第一章 二節『日常Q-qualify 平穏と飛躍-』

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 クラスメイトは、やがて伶華(れいか)の話題で、篥瑛(りきえ)を囲うようになった。  篥瑛本人の、普段からの個性の薄さからか、色々な意見が飛び交う。 「割と想像できないのが笑えるかも。なんていうか、キリエの兄妹ってだけで、まず謎」 「ごめん、わかるかも。でも、キリエ君みたいなお兄ちゃんだから、逆に妹さんも、元気? 騒がしく出来るのかもね」  篥瑛の気持ちは、誰にもコントロールされていない。  その証拠に、伶華の性格を、ほんの少しでも口端(くちはし)に出されて、僅かに、むっとする自分が居た。  しかし、どうにも、この回る舌は、分かっていても、この現実を否応なしに進行させる、という意志を持っている――篥瑛は、まるで自身を客観視するような、気味の悪い状況に陥っていた。 「そうかも、ね。俺の事、結構おもちゃみたいに扱ってくることもあるよ」  本来、知られる事を嫌悪する伶華の事情すらも、その口は、語りたがっていて、口を抑えたくなる程に、嫌気が差しているのにも関わらず、そうしてはいけない、という自身から発せられる抑圧が、確かにあって、そちらが先行している。 「うわ、小悪魔系かよー、なんかすっげぇな! キリエの妹で、ってのに違和感しかないわー!」 「違うって、キリエ君みたいな~、だから、いい感じにバランス取れてるんでしょー」  誰が、何故、どうして、こんな仕打ちを許すものか。  篥瑛の中で、沸々と怒りが混じり始めた頃、そこに、一閃の光が差した。 「へぇー、キリエ君って、妹さん居たんだっ! なんて名前ー?」  それは、赤面するはずだった未来。  予想出来た、あるべき、姿でない、自分。  今、遅れて話題に加わってきた、天音(あまね)に対して、篥瑛は、平然と、微笑を浮かべて、こう、口にした。 「伶華だよ。人偏(にんべん)に命令の令で、伶。それで、難しい方の、華、で、伶華」 「可愛いねっ! 名前! キレイな感じするっ!」  天音は、周囲のクラスメイトを跳ね除けるが如く、伶華に興味を持って、篥瑛との距離も詰めていった。    さらに、篥瑛は、また、――自分の意思を捻じ曲げて、如何様(いかよう)にも、理想を現実化させるための、言葉を口にする。 「そういえば、俺の事。キリエって呼び始めてくれたのは、天音さんなんだ。綺麗でいいなって言ってくれて。俺も……その、気に入ってる」  篥瑛を囲っていたクラスメイト、その集団に向けた言葉。  その宣言は、確かに、天音から広まった"キリエ呼び"なのだが、綺麗でいい、だとか、気に入っている、なんて事は、認知されていなかった。  後者については、天音すら、知らなかった、事実となってしまった。 「うん。そうだったね、ふふっ。ありがとっ、キリエ君」 「え、あ、……うん。そ、それにさ、漢字だと、"りきえい"って読めちゃうし、キリエって凄く分かりやすいと思うんだよね。だから、その……、ありがとう、天音さん」    ――この時、"名前が嫌いだ"、という篥瑛に根付いた、強烈な一つの個性が、完全に融解したのだった。 「なんか嬉しいなぁ、そう言ってくれると。こちらこそ、ありがとう、だねっ、キリエ君」    天音が、微笑んだ。  目を細め、こちらを見て、笑った。  その上、僅かに頰は紅潮し、まるで赤面しているかのようにも見えた。  その天音の表情に、未だ何が起きているのか、どうなってしまったのだ、という葛藤は、なおも続いていていたが、篥瑛は――――いや、既に、キリエにとって、それは、些末(さまつ)な事だった。  *  *  *  変わる日常。  変わろうとする日常。  変わってゆく日常。  キリエは、その喜びを胸に秘め、(みな)の前で微笑みを絶やさなかった。  ――――これによって、実行点Qの更新は完了し、次点、実行点Rへと繋がる、実行線Qが観測された。  
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