7人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
第一章 一節『日常Q -忘れる事の無い、六月の七日- 』
焠埼篥瑛は、自分の名前が嫌いだ。
"キリエ"と順序を誤れば、女性の名のような響きになり、難解な漢字を読み誤ると、"リキエイ"と、てんで日本人らしからぬ、名前にまで至ってしまうからだ。
* * *
篥瑛が、初めて彼女との接点を得た時、それは硬貨が床に落ちる音と、まるで鈴の音のような声が響き、彼にこう告げる。
「ねぇ、焠埼君の名前って、さ。素敵だよねっ。あ、突然でごめん。でも、私は好きだよ!」
そう告げられた当の本人にとって、当然、複雑な心境である。
なぜならば、篥瑛は、彼女、楠莉天音に対して、密かに恋心に近いものを抱いていたのだから。
「えっと、その。……、楠莉さん。その、ありがとう」
何とか捻り出した声。だが、咄嗟に気の利いた言葉が出なかった。
自分の名前が嫌いであるにも関わらず、好ましい女子から名前が好きだ、と言われた。
最初のコメントを投稿しよう!