act.04

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act.04

<side-SHINO>  『孤高のカリスマ。女性から絶大な人気を誇る若手作家、澤清順のすべて』  そんなタイトルをしょって、まるで映画俳優かファッションモデルかと言わんばかりのイカした姿で写真に収まっていたのは、間違いなくお隣さんだった。  間違えようがない。  今朝、まじまじとこの顔を見てきたばっかりだ。 「こっ、この人・・・」  俺が口を戦慄かせながら雑誌を指さすと、「あ、篠田さんもご存じなんですか? 澤清順」と食いついてきた。 「今、ホント有名だもんね」 「この前、テレビも出てたし」 「前回の文学賞も、惜しかったもんねぇ」 「とか何とか言っちゃって。ホントは顔が目的でしょ~、友梨ったら」  4人が一斉にキャーと黄色い声を上げる。 「知ってるも何も・・・」  まだ驚きのまっただ中にいる俺としては、彼女達のペースについていけずにいた。「この人、俺の隣に住んでる」とぼそぼそ呟いても、全く彼女達の耳に入っていない。 「ほら、篠田さん、ここに恋愛論も載ってますから、ぜひとも参考にしてみたらどうですか?」  隣の子が、俺に向かって雑誌を突き出してくる。  俺の頭はグルグルしてた。  だって、恋愛っつったって、このシト、このシトったら・・・・ 「だってゲイじゃん! このシト!」  気づいたら、俺の口からそのフレーズが大噴火していた。  一瞬、社員食堂が静寂に包まれる。  俺は、ギョロギョロと周囲を見回した。  ハッ、い、いかん・・・。彼に断りもなく、彼がゲイであることをバラしてしまった。俺、そんなつもりじゃ・・・。どどどどうしよう・・・。きっと大変なことになる・・・。  今後起こりうる、この発言を発端としたありとあらゆる不幸が走馬燈のように俺の頭ん中を駆けめぐる。その想像上の不幸が第五次中東戦争まで到達した時、キャハハハハと笑う4人の笑い声で俺は正気に戻った。 「やぁだぁ、そんなこと、有名ですよぉ~」  4人から一斉に俺の肩を叩かれると、膠着した静寂はまた元通りのざわめきを取り戻した。  俺の額から、冷や汗が流れ落ちる。 「え? ゆ、有名なの?」  まじまじと彼女達を見る。 「そうですよ。澤清順って、十代で文壇デビューした時から既にカミングアウトしてるんです。そんな話題性も手伝って、今凄く注目されてるんですよ。あ、でも彼の書く恋愛小説は男女をモチーフにしているものが多いですけどね」 「ええ? ゲイを公表してるのに、女性雑誌でチヤホヤされてんの?」  俺が目を白黒させていると、彼女達は互いに目配せして、「これって確かに篠田さんみたいなごく普通の男性には分からない感覚かもね」と田中さんが呟いた。 「ゲイの人は普通の男性と違って感性が鋭いし、女性の気持ちもよく分かってる人が多いから、女性にもよくモテるんですよ。男の気持ちも女の気持ちもよく分かるっていうか」 「・・・へぇ、そうなんだ・・・」 「それに今時のゲイの人って、本当に格好いい人多いし。澤清順なんてその代表格って感じ」 「・・・へぇ、そうなんだ・・・」 「それに篠田さん、知ってます? 今時の女の子って、すっかり強くなったじゃないですか。それって、女性が男性に近づいてて、男性が女性に近づいてるって説もあるんですよ」 「・・・へぇ、そうなんだ・・・」 「最近の働く女性の間でも男性ホルモンが活発になりすぎて、ニキビや薄毛に悩まされてる人も多いらしいですからね。女子の男性化が進んでいる証拠かも」 「・・・へぇ、そうなんだ・・・」  俺は、「君らもそうなのか?」と言わんばかりのあからさまな視線を彼女達に向けていたらしい。 「やだ! 私達は違いますよぉ!」  やぁだぁ~とまたみんなから肩を叩かれる。その時、お昼休みの終わりを告げる音楽が流れてきた。 「あら、お昼休み終わっちゃった」  彼女達は、ガタガタと席を立つ。 「あ、これ、もう全部読んじゃったんで、篠田さんにあげます。