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『文章ロイド 完熟《かんこな》アヤ』
西暦202X年(令和×年)。
入力した文章を、書き直してくれるパソコンソフト『完熟アヤ』が発売された。
ソフトを起動させれば、入力画面が出る。アヤの操作画面での入力か所は、100か所はある。
100か所あれば、一見操作が複雑そうだが、簡単であった。面倒なことは、未入力で良いのだ。例えばこんな封だ。
主人公欄に、『ネコ』と入力。名前は『未入力』のままだ。そして『夏目漱石風』をクリックする。
『我輩は猫である。名前はまだ無い』と、一瞬で変換される。
アヤは、素晴らしい性能であった。価格も安く、あっという間に、ネットの口コミで有名になる。
ネットの小説や詩の投稿サイトでも多く用いられた。文章のまとめ方が得意でない人々も、小説作品を発表する機会が増えたのだ。
サブカルチャーの運命である擬人化もされる。イラストを描ける人々は、かわいらしい多くの『アヤ』がネットで公開された。
☆☆☆
ネット小説家、比類まきのは『アヤ』を使用した作品中、群を抜いた人気を誇っている。
すぐに出版社の目に留まり、書籍化された。
女子大学生でもある比類まきは、自室でうつぶせで、寝そべっていた。ノートパソコンを操作しながら本音を漏らす。
「夏目漱石って、千円札のオジサンじゃん、何した人か知らない」
まきは、歴史や文学にさほど詳しくなかった。『アヤ』の操作方法の要領が良かったのだ。
ネットの一部では“最高のアヤ使い”と呼ばれていた。
彼女の作品は、若い女性層を中心に大人気となった。そのアグレッシブな、勢いは止まることがなかった。小説は、映画やアニメにもなった。
印税と呼ばれる金、作品使用の料金など、山のような金銭を若くして手にした。
そんなある日、彼女の元に1通の手紙が来た。ポストに勝手に入っている郵便物ではない。郵便局員に手渡しで渡される方だ。
比類まきは、封書を手にする。差出人を見れば、『アヤ』の発売元、カンコナ社からだった。どんな感謝文か、期待に胸を膨らませながら、開封した。
書面は市役所から送られてくるような、硬い文面で長い文章だ。
かなりの時間を割き、目を通して内容を理解した。
『アヤ』で制作された小説の著作権や、それに伴う諸権利は、カンコナ社にあるとの主張だ。
「塩対応じゃん。これ、わたし、ガチでヤバいって言うヤツ? メッチャムカツク」
怒ったまきは、自作品の諸権利は、100パーセント自分だと言い張る。
反論の文章も、『アヤ」で作成する。
名前は、『比類まき』を入力。私の作品は私のもモノ。そして“弁護士風”をクリックする。
『比類まきが、作成した文章の著作権や、作品に伴う諸権利は、当方にある』と変換された。
まきが主張したい内容が、簡潔かつ、明瞭に硬い文体でモニターに映し出された。それを、プリンターで印刷してカンコナ社に送りつける。
出版社に相談したが、担当編集者は転勤した。スマホに電話しても着信拒否だ。メールを送っても返信はない。
出版社ではなく、弁護士に相談した。
トラブルをさけるため、しばらく作品は全て、ワープロソフトで書くことを勧められた。プロである弁護士に動いてもらえば、当然だが、お金がかかる。
着手金として100万円を提示された。金持ちなまきは、現金で一括払いをした。
だが、『アヤ』を使わないと、どうしても小説が書けないのだ。
「センセーの事務所の、ホムペでバズってくださいよ」
「つまり、比類さんの意見をうちの法律事務所で公開するんですね。ですが、文章も含めて、私が作成して言いのですか?」
「良いんです、最後の署名だけ、わたし、書きます」
弁護士事務所のウェブサイトにまき、と言うより、弁護士が練りに練った言い分が掲載された。
カンコナ社と話し合いは、退屈で面倒そうであり、全て弁護士任せだ。
出版社と連絡が取れないので、『アヤ』を使って書きだめに専念する。新作はノートパソコンに保存した。
