Dandelion

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 全く知らなかったことだが、咲子はもう一年も入院していたらしい。大学を卒業してしばらくしてから乳癌が見つかり、手術を受けたそうだ。それからは定期的に検査を受けていたらしいが、昨年、再発と転移が確認されたのだという。  大学を卒業してから、僕は就職してこの街を離れた。就職してみると、仕事が忙しく、盆も正月すらもこの街には帰ってこれなかった。とはいえ、実家の両親とはときどき電話で連絡を取っていたわけだし、知っていたのなら教えてくれれば良かったのにと思う。  もっとも、それを聞いたからと言って、僕に何ができたわけでもないだろう。僕にできたのは、せいぜい、咲子の好きだったスウィーティーをもって見舞いに行くことくらいだろう。それでも、死ぬ前に一度くらいは話ができたはずだし、笑顔の一つでも見れたかもしれない。  実家に帰ってすぐ母に詰め寄ると、咲子が僕に知らせないで欲しいと頼んだのだという。放射線やら抗がん剤やらの影響で、髪が抜け、げっそりと痩せ細った姿を僕に見せたくなかったのだという。それでも、生きている間に一度会いたかったというのは、僕のわがままかもしれない。
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