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エピローグ
婚礼の儀の中止から数日後、ヘルシャフトブルクから宣戦布告がされた。
動揺する国民に向けて、国王フォレスティアが演説を行う。
彼の国の狙いはこの国を侵略すること。
そして、全世界を手中に収めることだったのだ――。
彼の国の思い通りにさせてはならない。
女神フォレスティアの祝福の元に、我が国の精鋭なる兵士と魔導師が、この国を守るであろう。
俺は城の屋上からその演説を眺めていた。
世界を滅亡の危機からは救えた。
しかし、戦争になれば、多くの血がながれることは間違い無い。
この町が火の海と化す可能性だってある。
俺にはまだやるべきことが残されている。
この戦争に勝利しなければ、再び歴史は繰り返されてしまうのだから。
アヒルもユリルもミネルバも、みんな消えてしまったけど、俺だけとり残されたのは、この戦いに勝利をもたらすためだと思っている。
でも、本当は……。
ずっと、みんなと一緒にいたかった。
頬を雫が流れ落ちる。
耳を澄ますと今でも聞こえてきそうだ。
あいつらの笑い声が――。
「リボン?」
不意に後ろから声を掛けられた。
アヒル――!?
俺は、頬を拭い、慌てて振り返った。
そこにはいつもと変わらぬラフな格好をしたローズが立っていた。
そうだ……アヒルはもう……いないんだよな。
「カツヤって呼んだ方がいいかしら? もう一人の私から色々聞いたわよ」
そうか、アヒルの奴、話してたのか……。
「ほんと、あんたって大した者よね……時を遡ってきて世界を救うなんて」
ローズは俺の横に立ち、国王の演説を見つめる。
「あんたみたく無茶できないわよ」
「よく言うよ」
「本当は、これが正しい選択だったのかもね」
「どうだろうな」
正しい選択……か。
最善ではないにしろ、最悪は免れたのだと思う。
「大きな戦いになるわね」
「お前がいれば、ヴァイスハイトなんて楽勝だろう?」
「そうね」
ローズは、軽い感じで返事をする。
実際、ローズの敵ではないのだろう。
「ただし、隕石や太陽を落とすのだけは禁止な?」
「そこまでしなきゃいけないような相手じゃないわよ」
ローズは、俺の肩に手を乗せる。
「リボンあなたには、大きな借りができたわ……メグを助けて貰って、この世界も救った」
「俺は自分の信じることをしたまでだ……誰かのためとかじゃない」
「いいのよ……その結果、みんなを救うことになったのだもん。だから、その借りを返させて欲しいの」
「これから戦争が始まるんだ……それが終わってからにしてくれ」
ローズは、俺の手を掴んだ。
「こっちにきて」
俺はローズに連れられ城の中を進んで行く。
そして、書庫に入る。
そこには、リリィが本を読んでいた。
「連れてきたわよ」
「リボンちゃん……これをみてみて?」
リリィは、俺に本を開いて手渡してきた。
魔法書だろうか?
「高度な魔法でも書いてあるのか? でも、俺文字読めねーからな」
「これは、魔法書ではなくて古代の文献よ。要約するとね……古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越は時を操る魔法――と書いてあるわ」
「あぁ、知ってるよ……これまで、何度も使ったんだ」
リリィは首を横に振る。
「重要なのは、時を操る――という部分よ」
「それが、どうしたんだ?」
「時を操るということは……時を戻すだけでは無い――ということよ」
それって――。
「時を進めることもできるってことか!?」
「50年後に行くこともできるわね」
本棚に寄り掛かっていたローズが口を開く。
50年後に行ったら……あいつらとまた出会える。
嬉しかった。
もう二度と会えないって思ってたから。
笑顔と涙が同時に溢れてきて、どっちの表情をしていいのか分からない。
「でもね、カツヤ……あの子たちが消えた理由……わかる?」
消えた理由……。
「それは……ここにくる必要がなくなったからだろう?」
「そう……つまり、あの子たちが存在した時間軸は消滅したのよ」
ローズは、真剣な表情で俺に語りかける。
「だから……時を超えてあの子たちに再び出会ったとしても……今までの記憶はないわ」
そうか……。
今までの冒険も思い出も、すべてなかったことになっているんだな……。
「決めるのはあなたよ? この時代に残るか、未来にいくか」
「俺は、この国が好きだ――このファンタジーなこの時代が大好きだ! ずっと、ここで生活していこうと思っていた」
俺はローズとリリィに目を向ける。
「でも、きっとそう思ったのは……あいつらがいたからなんだと思う」
声が枯れてきた。
涙が顎を伝わり滴り落ちる。
