act.22

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act.22

<side-CHIHARU>  シノさんから、「今日は遅くなるけど、家で晩飯食べたいから、待っていてくれる?」と電話がかかってきたのは、夕方4時頃のことだった。  僕は遅い夕食なんて慣れてるのでむろん二つ返事をして、それじゃぁデザートでも一品増やそうかなぁと冷蔵庫を覗き込んだ。  う~ん、食材が切れかけてる。  僕は伊達眼鏡をかけ、近くの商店街に買い出しに出た。 「兄さん、今日はいい秋刀魚入ってるよ!」 「お兄さん、お兄さん、今が旬のチンゲンサイ、お安くしとくから」 「ああ! 丁度よかった! もうすぐ兄さんが来る頃だろうと思って、三田牛、いいの取っておいたから!!」  僕はもうすっかり、この商店街の常連となってしまった。  それもこれも、シノさんとの夕食のために家で食事を作り始めたからなんだけど、一週間に二回はここに通っている。  ちょっと遠くに大きなスーパーはあるのだが、僕はこの小さな商店街が好きだった。  僕が小さい頃、祖母にくっついてきていた頃から。  僕がこの商店街に来ると、にわかに商店街が活気づく。  僕ぐらいの年齢で、竹で編んだ買い物かごをぶら下げ商店街に買いに来る男は珍しいのか、いろんな店の人に顔を覚えられて、前を通るだけで声をかけられるからだ。    むろん、僕が金払いのいい客だと知ってのことだろうけど。   ── うわ。確かにこの三田牛、凄いさしが入ってる。これは厚めに切って弱火でじっくり焼くだけでいいな。 「肉の脂とおろしタマネギ、バルサミコでソースを作るか・・・」  僕がそう呟くと、店の親父が「兄さん、よく分かってるなぁ」とニコニコ笑って、ショーケースから身を乗り出してきた。牛脂の入った小袋を差し出してくる。 「それ、ハーブ食わせて育った牛の脂だから。さっぱりしたいい油が出るよ」 「ああ、どうも。いつもすみません」 「いやいや。お礼を言いたいのはこっちの方さ。兄さんがこの商店街に通ってくるようになって、お客さんが戻ってきててね」 「え?」  僕は思わず顔を顰めて、店の親父を見た。 「本当ですか?」  親父は頷いた。 「そうさ。あんた見たさに、若い女の子から熟女の主婦まで、この時間、うろうろしてるよ」  親父が通りを顎で指すので、僕は振り返った。  途端に、複数の女性が不自然に明後日の方向を向きながら、ギクシャクと通りを歩いて行く。 「いやぁ~、男前は罪作りだねぇ、いつの時代も」  肉屋はホゥと溜息をついた。   ── なるほど。店の人達が必死に僕を呼ぶのは、僕を客寄せパンダにしたいという理由もあるのか。  僕は青果店でサラダに使う葉野菜にマンゴーとレモンを買い、健康食品店で低温殺菌の牛乳を買った。  今晩のデザートは、ミルクゼリーにマンゴーソースをかけたものにしよう。  シノさん、牛乳好きだから。  家に帰って炊飯器を仕掛け、ミルクゼリーの液を手早く作る。それを冷蔵庫で冷やしている間に、サラダとマンゴーソースを作り、それも冷蔵庫に入れる。  それから冷蔵庫に残っていた小さな根菜達をまとめてみじん切りにして、コンソメスープの中に入れた。  根菜に火が通るのを待つ間にタマネギをおろして水気を切り、調味料を入れて混ぜ、炒める。  タマネギがぼてりとなる頃には根菜が柔らかくなってくるので、鍋にミルクを少し入れ、塩コショウで味を整えた。  肉は、一人前ずつに切り分けた後、冷蔵庫に仕舞った。これは、シノさんが帰ってきてから焼いた方がいい。  それから付け合わせのニンジンとブロッコリーを電子レンジで蒸して、茄子は薄切りにして水にさらした。  こいつらは後で、肉といっしょに焼いたらいい。肉のスープを吸ってうまくなってくれるはず。  僕は食事の段取りをするだけして、天を仰いだ。  ハァと溜息をつく。 「 ── ヤバい。楽しい・・・」  シノさんが「美味い!!」と叫んでる姿を思い浮かべるだけで顔がニヤけてくる。  ああ、僕はこんなにだらしのない顔つきをするような男だったか?  