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私は携帯を取り出し病院に電話をかけた。
「小林です。病院の前で事故がありました。ストレッチャーを二つ持って来て下さい。それと大川先生に病院の入口に来て頂けるように・・はい」
直ぐに大川先生と看護師二名が二つのストレッチャーを押してやって来た。
二人をゆっくりとストレッチャーに載せると、私は母親の方を大川先生に任せた。娘さんは重篤な脳への障害が発生している。脳外科医の私しか、助けられない・・。
私はそう決意していたが、不安があった。私の500件を超える脳動脈瘤の症例には一名も子供が含まれていない。完璧(100%)を期す為、私は執刀を成人に限定しているんだ。小児外科は私の専門では無い。でもこの子を助けられるのは私だけだ。
私は弥生ちゃんをMRIに掛けた。やはり脳内は血液で一杯だ。幸い頭蓋骨折で脳圧は上がっていないが、このままでは出血死してしまう。
それと他の病変を見つけた。15ミリ大の脳動脈瘤が見える。
「こんな小さな子に・・先天性の物か・・。それと・・ これは・・?」
もう一つの病変を見つけて私は息を呑んだ。
「脳幹の前側に腫瘍が・・」
それは5センチを超える脳腫瘍だった。それも位置が悪すぎる・・。
でも迷っている時間は無かった。直ぐに弥生ちゃんを手術室に運んだ。MRI検査の間に麻酔医の和美さん、器械出しの久美さんも駆け付けてくれていた。
和美さんがラインを取って麻酔を掛けてくれる。輸血も始まる。
私は弥生ちゃんの右側頭部の毛を刈って頭蓋骨の骨折部分を中心に切断して開けた。硬膜を捲ると中は血の海だった。和美さんが弥生ちゃんの血圧を下げてくれているので、出血は徐々に収まっている。
顕微鏡視野に切り替えると、直ぐに脳動脈瘤は見えて来たが、まずは止血が先だ。出血部位はMRIで確認した腫瘍の奥だった。腫瘍を切除しないとアプローチ出来ない。
私は医療用ハサミと吸引器を使って丁寧に腫瘍を切除して行った。しかし・・
「脳神経や重要血管を巻き込んでいる・・ 脳幹にも浸潤している・・ これは私には・・」
私は天を仰いだ。私の技術ではこの腫瘍を切除して奥にアプローチするのは不可能だ・・
「血圧、動脈血酸素飽和度が低下しています」
和美さんの声が耳に響いた。その時だった。
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