しかし話し合いで、解決することはなかった。
民事裁判となり、今日は地方裁判所の判決の日だ。傍聴席には、出版社の編集者もいた。
法廷で、緊張しながら判決を待つ。
「判決。主文。『完熟アヤで制作された作品の著作権の100%は、カンコナ社のものとする」
判決後、裁判所内で記者会見が行われる。編集者は人ごみに消えてしまった。
代理人弁護士は、記者会見に、まきの出席を止めた。まきは、弁護士の意見を、無視して会見に臨む。
「メッチャ激おこです。アヤを通販サイトで、ポチッたのわたし。アヤはわたしのズッ友。わたしがイケてたんです。こんなのおかしい。あの黒い服のオジサン? 裁判長? 言い分聞いてたら、ワープロソフトの会社にも、権利があるってことですか?」
涙ながらの、まきは、記者たちに訴えた。まきのガーリーな雰囲気は、ネットの男性向けサイトで、話題になる。
判決の翌日、まきはメールをチェックする。応援するメールの差出人の多くは、男性であった。
「おっさんホイホイ?」
その数日後、まきの元に1通の手紙が届いた。彼女が使っているワープロソフトのメーカーからだ。まき作品について、著作権の一部を主張してきたのだ。
まきは、ややっこしいので、弁護士にまた全部丸投げだ。
☆☆☆
出版社では、まきの新たな担当にイケメン編集者を準備した。突然の来訪者に、まきの心はときめく。
「比類先生、法律関係はわずらわしいでしょうから、うちの法務部が担当してあげますよ」
「お願いします」
書きだめた作品も、ノートパソコンを開いて全て見せた。好みのタイプな、イケメンが横で立っているのだ。まきの心臓は高鳴る。
「話し合いで解決を目指そう、と出版社の顧問弁護士先生が、仰ってます」
「へ? ふぇ? お願いします」
「素晴らしい作品です。新しいノートパソコンをご用意しました。ノートパソコンごと預からせてください」
まきは拒否して、嫌われるなんて想像するだけで、胸が締め付けられる。作品のデータごと、ノートパソコンを預ける。
編集者からは、写真集を出す、誘いを受ける。水着姿で際どいカットの提案もあった。
まきとしては、水着のパンツみたいな部分は、絶対見せたくない。高校の水泳の授業で、おじさん教師の視線が嫌だった。
フリルのついたスカートで隠したり、布を巻くのが条件とした。
☆☆☆
アヤのコスプレ写真も、まきは撮影した。写真集は、男性層に大ヒットする。アヤを使わず書いた自作のポエムが、写真集の後半ページに、小さく掲載された。
まきは、タレントとして成功した。テレビ、ラジオ番組出演の際、肩書は作家にこだわった。
ある日、イケメン編集者がまきのマンションを訪ねて来た。
「話し合いで解決しそうです。後は、先生の署名と捺印が必要です」
まきは、首がもげるそうな勢いでうなずいてしまう。言われるがまま、署名をした。宅配便感覚で、スタンプ印を押そうとして、編集者の手が重なる。
「先生、実印でお願いします」
「ふぁい、はい!」
まきは頬が上気させながら、実印をしっかり押した。
☆☆☆
比類まきの作品については、当事者同士の話し合いで和解が成立した。裁判前の作品については、一作品あたり、100万円で、カンコナ社が買い取った。書きだめた作品は、1文字100円で買い取られた。
カンコナ社は、在庫となった書籍を定価で出版社から、全て買い取る内容だ。
ドサクサ紛れで、金目当てのワープロソフト会社は、100万円を受け取り、引き下がった。
全ては、現金での決済だった。
その後、比類まきが出版社にクレームを入れたが、担当編集者は、人事異動で連絡が取れない。
現在、まきはキャンパスライフの傍ら、タレント活動をしている。
大学で創作系サークルに入り、シャーペンで伸び伸び楽しく、作品を書いているそうだ。
ちなみに、原稿用紙代わりに、新聞チラシの裏側を愛用している。(完)
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