僕がそんな自問自答をしていると、チャイムが鳴った。  シノさんだ。  ドアの鍵は開けておいたので、そのままシノさんが入って来る。 「ただいま」  最近のシノさんは、そう言いながら僕の家に入って来るようになった。  何だかこれじゃ、同棲してるみたいで笑ってしまう。でも「おかえりなさい」と答えてる僕も僕だけどね。 「シノさん、今から肉焼くんで、先に服、着替えてきますか?」  そう言いながら振り返ると、シノさんのシャツの胸元に赤黒いシミが見えて、僕は眉間に皺を寄せた。 「 ── これ、何ですか? 血?」  僕がジャケットの胸元を指で少し押し開くようにして覗き込むと、シノさんは大きくパチパチと二回瞬きをした。 「ああ、ちょっと引っ掻かれて・・・」  その答えに、益々僕の眉間の皺が深くなる。 「引っ掻かれた? 誰に?」  僕は、シノさんから事情を聞いた。  聡子ちゃんに、そんなストーカーまがいの男がつきまとっているとは知らなかった。  確かに彼女にとってはシノさんが偶然通りかかったことはラッキーだったけれど・・・。 「シノさん、気をつけてくださいね。その手の男はしつこいですから。逆恨みでもされたらことです」 「 ── ああ・・・。まぁ、大丈夫だろう。ところで、このシミ、とれるかな?」 「とれるとは思いますけどね・・・。ちょっと脱いでください」 「うん」  シノさんがスーツのジャケットを脱いで椅子の背にかけ、ネクタイを緩める。   ── この人ったら、いつの間にこんな色気を出すようになったんだろう。  仕事で疲れているせいか、気怠く伏し目がちなままネクタイを外して、シャツのボタンを片手で外していく仕草が、妙に艶かしい。  僕はゴホンと咳払いをしてキッチンに取って返すと、冷蔵庫から肉を取り出して、ニンニクの薄切りと一緒に、これ以上にないくらい弱火の火にかけた。  振り返ると、今日はアンダーシャツを着ていなかったのか、上半身裸のシノさんがシャツを差し出している。  僕はシノさんからシャツを受け取る。そして、鎖骨の下に貼ってある肌色のテープを見つけた。 「ここですか?」 「ああ。ホント、大したことないんだけど。美住さんがオーバーにしちゃって」  僕が少しそこに触れると、シノさんの身体がピクリと震えた。 「まだ痛みますか?」 「いや。痒い感じ」 「かぶれてきてるのかもしれないですね。シノさん、意外に肌が弱いかも。もう剥いでおきますか?」 「ああ」  僕がテープの端っこを捲ると、「あ!」とシノさんが警戒音を上げた。  僕はシノさんを上目遣いで見る。 「 ── なんですか?」  シノさんは、苦虫を噛み締めたような表情をしている。 「千春・・・こういうの好きだろう」 「こういうのって?」 「人の絆創膏とかカサブタとか剥ぐの」 「ああ。好きですね。だいっっ好きですね」 「二回も言った・・・」 「どっちがいいですか?」 「え?」 「ゆっくり剥がされるのと、一気に剥がされるのと」  僕がニヤリと笑うと、シノさんが顔を両手で覆って天を仰いだ。力のない笑い声を出す。 「選べる訳ないだろ!」 「じゃ、僕の好みで」  僕が再び手をかけると、「あああああ! 痛いの、マジ勘弁・・・」と泣きそうな声で言う。  僕は、声を出して笑った。 「分かった、分かった。大丈夫だから。痛くしませんから。おとなしくしてください」  シノさんは、まだ疑り深い目つきで僕を見てる。  いやぁ、そういう目つきで見られると、ゾクゾクします。  とはいっても、僕ははなから一気に剥ぐつもりはなかった。  そんなことしたら、余計シノさんの肌が荒れる。  僕は安心させる意味で、シノさんの素肌の肩にそっと手を置いた。  吸い付くような感触。  さすがによろしからぬところの形が変わるまで興奮することはなかったけど。  今僕はシノさんの素肌に直に触れてると思うと、何だか感慨深い思いがした。  でもそんなこと思ってるなんて、絶対に顔には出せない。  僕がチラリとシノさんを見ると、彼は覚悟を決めたようにふーっと大きく息を吐き出した。  僕はテープの端っこに爪を引っかけ、慎重に剥がしていった。  