ホント、参考にしてみたらどうですか」  最後の去り際、田中さんが俺に雑誌をくれた。  だが俺は彼女に「ありがとう」という言葉すら言えなかった。  今や俺の背筋は凍り付き、両膝がガクガクと震えていた。  俺は彼女達の会話から、再び恐ろしいことを思い浮かべていたのだ。  ── 男性ホルモンが活発になりすぎて、女性が男性に近づいてるって説もあるんですよ・・・  それって、それって、それって・・・ようは現代の女性の中身が『男』になってる訳で、そういう状態で男と恋愛するってことは見てくれ男と女でも、実質中身は『男vs男』のガチンコ状態って訳で、つまりそれだからこそゲイという種族が世の中にウケているのであって、そういうことはつまりってーと・・・  人類総ホモ化現象。  あわ、あわわわわ。  俺、なんてことを思いついてしまったんだ。  口の中がもの凄い勢いで酸っぱくなっていく。  気づけば俺は、またもや社員食堂でぽつねんと一人になっていた。  目の前には、一口も手が付けられなかった大盛りのカレー。  ── ああ、大盛りにするんじゃなかった・・・・。 <side-CHIHARU>  僕は、車の後部座席で隣に座る編集部の岡崎さんのスケジュール帳を横目で眺め、溜め息をついた。 「取材を入れるの、もうそろそろ控えてもらえませんか」  編集部の岡崎さんはデビュー当初から完全に僕の専属となって、編集員というより僕のマネージャーのような存在になっている。  本来なら、一出版社の編集員が若手作家の面倒をそこまでみてくれるケースは極めて少ないらしいが、僕が専属契約している出版社・流潮社としては、そこをおざなりにして余所の出版社に割り込まれたらことだと半ば監視する意味合いも込めて、岡崎さんを僕につけてくれているらしい。  おかげで僕の作家活動以外の面倒くさい仕事を、ものの見事に管理してくれている。そして、税務管理も一流税理士に頼んでやってくれているから、僕としても非常に助かってはいるんだけど。  流潮社としては、僕が余所で取材を受ける度に確実に僕の本が売れ行きが伸びる上、取材料や映画化権料も一度流潮社を通して僕に入ってくるようにしているので、僕としてはマネージメント料を流潮社に支払っているようなものだ。だから僕も、遠慮なく流潮社には我が儘を言うことにしている。若手のくせに偉そうだと僕を叩く作家も多いらしいが、僕は気にしない。流潮社も僕も持ちつ持たれつの関係が続く限り、流潮社は商品である僕を、至極丁寧に扱ってくれる。 「あら、取材、嫌い? デビュー作の映画ももうすぐ封切りなんだから、これからもっと依頼増えると思うけど」  きれいなベージュ色のマニュキアが塗られたネイルを輝かせ、岡崎さんは手帳をめくる。 「── その色、きれいですね」  僕がそう言うと、岡崎さんは僕の視線に気がついて、「あ、これ? 今シーズンの新色なの。さすが、澤くんね」とウキウキした声を出した。  僕は別におべっかを使った訳じゃない。  ただ単に、きれいなものが好きなんだ。  だけど、世の中そんなことをさらりと口に出す男が少ないせいか、僕がそんなことを言うと、女性陣は嬉しそうに色めき立つ。  ま、よく考えれば、彼女達は僕が彼女達を口説く必要がないことを知ってるのだから、僕がお世辞を言わないこともよく理解してるのかもしれない。誰だって、本気で褒められてると分かれば、嬉しいものなのだろう。  でも僕は、あくまでネイルの色を褒めたのであって、岡崎さんを褒めた訳じゃないのにな。  ま、どっちでもいいか。  僕は、また溜め息をつきながら、車窓を流れる景色に目をやった。  皆、忙しそうに働いてる。  僕は、大学時代から既に自分の書いたもので金を稼いでいたから、会社勤めなんてしたことがない。  そう言えば・・・・。  ── 隣の彼、大丈夫だったかな、目。  案の定、今朝の彼は目を真っ赤に腫らしてた。  柴犬みたいな黒目がちの瞳が、かわいそうなぐらい塞がっていて、痛々しかった。  