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「うそだろー!!」
僕(角井健一、23歳貧乏サラリーマン)は、
四井友住銀行のキャッシュコーナーで
叫び声をあげた。
もちろん、頭の中で。
本当なら「オーマイガット!」くらい
言いたいくらいの衝撃を僕は受けた。
残高 679円。
何がどうなった。
出てきたカードを取り、通帳を入れて
記帳すると、HNKの受信料が1年分落ちていた。
そうだ。
去年、貯金しようと決心したときに
何か調子に乗って年間払いにしたんだっけ。
バカだったー。
一週間後の給料日まで何とかやっていけるはずだったのに。
僕は急いで、やうちょ銀行のカードを
財布のカード入れから取り出すと、
祈るような気持ちで、カード挿入口に
入れた。
その手はかすかに震えている。
確か、普通市民共済の割戻金が入ったって、
ハガキが届いてたよな。
5,000円くらいあったような。
とりあえずは、それでしのげる。
少ない金額だが、贅沢は言えん。
文句言ったら、ばちが当たる……、
残高 42円
落ち着け、落ち着くんだ。
そっそうだ。あのハガキが届いてすぐに、
会社の高木さんの送別会費のために
下ろしたんだった。
ピーピー。
残高42円のやうちょ銀行のカードが、
機械から出てきて、むなしい音をたてる。
まわりの奴ら、
「こいつ、残高なくて、
ショック受けてるぜ」
って目で見てるんじゃ。
などと、被害妄想におちいった僕は
ブルーな気持ちをひきづりながら、
どこにも寄らずに家に帰った。
どうしよう。どんなに節約してもこの残高で
給料日までは無理だ。
母ちゃんに電話するか。
いや、ダメだ。
両親は貧しい中、僕を育ててくれたけど、
安月給の僕は恩返しすら出来ていない。
金を借りるなんて、言語道断だ。
今までは、ギリギリながら何とか
やってきたが、とうとう、
しくじってしまった。
とうとう、僕も「初めてのアムコ」に
お世話になる日が来てしまったのかー。
あんなとこに手を出したら、何か将来に
影響するんだろうか。
1万だ。1万円だけ借りる。
給料日当日にすぐに返そう。
CMでも言ってる。
30日以内なら利息0円。
すぐに返せば、大丈夫!
と自分に言い聞かせる。
悩んだあげく、自転車に乗りアムコの
キャッシュコーナーへと向かった。
キョロキョロとまわりを見ながら、
自転車をこぐ。
知り合いには見られたくねぇー。
つい昨日までは、ここにいる奴を見て、
あわれに思ってたのに、今日は自分が
惨めな顔でここにいる。
人間なんて、一寸先は闇だな。
そんなことを考えながら進んでいたら、
急に横道から車が出てきた。
ガシャン!
車が自転車の前かごに当たって、
僕は倒れた。
「痛っ」
軽く当たっただけだったので、肘を擦りむいたくらいの怪我で済んだみたいだ。
車から、きれいな女性が慌てて出てきて、
僕に声をかけた。
「すみませんでした!
大丈夫ですか。
すぐに救急車よびますね!」
「あっ、大丈夫ですよ!別に大怪我した訳でもないんで」
「後で後遺症が出ることも多いですから、
診察を受けたほうがいいです」
「すみません」
自転車と車の事故とは言え、僕も左右の
確認せずに交差点に入った訳で、
車が100%悪いとも思えない。
警察への報告が終わり、僕は歩いて
救急車に乗った。
救急隊員さんがめっちゃ気を使ってくれる
ことに申し訳なさを感じる。
ピーポーピーポー。
まわりの車が止まってくれてるんだろうなと
思うと、罪悪感が半端ない。
ダイヤモンド病院に着くと、
看護師さんが救急入り口で待っていた。
僕は看護師さんと中に入って、東条という
名札を付けたお医者さんの診察を受けた。
「どこか痛いところありますか」
「あー、肘が少し……」
「念のため、レントゲン何枚か撮りますね」
「はい」
僕はいくつかの検査を受けて、もう一度
診察室に入った。
すると、そこには車を運転していた女性が
白衣を着て、東条先生と話しをしていた。
僕が入ってきたことに気付くと、
女性は急いで俺の前に来て頭を下げた。
「先程は本当に申し訳ありませんでした。
痛みはどうですか?」
どうやら、女性はこの病院の医者みたいだ。
改めて見ると、とてつもなく美しい人だ。
艶やかな長い髪は1つに束ねられ、
整った顔は、透き通った月のような
美しい光を放っている。
まるでユリの花のような
気高さを保っていた。
僕は急に緊張してきた。
こんな美しい人に出会ったのは初めて
だった。
しかも、その女性が優しく話しかけて
くれている。
今までの地味な人生において、
こんな輝かしい場面はなかった。
「だっ、だいじょおぉぶです」
声が裏返った。
とてつもなく恥ずかしい。
そんな僕の事を彼女は、まるで女神様の
ように見守ってくれている。
「私は綾小路と申します。
たまたま、研究のため訪れていたこの病院に
角井さんが運ばれたと聞いて。
急いで救急外来に来たんです。
外科は専門ではないのですが、
東条先生のお話しでは軽度の打撲は
あるものの、骨折等はないそうです。
本当に良かったです。
できる限りの治療を全力でさせていただき
ますので」
そう言って、綾小路先生は深々と頭を下げた。
そして僕に尋ねた。
「角井さんは、自転車でどちらかに
行かれていたのですよね?