案の定、傷はもう血が固まっていたが、テープが貼ってあったところはその形に肌が赤くなっている。 「どうします? 軟膏でも塗っておきますか?」 「いや、いいよ。自然に治るだろ」 「後で、指の絆創膏も替えましょう」 「わかった」 「クローゼットに長袖のTシャツがありますから、それに着替えてください」 「うん。じゃ、借りるな」 「ええ」  僕はクスクスと思い出し笑いをしながら ── だって、さっきのシノさんの怯えた顔ったら、超絶カワイイよ ── 、肉の様子をチェックして、シノさんのシャツのシミを取り敢えず合成洗剤で洗った。  随分薄くなったけど、完全には消えない。  漂白剤にでも浸けるか。 「シノさん、白いシャツでよかったですね」  シャツを洗面所に持っていきながら僕が言うと、後ろからTシャツを被りつつ、シノさんがついてきた。 「そう?」 「うん。だって、色落ちのこと考えずに漂白できるから」  僕はシャツを洗面器の中に入れて、水と漂白剤を入れた。 「あ~、ホント、千春がいてくれて助かるよ。俺一人じゃ、全然ダメだもの、こういうの」 「感謝してくださいよ」  僕が振り返ってそう言うと、シノさんは神妙そうな顔つきで「感謝してもし足りないよ」と言った。 「こうなりゃ、シモベでもゲボクでもなんでもなるよ」  その言い草に、僕は思わず吹き出してしまう。 「何もそこまでしなくてもいいですよ」 「だって、美住さんなんか、今日のお礼に一年間俺のヘアカット代、タダにしてくれるって言ったんだぜ」 「マジですか?」  キッチンに戻りつつ、僕は肩をすくませる。   ── う~ん。美住さん、それって単なる口実で、単にシノさんの髪に触りたいだけなんじゃぁ・・・  そんなことを思いつつ、肉をひっくり返すと、いい感じで焼き色がついていた。  むろん、断面はロゼ色のままだ。 「俺なんか千春にはもっとお世話になってるから、相当お礼しなきゃ」 「いや、だからそれは、小説のモデルになってくれればそれでいいって、言ったでしょ?」 「でも、書いてないだろ? 小説」   ── う。  意外にツッコミ、鋭いですね。 「まぁ、確かに書いてませんけどね」  シノさんのお世話をするのが楽し過ぎて、それどころじゃないからな。 「さぁ、夕食の準備、そろそろできます。テーブル、拭いてくれますか?」  シノさんに布巾を渡して、僕は皿の準備をする。  ステーキを皿に移して、フライパンに残った油と肉汁で付け合わせの野菜をざっと焼いた。 「うわぁ、ステーキだ。凄く美味そう」 「美味いと思いますよ。 ── シノさん、ご飯」  僕は、シノさんに二人分の茶碗としゃもじを渡した。  シノさんは、炊飯器を開けてご飯をよそう。  狭い台所にデカイ男が二人、ぶつかりもせずに互いの作業ができてるなんて、何だか不思議だ。  シノさんはもうすっかり僕の家で食事をすることに慣れて、自然に夕飯の準備が二人でできるようになってきていた。  テーブルの上にサラダやスープ、お茶のセットを並べて座ると、シノさんが茶碗を置いて、向かいに座る。  シノさんの茶碗にはご飯がてんこ盛りだ。  僕はそれを『バカ盛り』と呼んでる。 「いやぁ、この匂いだけで、ご飯一杯いけるな」  なんて呟いている。 「おかわりは、遠慮なく」 「おう」 「では、いただきます」 「いただきます」  二人で両手を併せた後、食べ始める。   「美味い!!」  シノさんはステーキを一切れ口に含んでそう叫んだ後、一心不乱に黙々と食べ始めた。   ── シノさん、相当お腹減ってたんだね。 「シノさん、ゆっくり食べて。肉は逃げませんから」 「う、うん・・・」  上目遣いで僕を見るその顔は、ホント柴犬みたいでカワイイ。  僕は、テーブルの上に頬杖をついて、シノさんを眺めた。 「シノさん。本当に僕にお礼したいって、思ってます?」 「ん?」  シノさんが顔を上げて、口の中のものを飲み込むと、「ああ。もちろん」と言った。 「じゃ、もし今年のクリスマス、シノさんにまだ彼女ができてなかったら、僕と過ごしてくれますか?」 「仕事が終わってからになると思うから遅い時間になるかもしれないけど、それでもよかったら」 「ええ。