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一人の男と女神の話
その昔、海にほど近い森で細々と木こりをする男が一人で住んでいた。
彼は日がな一日、朝から晩まで森中を歩き回って良さげな木を探しては斧一本で切り倒し、森から離れた町まで運ばなければならなかった。
そうして得る報酬も雀の涙ほど。暮らしは当時の経済を鑑みても貧しかった。
でも、食料は森で狩りや採集でどうにかなったし、特別お金が必要になることもなかったので、彼はちっとも気にしていなかった。
それでも一つだけ、望みがあるとすれば、退屈を無くしたかった。
森ではいつも孤独。周囲は木や草や動物くらいしかいない。加えて男は文字の読み書きもできない無教養な人でもあった。
なので、読書も詩や歌、楽器や絵すらしたことがなかったしできなかった。
仕事と暇をもてあまし続け、人生五十年時代に三十歳も半ばを過ぎていた。
この暮らしは嫌いではない。でもこのまま死にたくはない。
男はそう思いながら、今日も早朝から山奥に出かける。いつもと同じ道を歩き、まだ切れられていない良い木を探す。
勿論、食材探しも平行して行なう。
道なりに歩く、時折止っては木の実やキノコを採り、樹木の確認をする。
「おっ」
足が停止する。男は一本の木に惹かれるように眼を上へ下へ動かす。太い幹、剥げのない樹皮、整ったフォルム、どうやらお眼鏡にかなう樹木が見つかったようだ。
早速切ろう、彼が近づくと、カツン。泥だらけの靴の先が何かにぶつかった。転げそうになり幹に手をつく。
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