい、元に戻せよ」 「だめ……いくら詠唱しても、この姿だと魔法が使えないわ……」  もう一羽のアヒルが答えた。  このままでは、水は干上がり、草木は枯れる……。  そして、この世界は滅亡する――。 「お前が原因だったんじゃねーか!」  俺は、アヒルの首を掴んだ。 「しかたないでしょう? こうでもしなきゃ竜を倒せなかったんだから」 「どうすんだよ……これじゃあ、何も変わらねぇじゃねーか」  俺たちが、過去にきた意味がない――。  誰も救えず……。  世界は何も変わらない……。 「もう一度やりなおすんだ!」  その言葉に、みなが俺に注目する。 「やり直すって……」  アヒルが口を開く。 「もう一度、時間をさかのぼれれば……」 「危険よ! 何度も使うと時空が歪むわ!」 「もう一度だけだ!」 「時間を遡るって……どういうこと?」  リリィが俺に声を掛けてくる。 「実は俺たち……未来からきたんだ」  リリィとアヒルは、互いに目を合わせた。  俺は続けた。 「50年後のこの世界は、滅亡していた……」  水は涸れ、作物が育たなくなった世界――。  暴力で残った水と食料を奪い合う世界――。  毎日が飢えで生きるか死ぬかの……そんな世界だった。 「俺たちはこの世界を救うために、時を戻す魔法でやってきたんだ」 「時を戻す魔法……あなたそれが使えるの?」  アヒルの質問に頷いた。 「古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越(クロノスリープ)」 「古の魔法書……伝説の魔法書……」  リリィはそう言葉にした。 「時空操作は神の領域よ……あなた、いったい何者?」  アヒルは俺を見上げる。 「この世界を救うためにやってきた……ただの魔法少女だよ」  俺は笑顔で親指を立てた。 「時を戻すのは、今から数時間前だ! いくぞっ」  俺は、アヒルを頭に乗せ、ユリルとミネルバと手を繋ぐ。 「違うわよ、私よわたし!」  別のアヒルが羽をばたつかせている。  アヒル違いか……見分けが付かん……。  俺は、アヒルを入れ替えて頭に乗せた。 「古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越(クロノスリープ)」  カーン――。  甲高い音と共に魔法陣が光輝き、地面から浮かび上がる。  下から突風で吹き上げられるようにして、俺たちは大空に舞い上がった。  そして、再び時空を超える――。  陽は沈み、星々が光輝く刻――。  城の周りは、人で溢れかえっていた。  城の四隅にある塔がライトアップされる。  民衆は固唾をのんで見守っていた。  塔の屋上に、真っ白なドレスを着たメグが姿を現す。  おぉぉぉぉぉぉっ――。  民衆は、一斉に歓喜をあげた。  それと同時に、王宮楽団の演奏が始まった。  ストリングスの緩やかな音色が、幻想的な空間を醸し出す。  塔の上に立つメグの姿は美しかった。  ドレスと長い髪が風になびいている。  メグは遙か遠くを見つめ、胸の前で手を合わせ祈る。  次に対面の塔がライトアップされる。  そこに、ヴァイスハイトが登場した。  キャーッ――。  女性たちの、悲鳴ともいえる歓声がこだまする。  二人は塔を降り、二つの塔を繋ぐ通路の上を歩き始めた。  通路の中央で二人は出会う。  その上空には、俺とアヒル、ユリル、ミネルバがいた。  俺は、ヴァイスハイト目がけて真っ逆さまに落下する。  右手を力一杯握りしめて、顔面を殴りつけた。  ドゴッ――。  空から落ちてきた勢いもあって、ヴァイスハイトは吹っ飛んだ。  そして、通路の上から落ちていった。  イヤーッ! ヴァイスハイトさまーっ――!  女性たちの悲痛な叫び声が聞こえてくる。 「これで世界は……救われる」  俺の目の前には、あっけにとられて佇むメグがいる。 「こい、メグ!」  俺は彼女の手を取った。  そして、走り出す。  