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その日も、私は五件の手術を執刀した。そして手術報告を整理して、自分のオフィスを出た時は午後九時を廻った所だった。廊下を出ると大川先生が前から歩いてくるのに出会った。
「大川先生も帰る所?」
私は彼に声を掛けた。
「いや、今日は夜勤なんだ。緊急外来で内科と外科担当・・」
私は驚いた。アメリカ帰りのエリート医師が夜勤を・・? 研修医にやらせればいいのに・・
「先生は内科も担当出来るんですね?」
「総合診療医を目指しているから、一通りは勉強しているからね」
私は理解した。彼は私と全く考え方が違う。私は完璧(100%)を目指すために、ある領域に特化して学習する。彼は広く浅く学習するタイプか・・。でもそれじゃ完璧(100%)には到達出来ない・・。
「凄いですね。それでは夜勤、頑張って下さいね。お疲れ様です」
私は大川先生に頭を下げると帰宅の為、病院の駐車場から車に乗った。
そして帝国大学病院出口の交差点で信号が青になるのを待っていた。
横断歩道を三歳くらいの女の子をカゴに載せた自転車を押した若い女性が渡っていた。こんな時間まで仕事だったのね・・大変だと思い、私はその二人を漫然と見つめていた。
その時だった。突然、赤信号を無視して猛烈な勢いで銀色の車が走って来て、そのまま自転車ごと二人を跳ね飛ばした。二人は十メートル程、跳ばされて、私の車の横の道路に叩きつけられた。
銀色の車はそのまま猛スピードで走り去ってしまう。
突然の事に私は呆然としていたが、ハッとして直ぐに車を降りると、二人に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
女性は何とか起き上がっていたが、顔は傷だらけ、右手も折れて動かせない様だ。
女の子の方は、頭から道路に俯せで倒れており、頭から出血していた。
「弥生! 弥生!」
女性が這って女の子に近付いて、抱え起こそうとする。
「待って! 触ったらダメです!!」
ビクンとして、その女性は私を見た。
「私は医師です。娘さん見させてください」
私の声に女性は大きく頷いた。
「先生・・。や・弥生を助けて・・下さい。お願いです・・」
私は頷くと弥生ちゃんをゆっくり抱え仰向けにした。頸動脈に触れてみる・・脈は弱い。胸に差していたペンシル型のLEDランプで両目を見た。瞳孔の対光反射が緩慢だ。
急がないと・・
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