少々だらしないスウェットの上下と信じられない形状の寝癖頭だった彼だが、夕べの頭から足先まで完璧なリーマンスタイルだった彼とかなりギャップがあって、何気に萌えてしまった。  ── ああ、この感覚って、小動物のペットを愛でる飼い主の気持ちに近いのかな。  僕はこれまで、自分以外の生物の面倒をみるのなんて非効率極まりないことだと思っていたから、動物はもちろん、植物も育てたことはない。  そんな僕が ── 夜の遊び相手からは年中「澤くんは、ツンデレの『デレ』が行方不明になっている」と酷評されているこの僕が、ただのリーマン相手に朝から奮闘したなんてことを知ったら、彼らは果たしてどんな顔をするだろう。  僕は、ゴミ置き場で彼と別れた後、近所にあるコーヒーショップで朝食セットをテイクアウトし、早朝から空いているコンビニ兼ドラッグストア店で目薬と冷却シートを買い、彼に持たせた。  夕べあれだけ怯えていたんで、果たして素直に受け取ってくれるかどうか分からなかったけれど、突然のことで呆気にとられていたらしい。彼は素直な子どものように、なすがままに僕の差し入れを受け取って、出勤していった。  何だかそのポケッとした隙だらけの顔も可愛くて。  ── やだな。僕って、完全に趣味が変わってしまったのか。  ノンケ食いだなんてそんなの、不毛な輩が楽しむ危険な火遊びみたいなものだ。そんな生産性のない無駄なこと、僕はもうしないって決めてきたけど。  そんなことをツラツラ考えていたら、車はいつしか僕の仕事場の方に辿りついてしまった。  六本木5丁目にある、高級マンション。  ちょっと坂を下りれば、麻布十番に出る便利な立地にある。  仕事場の取材を受ける時は必ずここに取材陣を入れるのだが、本当のところ僕はここで小説を書いたことはない。簡単なコラム程度のものは書くけど。  小説はいつも、月島にある学生時代から住んでいる賃貸マンションで書いている。  夕べ花村にバカにされた、貧乏くさいあのマンションで、だ。  あの部屋は、元々祖母が借りていた部屋だ。  早いうちから育児放棄した僕の両親の代わりに僕を育ててくれた、祖母。  僕は小学校6年の時、祖母の家に越してきた。そして17の時に祖母は亡くなった。  両親は表向き息子を労る素振りを見せ、愛知にある自分達の家に息子を招こうとしたが、粗雑な手つきで祖母の遺品を扱う彼らを見ていたら無性に腹が立ってきて、僕は両親と決別した。  こうしてもう両親の収入を当てにせずとも・・・むしろこれまでの養育費を楯に金を当てにされているのは僕の方だ・・・ブラックカードの一括払いでマンションを購入できるようになった今でもあの部屋にこだわって住んでいるのは、いまだ僕が祖母の死から立ち直っていないせいなのかも知れない。  それが僕の、他人に・・・いや肉親にも見せたことがない唯一の『弱点』。  不可抗力とはいえ、そんな場所に花村という軽薄な男を連れて行ってしまったことを、僕は今更ながら後悔している。花村の記憶が、酒で吹っ飛んでいるといいけれど。 「あの、すみませんが、月島に送っていってもらえませんか」  僕はそう言った。 「え? 仕事場、寄っていかないの?」  岡崎さんが、訊いてくる。 「ええ。今日はもういいでしょ。今朝早起きしちゃったんで、寝足りないんですよ」  そう言った僕に、岡崎さんは目を丸くしてる。  彼女は、僕が徹底的な夜型人間だということを知っているからだ。  いくら彼女がマメに僕の仕事を入れてくるからって、間違っても午前中に取材の予定を入れたことはない。午前中の僕は超絶不機嫌だって分かっているから。  今朝の僕を岡崎さんが見たら、きっと彼女は卒倒するだろうな。  いつもは業者に頼んでいるゴミ出しを自分でして、誰かのための朝食を買いに走ってる僕なんか。  そんなの澤清順らしくない。カッコ悪い。そう言われそうだけど。  澤清順なんて、あんた達メディアが作り上げた虚栄に過ぎない。  この世の中で僕の本当の名前が『成澤千春』だってこと知っている人はごく僅かだ。だから成澤千春って男の存在は、本当に小さくて僅かなものだと、よく思う。  ── ああ、なんだかまた、夕べの彼の涙を思い出してしまったな。  こんなほろ苦い気分になっている自分を、岡崎さんとかその他の人には見られなくなかった。  僕はわざと車窓の向こうを見つめ続けながら、再度、「月島に行ってください」と言った。 「分かったわ。じゃ、明日は三時からの取材一つだけだから。ゆっくり寝なさい。夜遊びばかりしているより、家でおとなしくしてくれていた方が心配ないもの」  岡崎さんはまるで母親のようにそう言って、運転手に「月島に行ってちょうだい」と告げた。  月島の家に帰ってくると、正直ほっとする。  初めて祖母の家を訪ねた時は、月島の下町っぽい風景がとても素敵に見えた。  両親が住む愛知の家は比較的ビルの多い地区にあるから、子どもながらに安心できたんだ、凄く。  でも澤清順となった僕を取り巻く人達は、そんな僕がいることを知らないでいる。  知ったとしても、夕べの花村のように『貧乏くさい』で切り捨てられて、君には似合わないと言われることだろう。  ── 似合わない、か。  一体何をもってして、似合わないのだろう。  それって僕が至極表面的な、生活感のない恋愛小説を書いているからだろうか。でも不思議と今の時代、そういうのがウケているんだから、不思議なものだ。  僕の小説の購買層はほとんど女性だっていうんだから、世の中の女性はそんな夢みたいなキレイな恋愛を渇望しているんだなって思う。  部屋にはいると、ダイニングテーブルの片隅に置いてあるノートパソコンが目に入った。パソコンは無造作にカバーが掛けられたままだ。もうしばらく、小説は書いていない。  ここにきて創作意欲が失せ始めたのかもしれない。  小説家としては致命的な、本当に死活問題のはずなんだけど、その危機感は非常に薄かった。  ── もうどうでもいい・・・っていう自暴自棄的な感覚もあるのかもしれない。  小説を書かなくとも、取材料や映画化権料、これまでの出版物の印税や雑誌コラムの連載記事なんかで、十二分に贅沢な暮らしができるからか。  ああ、日々の暮らしが荒んでるなぁ・・・。  いや、心が荒んでいるというか。  ここのところ、本当に心の底から笑えたことなんてない。  僕の心は、餓えている。  ── 何に?  それは僕にも、分からない。  久しぶりに夕食の用意を自分でしていたら、携帯が鳴った。  クラブに行こうとの誘い。  数日前、バーで知り合った男から。  その他にも今日は、数件のこういった誘いのメールをもらっていた。  むろん、花村からも。  こんなに人生やる気のない僕なのに、人は僕のことを放っておいてくれない。  正直、見てくれがいいのも考えものだ。  ── 見てくれだけがいい。・・・うん、そう、見てくれだけの男。  僕を口説いてくるヤツの中には、そういう冷めたところがたまらないっていうけれど、冷たくされて喜んでるなんてどうなんだって思う。  僕は、抱くのも抱かれるのもどっちでもいいんだけれど、僕が抱くヤツはドSな感じが凄くいいって言うし、僕を抱くヤツは、ツンとすましてる僕が快楽に溺れていく様を見るのがいいと言う。  僕だって気持ちがいいのは嫌いじゃないんで夜の街に遊びに行くし、一晩誰かとベッドを共にすることも多い。  でもそこから何かが生まれるということはまったくないんだ、僕の場合。 『そんな気分じゃない』  今日もらったメールに同じ返事を返して、僕は携帯をソファーの上に放り投げた。  そうしてキッチンに向かう。  幸い、僕は料理をするのが嫌いではない。  手料理を誰かに振る舞うということはないけれど、へたではないと思う。  さて、これからパスタを茹でようかなと思った時、ふいにチャイムが鳴った。  ── 誰だろう。岡崎さんかな。  僕は覗き窓から外を見て、心底驚いた。  お隣さんじゃないか。  何だ。一体、どうしたんだろう。  僕は急いで、ドアを開けた。
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