城の兵士たちが後を追い掛けてくる。 「まったく、何も考え無しで行動するんだから!」  俺の頭の上でアヒルが叫ぶ。 「考えたって何も始まらない……なるようにしかならないだろう?」  俺は走りながら答える。  この世界を……メグを救うことができれば……それでいい。 「グリモワールⅢの章・造形魔法断道ノ石壁(ストーンウォール)」  ユリルが詠唱する。  ゴゴゴゴ――。  俺たちの後ろに石の壁が生成された。  兵士たちは、その壁に阻まれて追ってこれない。  俺たちは城壁の影に身を潜めた。 「ここまでくれば、ひとまず大丈夫だろう」  俺は膝に手を突き、息を整える。 「誰かくるぞ!」  城壁の影から顔を出していたミネルバが声をあげた。  追っ手か!?  俺もミネルバの向く方に目を向ける。  ローズとリリィだ――。  ふたりは、まっすぐこちらに向かってきていた。 「追跡魔法で私たちの位置がばれているわ」  アヒルが言う。  あのふたりからは逃げられないか……。 「いったいどういうことか、説明してもらえるかしら?」  やってきたローズが、俺たちに問い掛けた。 「俺たちは未来からきた……なんて言ったら信じて貰えるか?」  ローズとリリィは互いに目を合わせ、メグは唖然としている。 「ヴァイスハイトの狙いは、城の地下に眠る竜だ」 「なぜそれを……」  ローズは驚きの表情で俺を見つめる。 「フォレスティア国王も、ベアも殺されて……そして、メグ……」  俺はメグに目を向けた。 「キミも、奴に命を奪われる」  メグは不安そうにローズを見つめた。 「竜の復活により世界はやがて滅亡する……そんな未来が待っている」  本当はローズのせいなんだけどな……。 「うそかと思うかもしれないけど信じてほしい! すべてヴァイスハイトの策略なんだ」 「メグ……竜の復活には、聖女であるあなたの血が必要になるわ」  アヒルは俺の頭の上に乗り、メグを見つめた。 「私はもう……あなたが死ぬとこなんて見たくないのよ!」  アヒルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、俺の髪の毛を濡らす。 「お願い! 私たちの言葉を信じて!」 「あなた……もしかして……ローズ?」  メグはアヒルの手をとった。 「50年後からきたの……この子たちと一緒に……」  アヒルは、両羽でメグの手を強く握る。 「この世界を救いに……あなたの命を救いにきたの!」  メグは少し考えていた。  そして、静かに話し始める。 「ふたりのお話……ありうるかも知れません。今回の縁談はヘルシャフトブルク側から持ち出されたお話です」 「そして、立ち入り禁止区域への侵入者か……」  ローズも口を開いた。 「国王とメグの警備を厳重にするんだ」  俺はローズに告げる。 「そうね、私が直接護衛するわ」  カツン――。  誰かいる!?  話しに夢中で気が付かなかった――。 「すべてお見通し……というわけか?」  まったく音も立てず、気配も感じさせず、この男はいつの間にか俺たちの目の前に立っていた。  ヴァイスハイト――! 「殿下……あなたは」  メグは、ヴァイスハイトに問い掛けた。  ヴァイスハイトは不敵に笑う。 「しかしな……王女を浚った狼藉者を成敗し、王女を連れ戻せば、ことは元通り運ぶ」  チャキーン――。  ヴァイスハイトは鞘から剣を抜いた。 「立場敵に不利なのは、貴様らなのだからな……」  ミネルバもレイピアを構える。 「この人数を相手にする気か?」  俺もステッキを構えた。 「見せてやろうか?」  ヴァイスハイトは不敵に笑う。 「剣を収めて下さい!」  メグはヴァイスハイトに向かって歩いて行く。 「私には、この国の民を守る責務があります」  そして、ヴァイスハイトの目の前に立った。 「メグ危険だ! 離れるんだ」 「今回のお話は、この国の平和を維持するためのもの……」  メグは、ヴァイスハイトを見上げ睨み付ける。 