大切なご用事があったのでは?」
「いいんです。
全然、大した用事じゃないんで」
僕が手を左右に振りながら答えると、
綾小路先生は、少しためらいながら
切り出した。
「実は、あなたを見た時から、ちょっと
気になっていて……」
すると、東条先生が興奮ぎみに話し出した。
「綾小路先生は、世界でただ一人の
金欠病専門医なんです!
私もお会いできて感激しているところ
なんですよ。
患者さんを一目、見ただけで診断出来る、
スーパードクターなんです!」
「東条先生やめてください。
でも、今、角井さんを再度、拝見して
確信しました。
あなたは間違いなく、金欠病にかかって
おられます。
すぐに治療を開始させてください!」
綾小路先生が、凛とした表情で僕に言った。
ええーっ!!
そんな専門医とかいるんだー。
そして、僕は金欠病と確定したんだー。
何だか、すごく恥ずかしい。
綾小路先生が神妙な顔で説明してくれた。
それによると、
金欠病は、全世界で難病として登録されており、世界保健機関WHATと
アメリカ航空宇宙局NASUが極秘に
研究を進めているらしい。
治療薬は完成しているが、
その所在は国家機密とされているため、
綾小路先生も保管場所は分からないそうだ。
しかし、綾小路先生は総理大臣と
ホットラインが繋がっており、
すぐに治療を開始したい人がいると
連絡してくれた。
帰ろうとしていた僕に、品のいい男性が
名刺を差し出した。
「私は、綾小路氏の加入している自動車保険会社の者です。
診断結果拝見いたしました。
1時間後、治療費を指定口座に入金いたします」
男性と保険の話しを終えると、
綾小路先生の専属運転手が
ロールスロイスで、アパートまで
送ってくれた。
1時間後、約束どうり、僕の口座には、
綾小路先生が加入していた
スペシャルセレブ自動車保険から、
治療費が入金されており、残高は
100,000,679円と表示されていた。
昨日までの自分が嘘みたいだ。
一寸先のことなんて、誰にも予測出来ない。
翌日、僕のアパートの前に立っていた
マンションは突如、取り壊され、
自衛隊によって、ヘリポートが建設された。
数日後、厳重な警戒のもと、
日本国政府専用ヘリコプターが到着。
舞い上がる土ぼこりの中、
分厚い扉が開いて綾小路先生が
ヘリポートに降り立った。
そして、長い髪をたなびかせながら、
僕に近づくと微笑みながら、
薬を手渡してくれた。
「この薬を飲めば、今あなたを侵している
金欠病はすぐに治るはずです。
あなたのことは、私の医療知識の全てを
かけて、一生診察させていただく所存で
ございます。
私の知り合いには、いろいろな疾患に
対応出来るスーパードクターが多数います。
健康チェックで何かあれば、すぐに
その方達に協力を依頼出来ます。
ダイヤモンド病院の50階にある
スイート健診センターに毎月、
お越し下さいね。
2泊3日で、世界最先端の検査を行いながら、
高級リゾートと、一流シェフによるお食事をお楽しみいただけます」
僕は、ダイヤモンド病院の
ゴールド会員カードと
スイート健診センターのパンフレットを
綾小路先生の助手さんから受け取った。
十分すぎる対応に涙が出そうになった
僕の前から、綾小路先生を乗せた
ヘリコプターが飛び立っていく。
このまま、東京の総理官邸に寄って
総理大臣に挨拶した後、アメリカの
ペンタゴンに向かうそうだ。
ヘリコプターが見えなくなるまで
見送った僕は、明日からも仕事を頑張ろうと心に決めた。
僕は口座から1万円だけ下ろして、
財布に入れると、母ちゃんに電話した。
「あのさ、今度の給料日、
飯に連れて行くから。何がいい?」
母ちゃんの嬉しそうな声が、
電話越しに響いた。
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