「たとえ今までの記憶がなかったとしても……それでも俺は……またあいつらと一緒に冒険したい!」
ローズとリリィは、俺に笑顔を向けた。
「そう言うと思って準備しておいたわ……きなさい」
俺はローズとリリィの後に付いていく。
そして、屋外に出る。
この場所は、良く覚えている。
俺たちが50年前に戻った時に、はじめて降り立った場所だ――。
その床には、魔法陣が描かれていた。
「今やるのか? 戦争が終わってからでも……」
俺は慌てて、二人に問い掛けた。
「言ったでしょう? お礼がしたいって……いつ終わるか分からない戦争に、あなたを巻き込みたくないのよ」
俺は、ふたりの顔を見つめた。
「今度は、私たちがあなたにプレゼントする番よ……50年後のすてきな世界を……ね」
ローズもリリィも、とてもやさしい笑顔を俺に向けていた。
「わかった……そのプレゼント……受け取るよ」
50年後のフォレスティアか……。
また、あいつらと一緒に冒険……できるんだな。
俺は魔法陣の中央に立った。
「50年後、きっと会いに行くからな」
「私たちはお婆ちゃんね?」
リリィは、ローズに目配せをする。
「50年間楽しみにしてるわ」
そして、小さく手を振る。
「あなたの救ったこの世界……その未来を、見てきなさい」
ローズは、腕を組みながらそう言った。
俺が救った世界……か――。
「じゃあ……達者でな……古の魔法書Ⅴの章・時魔法時ノ超越」
呪文を詠唱すると、俺の体は光に包まれた。
ただ一つ……心残りがあるとしたら……。
それは――。
遠くから、メグが走ってくるのが見えた。
俺の体は、宙に浮き始める。
「すまねぇな、結婚ぶちこわしちまって!」
俺は声を張って、メグに向かって言った。
「世界が滅亡するのなら……この選択の方がよかったのだと思います」
メグは、俺の真下まできて俺を見上げる。
「リボンさんが救ってくれたこの世界……きっとわたしたちが、すてきな世界にしてみせます!」
メグの瞳から、小さな星がこぼれ落ちた。
「だから……50年後楽しみにしていてください!」
俺は、メグに笑顔を向けた。
俺の体は、勢いよく空に舞い上がる。
遙か上空で、ジオラマの様な城下町を見下ろした。
そして――。
俺は、大声で叫んだ。
「大好きだーっ!」
俺は誰に向けて言ったんだろう?
この世界か……それとも――。
空の彼方で叫んだ言葉は、おそらく誰にも届かない。
それでもいい……。
これが、俺の本心なんだから。
そして、世界はまるでおもちゃのコマのように高速で回転を始める。
俺は、時を駆け抜ける。
50年後の未来に向けて――。
数多の英雄が歴史書に名を連ねる中――。
文献にも残らない。
誰にも語り継がれない。
名も無き英雄がいた。
五十年の歴史を塗り替え、世界を滅亡から救った英雄。
その名は――。
魔法少女プリティ☆リボン。
今その物語が幕を下ろす。
fin.
☆ ☆ ☆
高速で回転していた世界は、徐々に速度をおとしてゆく。
目の前に広がる景色を、上空から肉眼で確認できるまでになった。
緑がある――大海原が広がっている。
そして、町も城もある――。
俺たちの救った世界――崩壊していない世界だ。
俺はゆっくりと地上に向かって落ちてゆく。
嬉しかった――世界が無事なことと、それとまたみんなに会えるという期待感でいっぱいだった。
最初にあったらなんて言おう。
実は以前からの知り合いなんです――なんて言ったら不審がられるだろうか?
いきなり声を掛けてしまうのもよくないかもな。
そんなことを考えている内に、地上に足を付けた。
周りには商店が建ち並ぶ。
50年後のフォレスティアの城下町だろう。
俺は少し散策することにした。
50年前と比べて、それほど大きく変わった様子はない。
見覚えのある景色も多かった。
懐かしいなぁ……って言うのも変か?
ただ一つ言えることは、人口が減ったのか、活気がなくなっている気がする。
町行く人はまばらで、どことなく足取りも重い。
俺は不安になった。
ヘルシャフトブルクとの戦争が、良い結果をもたらさなかったんじゃないかって――。
道路の石畳もひび割れて、しばらく舗装がされていない様子だ。
商店には、商品が並べられて折らず、壁はツタに覆われている。
城に行ってみよう。
ローズやリリィ、メグがいるかも知れない。
俺は足早に、城への道を進んでいく。
道行く人が俺を見ている気がした。
後ろを振り返ると、大勢の人が俺と同じ方向に向かって進んでいる。
どういうことだ?
様子がおかしい。
俺が立ち止まると、俺に向かって歩いてくる。
これは――追い掛けられている。
俺は走り出した。
道で出会うすべての人が俺の後を付けてくる。
どうなってんだ?