それでいいです」  シノさんは、急にニカッと笑った。  カワイイ八重歯が覗く。 「多分、絶対その約束、守れると思うぜ」  シノさんは自信満々にそう言った。   ── う~ん、恋愛塾の塾長としては、その返事じゃダメなんですがねぇ・・・。          <side-SHINO>       夕食を食べ終わった後、左手の絆創膏も替えてもらった。  傷の治りが早くなる絆創膏のおかげでもうほとんど治りかけていたが、千春は傷が残るとダメだからと新たな絆創膏を貼ってくれた。  その後は和室のソファーでお茶を飲みながら、千春が撮ってくれていたロードムービー系バラエティー番組を二人で爆笑しながら見た。  全然性格の違う二人だけど、不思議と笑う箇所は大抵一緒なんだよな、俺達。 「あ、そういやさ。さっきクローゼットの中でアルバムらしきものを見たんだけど」  CM中にふいにそれを思い出して、俺は言った。 「アルバム?」 「そう。えんじ色の表紙の」 「ああ」  千春が頷く。 「ありますね、確かに」 「あれって、おばあちゃんの写真あるの?」 「祖母のですか?」 「そう」 「 ── ありますよ。見たいですか?」 「うん、見たい」  千春が立ち上がって、クローゼットの中から分厚いアルバムを取り出してきた。 「うちにある唯一のアルバムです、これ」  そう言って千春は、俺の膝にアルバムを置いた。俺は早速扉を捲る。  昔、朧げに見かけた記憶がある品のいい老婦人が写真に写っていた。 「やっぱ、千春と似てるなぁ。・・・何というか・・・上品な感じ」 「そうですか? まぁ、食事の作法とか、何気に厳しい人でしたけどね」 「ふ~ん・・・」  俺はページを捲っていった。  子どもの写真が現れる。  栗毛色の髪。くっきり二重のクリクリとした大きな瞳。ふっくらとした頬は自然なピンク色で、華奢な首がタートルネックから覗いている。まるで女の子のようだけど・・・男の子だよね、これ。  次のページの写真はその続きの写真で、そのカワイイ子が、はち切れんばかりの初々しい笑顔を浮かべていた。 「誰? この美少年」 「 ── 何言ってるんですか、シノさん。僕ですよ」 「えぇっ?!」  俺は思わず、アルバムの中の千春と隣に座ってる千春を、何回も見比べた。 「これ、い、いくつの時?」 「ええと・・・。そうですねぇ、14の頃かな」 「じゃ、12年くらい前ってこと?」 「そうですね」  俺は、はぁ~と息を吐いた。 「すっかり大人になっちゃったなぁ~・・・」  確かに、パーツをよくよく見ると千春そのものだが、今の適度に頬のこけた男っぽい千春とは全くの別人のようだ。身体付きも、写真の中の華奢な彼とは違って、しっかり男の身体だし。  男って、こんなに変わるものなのか。  俺がしきりに驚いていると、千春は顔を顰めて俺を肩を押した。 「そんなの! シノさんだってそうだったでしょう?」  千春にそう言われて、俺はう~んと唸った。 「そりゃそうだけど・・・。ここまで激しくなかったというか・・・」  少年時代の千春のあまりの可愛さに正直ビビりながら、俺はアルバムを捲った。  どうやら千春のおばあちゃんは、かなり孫をかわいがっていたようだ。  たくさんの写真が貼られてあった。 「これだけ可愛けりゃ、スカウトとかされたことあるんじゃないか?」 「まぁ・・・過去には、多少ね。でも全く興味がなかったですから。僕が」 「ふ~ん・・・」  ということは、下手したら今隣に座っているこの男は、テレビの向こう側の人間だった可能性もある訳だ。  まぁ、今も半分そんな風なところもあるけど、今とは違ってテレビの向こうでドラマとか出たり、歌を歌っていたりしたかもしれない訳だ。   ── うわぁ、何か、すげぇ。  俺が、ホォ・・・と感慨深げに千春を見つめていると、千春は口を尖らせた。 「何ですか、その目。また変な想像してるんでしょう」 「変な想像なんてしてないよ。もし千春がスカウト受けてたら、芸能人になってたんだって思って」 「受けてないから、芸能人じゃないですよ。 ── まったく、芸能人のどこが凄いんですか。