一人の男と女神の話

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 木の根本から何かが出ている。  第六感というか虫の知らせというか、男はその何かの周りの土や落葉をどけた。汚れや苔が生えているが元の色は白のよう。 その何かは結構下まで続いているようで、現状では全貌は把握できない。  ただの岩?……ではない。朽木……でもない。眼を細め、わずかに見える部分をしばらく見つめる。 質感は岩石っぽい、凹凸があって、造形は―― 「ああ!」  男は正体をひらめいた。これは人の顔だと。  そして、大急ぎで土を掘り返した。  全てを手で掘るのにはかなりの時間がかかった。太陽はすっかり頂点を過ぎ、辺りの風景は橙色に染まっていた。  はあはあと息を切らして、彼は泥だらけの笑顔を見せる。  通い慣れた森に埋まっていたのは、六つほどの破片。薄暗くなり始めたここでは存在がぼやけて見えるが――  全てを組み上げれば、それは二メートルを女神像が出現した。  なぜ埋まっていたのか、誰が作ったのか、何の女神なのか、作られてからどれほど地中にあったのか、男は知るよしもなければ考えもしなかった。  生まれて初めて見る、精巧な人体の模型。技術と思想の結晶・芸術と遭遇した彼の表情は、初めて母親を見た赤ん坊のようだった。
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