Dandelion

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Dandelion

 春の柔らかい風が、野原の上を優しく駆け抜けてゆく。モンシロチョウが優雅に舞い、ミツバチは勤勉に蜜と花粉を集めている。春の陽射しはどこまでも心地よく、横になっていると睡魔が遠慮がちに訪れてくる。僕は上半身を起こし、両腕を天に向けて思い切り伸ばし、大きな欠伸をした。  子供の頃、僕はよくこの野原で咲子(さきこ)と遊んだ。咲子は一つ年下の幼馴染で、一人っ子の僕にとってみれば、妹のようなものだった。  咲子はどちらかというと男勝りで、ままごとのような女の子の遊びは好まず、木登りや虫取りなど、男の子の遊びを好んだ。僕たちはよく、モンシロチョウやらてんとう虫やらを捕まえては虫籠に入れて、どちらが多く採ったかを競い合った。  そんな僕も、気がつけば三十ニ歳になってしまった。本当に、あっという間だったと思う。この野原で咲子と遊んでいたのが、昨日のように感じられる。だけど、大きくなった体や、顎に生える髭やらが、僕にその確実な時間の経過を教えてくれる。  そんな僕のもとに、咲子が死んだとの連絡が入ったのは一昨日のことだった。母からそれを聞いたとき、僕はとても信じられなかった。だけど、母の話しぶりはどこまでも真剣で、決して嘘を吐いているようには思えなかった。そして、僕は十年ぶりにこの街に帰ってきた。
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