時々、会ったりしますけど、一般人とさほど変わりませんよ。それに僕が芸能界デビューしてたら、確実にここでこうしていませんから。シノさんのシャツだって、洗ってなかったですよ」 「そうか! そりゃ、困る」  漂白してくれたシャツはすっかりシミも消えて、ハンガーにかけられて窓辺に引っ掛けられている。  俺は笑いながら、なおもページを捲った。  小春日和が差し込んだ部屋のベッドで、すやすやと眠っている千春の写真。 「うわぁ、この顔。これなんて完璧、天使だよ。俺の甥っ子がいくら可愛かったとしても、こうはならんだろうな」  写真の背景は、どこかのホテルの部屋のようだ。それもいかにも高級そうな。 「まさに、いいとこのご子息って感じ」 「え? どの写真のことですか?」  千春が覗き込んでくる。俺が写真を指差すと、「ああ、これはパパが撮った写真ですね」と言う。 「あ、お父さんが」 「違いますよ。そっちのパパじゃないです。僕の父は、僕にカメラすら向けたことないですから。まぁ、わかりやすく言えば、パトロンってやつですね。僕、シノさんが指摘するように、天使のような容姿をしていたので、性に目覚めた頃から、相手には困りませんでしたからね」  俺は、さらりとそんなこと言ってのける千春を見たまま、一瞬絶句した。  俺の額に、たらりと冷や汗が垂れる。 「じゃ、じゃぁ、この写真は、つまり・・・」 「ええ。初めてできた年上の恋人とお泊まりした時の写真ですね」  俺の口から心臓が飛び出しそうになる。 「えぇぇぇ!! とっととと、年、いくつ?!」 「この時の年?」 「そう!」  千春は人差し指を唇に当てて、ん~と唸りながら天井を見上げた。  普段の千春と違って、無垢でカワイイ感じの表情だったが、口からはとんでもない年齢が飛び出してくる。 「15歳の時かなぁ、確か」 「ジュウゴ?!!! 15で大人のお泊まり?!! じゃ、ちなみに初体験は・・・」 「14の時です。でも、今時、特別早いって訳じゃないと思いますけどね」 「え? 14歳の時? じゃ、じゃぁ、この時の写真は・・・」  俺は少々焦り気味にページを捲り、一番最初の写真を指差した。  千春は苦笑いしながら、「この時はまだ知りませんでした。だって、まるっきりガキの顔してるじゃないですか」と答える。  俺は目の前がグルグルと回る錯覚に襲われる。息苦しくて、呼吸をするとカハカハと変な音がした。  千春が、俺の背中を擦ってくれる。 「大丈夫ですか?」 「・・・完全、ダブルスコアじゃないか・・・」 「え? ああ・・・。初体験の年齢のことですか」 「ダブルどころか、へたしたらトリプルなんてことにもなりかねん・・・」  俺が頭を重々しく振ると、千春は横で溜息をついた。 「だから。いつ経験したかなんて、さほど重要ではないと思いますよ」  今度は俺が千春の肩を押す番だ。 「そりゃ、千春が経験豊富だから言えるんだよ。 ── でもさ、この写真見て、おばあちゃんは何も言わなかったわけ? その・・・『パパ』のこととかさ」  こういう危ない写真を正々堂々とアルバムに貼ってること自体、俺はビックリだけど。  しかし千春は、気のない溜息を零して、ソファーの上に体育座りをすると、「なぜかうちの祖母は、女性のくせして、そういうところが鈍感な人だったんですよねぇ・・・」と呟いた。 「彼女は完全に僕のことを信用してましたからね。僕が男好きなことも全く気付かなかったし。僕もそこら辺は、かなりずる賢い子どもだったですから。うまく誤摩化してましたからね」  そして、はたと気付いたように俺を見ると、大きな瞳をパチパチと瞬かせた。 「そう言えば。シノさんの鈍感ぶりって、どこかデジャブだと思ってたんですけど、やっとそれが分かりました。 ── シノさん、祖母と似てるんだ。アハハ! ホントそっくり。アハハハハ、そっくり、そっくり」  どうやら千春のツボにハマったらしい。  千春は、俺の顔を見る度に指をさして、本当におかしそうに一頻り大笑いしたのだった。
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