グルルゥ――。
グワァッ――。
そして、俺は気づいてしまった。
この人たちが……。
人ではないということに――。
口から唾液を滴り落とし、目の焦点は合っていない。
眼球が今にもこぼれ落ちそうになっている。
姿勢や歩き方も気にせず、前傾姿勢や四つん這いで追い掛けてくる。
中には倒れて這いずりながら進む者までいる。
目が見えず、嗅覚だけをたよりにしているのか、俺が角を曲がると壁に激突していた。
こいつらは、まるでゾンビ――。
町中が生ゴミ臭い。
その中を、必死で走った。
あれに捕まったらどうなるのだろうか?
想像したくも無い。
カーッカーッ――。
空を何羽ものカラスの群れが飛んでいる。
それは、俺の真上を旋回していた。
カラスまで、俺を狙っているのかよ!?
突き当たりの塀の上にもカラスが止まっていた。
黄色い瞳で俺を凝視している。
それが、とても不気味だった。
「こっちよ! こっち!」
声がする。
人間の声だ。
そして、この声は聞き覚えがある。
俺は声の方に目を向ける。
そこには、サッカーボールのような体に、たらこのようなクチバシを付けた鳥が、塀の上にとまっていた。
「カツヤ……待っていたわ……あなたがくるのを……」
その鳥は俺の名を口にした。
「なんでまた……アヒルになってんだよ!」
どうしてだろう……涙が溢れてくる。
ローズとは、さっき別れを告げたばかりなのに……とても懐かしい気がして。
「よく見なさい! アヒルじゃ無くてカラスよ、カラス!」
確かに、体の色が黒い。
俺にとってはそんなことはどうでも良かった。
こうしてまた出会えたことが嬉しかった。
「なぁ、この状況、どうなってんだよ?」
「詳しい話はあと! まずはここから逃げるわよ」
黒アヒルは、羽をばたつかせて走り始めた。
相変わらず飛べないんだな……。
俺もその後を着いていく。
ゾンビは次々にその数を増していた。
振り返ると、まるで通勤ラッシュのホームのようにゾンビの群れができている。
そいつらが、全員俺を追い掛けているのだ。
目の前でとろとろ走る黒アヒルを持ち上げ、俺の頭の上に乗せる。
そして、無我夢中で走った。
しばらく進むと、道の真ん中に人が立っている。
「なぁ、誰かいるぞ!」
生きた人間だろうか……それとも……。
「あれは……」
黒アヒルが口を開く。
「ゾンビ以上にたちが悪いわよ?」
近づくにつれ、その姿が明確になる。
黒いマントに身を包んだ少女が俯いていた。
あれは――。
ユリルだ……間違い無い!
こんなに早く出会えるなんて……。
「おーい、ユリルーッ!」
俺は嬉しさのあまりに、手を振って声を掛けた。
そうだ……ユリルは俺のこと……覚えていないんだっけ……。
ユリルも俺に気づいたようで、顔を上げる。
そして、手の爪を俺に向け、大きく口を広げた。
「グワァァァァァッ」
口には長い牙が生えている。
マントの内側は赤色で、まるで吸血鬼のようだった。
リラーッ――。
ユリルの背後から、ドラゴリラが姿を現し、ユリルの肩に止まる。
ユリルはふわっと浮かび上がり、俺に向かって飛んできた。
俺は慌てて、道を曲がった。
走りながら、黒アヒルに話しかける。
「なんか、あいつだけ世界観間違えてないか?」
「噛みつかれないように気をつけなさい」
「ねぇ、待ってよー!」
俺の後ろでユリルが叫んでいる。
あいつ、しゃべれんのかよ!?
「早くこっちへ!」
前方で声がする。
壊れた塀の裏に、女性が一人屈んで手招きをしていた。
あれは……。
ミネルバ!
彼女も、少し変わっていた。
得意としていたレイピアは無く、肩からLMGをさげている。
「なぁ、剣はどうしたんだよ?」
「剣だと? この世界でそんなもの、なんの役にも立たない」
「早く! この奥へ」
ミネルバは路地を指差した。
俺が路地に向かうと、ミネルバはゾンビの群れの前に立ちはだかった。
そして、LMGをぶっ放す。
ズダダダダダダダ――。
空の薬莢が、その場にこぼれ落ちる。
ゾンビの群れは、肉片を飛び散らせながら、後方に吹っ飛んだ。
しかし、ゾンビの群れは水が押し寄せるように、次々とやってくる。
ミネルバは撃つのをやめ、走り出した。
俺は、黒アヒルを頭に乗せ、必死で走った。
その後をミネルバとユリルが追い掛けてくる。
その後ろには、ゾンビたちが群れをなす――。
「50年の間にいったい、なにがあったんだーっ!?」
50年後も――。
やっぱり世界は滅亡していたんだが……。
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この物語は、これで終わりとなります。
カツヤとアヒルたちの冒険に、最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
また、新たな物語を皆さまにお届けできるよう、精進したいと思います。
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