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25キロ地点まではいいペースで走れていた。
6人の先頭集団から離されることなく、しっかりついていけていた。
東京タワーを横目に見て折り返し地点を過ぎると、右脚に違和感が出た。2年前に肉離れを起こしたものの、すっかり完治していたところだ。
(ちくしょう、なんでこんな時に…)
そう思ってしまったことが失敗だった。
気にすればするほどバランスが悪くなり、脚への負担も大きくなる。
30キロを過ぎてケニアの選手がひとり抜け出た。
それに合わせて先頭集団のペースが上がった。
ついていくことが出来なかった。
どんどん引き離されていき、僕の東京オリンピックはゴールを待たずに終わってしまった。
メダルの有力候補と言われていた。
自分自身、銀や銅は眼中になく、金メダルを取ることしか考えていなかった。
走り慣れて熟知したコースに暑さも苦にならなかった。前年に日本記録を出し、調子は絶好調のはずだった。
なのに結果は16位、メダルはおろか入賞も出来ず大惨敗だった。
「お疲れさま」
選手の控え室でひとり、ぐったりしていた僕に声をかけてきたのは僕が付き合っていた彼女だった。
「…よくここへ入ってこれたな」
「あたしも止められるかと思ったけど、けっこうみんなバタバタしてるから」
「レース、見てたの?」
「もちろん」
「酷かっただろ…なんであんなに失速したのかわからないよ。ちょっとした違和感を気にし過ぎた。精神的に弱かったのかな…」
「でも、完走したんだから良かったじゃない。次に繋がったわよ」
彼女はそう言って、僕に手をかけた。
「立って」
「え?」
「立ちなさい、表彰式よ」
僕がふらふらしながら立ち上がると、彼女は僕の首に手を回してメダルを掛けるような仕草をした。
「あたしね、子供の頃の夢は教会で結婚式をすることだったの。小さな教会で、ふたりだけで結婚式をするの。それでね、新婚旅行はパリへ行くのよ」
僕は彼女が何を言いたいのかわかった気がした。
「4年後、一緒にパリへ行きましょう。あなたは選手、あたしは奥様よ。今回は残念だったけど、次こそ絶対金メダルを取りましょう。これはあたしからの金メダルよ」
彼女はそう言うと、僕の唇に熱いキスをプレゼントしてくれた。
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