一人の男と女神の話

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 男はしばらく見とれたが、はっと気を取り戻した。こうしている場合じゃない。  部屋の隅、物が積み重なった山を崩して漁り始めた。右手が取り出したのは接着剤。今で言うモルタルのようなものだ。  ハケとヘラも用意して砕けた断面になるべく丁寧に塗っていく。 慣れない作業に戸惑いながら作業を進めた。一つ一つの塊をきちんと繋げるために接着剤が乾くまで全身全霊で押しつけ固定する。最後にはみ出した接着剤を削り取って完成。  大理石の接着という難しい作業を、ほぼ素人の男が施行したことを考えれば上々の仕上がり。  地中で、悠久の侵食を待つばかりだった石達は、部屋の片隅から空間全体と男を四六時中見守る存在に生まれ変わった。    家の中でも一際目立つため、たまに男の元を訪れる取引相手の商人から、珍しい物だから売って欲しいと何度も頼まれたが、その度に断った。男にとって女神像は、お金には代えられない価値があった。  教養どころか宗教心もない男。  子供の頃から街と離れて暮らし、女性と関わった経験もほとんどなかった。母親は彼を産んだ時に亡くなっていた。  彼は、自身の境遇を不幸と思ったことはなかったが、今はこの奇跡としか言い様がない女神との出会いに、感謝でいっぱいだった。  その日から男の暮らしは大きく変わった。  以前よりも仕事へのやる気が芽生え、不思議と力も湧いてきた。  そして、男は仕事の合間合間に季節の花や植物を採取しては家まで持ち帰り、我が家の女神に捧げた。 花は髪飾りやアクセサリーに、植物は潰して染料にして鮮やかな腰布の染色になった。  乳白色の大理石に色味が足されてゆく。  それでもまだ納得行かなかった男は、ある考えを思いつく。  翌日、仕事も程々に森を駆け回った。  花や植物の飾りではいずれ色を失ってしまう。  より強く、より鮮やかな、加工もしやすい物が無いか。彼には心当たりがあった。
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