「あなたの目的が民を傷付けることであるならば……破談させていただきます」 「ふはははは」  ヴァイスハイトは高らかに笑う。  そして、剣を鞘に収めた。 「はなからこんな回りくどいことをせず……こんな弱小国家など、ひねり潰してしまえばよかったのだ」  ヴァイスハイトは背を向けた。 「後悔するなよ……自分らのとった行動がどういう結果を招くのか?」  そして、歩き去って行った。  その日の内に、ヘルシャフトブルク一行はフォレスティアから去って行った。  俺たちは、城の屋上からその様子を眺めていた。 「戦争になるわね……」  ローズが口を開く。 「きっと……避けては通れない道だったのです」  メグは悲しそうにそう呟いた。 「俺たちも協力するよ……みんなで戦えば楽勝だろ?」 「この戦いはきっとよい結果がでるわ」  アヒルが、俺の頭の上から飛び降りた。 「だってほら……」  その体は、透けていた。 「お前……どうしたんだ?」 「わたしたち……」  ユリルが声を上げる。  ユリルの体も透けて、後ろの壁が見えていた。 「私の体も……消えかけている?」  ミネルバも同じだった。 「なんで……時を戻す魔法の影響か?」 「違うわ……」  アヒルは首を横に振る。 「ここにくる必要がなくなったからよ」  未来は……変えられた?。 「そうか、もう世界が滅亡することはないんだな」  俺たちは世界を救った――。  もうあんな過酷な世界で、人々が辛い思いをしなくてすむ。  アヒル、ユリル、ミネルバの体はだんだんと薄くなっていった。  俺は自分の手を見て、左手で触って感触を確かめる。  何も変わっていないように思える。 「俺は……なんともないけど?」  アヒルは、俺から目線を逸らした。 「あなたは、もともとこの時代にくるはずだった……」  そして、悲しそうな表情を浮かべる。 「だから……消えないのかも」 「俺は、この時代に残るのか?」  アヒルは、黙って頷いた。  そんな――。 「ここは、あなたが望んでいたファンタジー世界じゃない……」  アヒルは、俺に笑顔を見せた。  確かに、そうだけど……。  剣と魔法とモンスターのいる世界にきたかったのは確かだけど……。  ユリルが、俯いたまま俺の袖を掴んできた。  その手は、もう殆ど消えている。 「わたしたち……離ればなれになっても……ずっと……」  ユリルの目には、涙が溢れていた。  それでも、泣くのを必死に我慢して言葉を続けた。 「ずっと……ともだちだよね?」  俺は、笑顔を作った――。  作ったつもりだけど、泣き顔にしか見えなかったかも知れない。 「あぁ……俺たちは……ともだちだ……ずっと……」  涙が止まらない――。  これで、お別れなのかよ……。  もっと、一緒にいれると思っていた。  ずっと、一緒に冒険して、笑い合って、時には喧嘩して……。  そんな毎日が、永遠に続くと思っていた。 「アヒルちゃんの世話はちゃんとするから……安心してくれ」  ミネルバも声を枯らし、手で顔を拭っていた。  そして、俺に手を差し伸べた。  俺は、その手を掴む。  もう……殆ど透明で……掴めないけど、それでも手を添えた。  ユリルも、その上に手を乗せる。  そして、アヒルも手に乗り羽を添えた。 「みんな……元気でな……元気で……」  俺は力一杯握りしめたかった。  でも、消えていて……その手に触れることができなかった。  そして――。  顔を上げたときには、もう――。  目の前には、誰もいなかった。  アヒルも、ユリルも、ミネルバも……。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」  俺は涙を流し、膝を突いた。  なんで……俺だけ……。  なんで……。 ---------- ⇒ 次話につづく!
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加