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お腹もいっぱいになり、ほどよく酔いが回ったところで、女ふたりがターゲットを定めたらしい。いよいよくる。
「ねえ、歩夢! 聞いたわよーっ! あんた、若い男の子に懐かれてるんだって?」
こいつら、いつの間にそんな話を。
「ちょっと佳恵! 玲子に変なことおしえないでよ」
「なんで? 大沢があんた狙ってるのって、本当のことじゃない?」
「だからあ、何度言ったら……」
「そりゃあ、大沢はちょっとバカだけどさ、かわいいじゃないの。あの子、本気であんたのこと好きみたいよ?」
「本気って……なに言ってんの? そんなわけないでしょう?」
「絶対そうだってば! 気づいてないの? あんたって、そんなに鈍かったっけ?」
確かに、大沢は世間的には優良物件。黙っていればそこそこ良い男なのは認めないわけではない。あいつが私にしつこく仕掛けてきているのももちろんわかっているが、そもそも、なぜ私なのだ。それだけの条件が揃った男なら、他にいくらでも相手がいるだろう。
「羨ましいなぁ。あたしなんか、卒業してすぐ結婚しちゃったから、そういう楽しみ無いしぃー。なんか、損しちゃったかも?」
女三人寄ればやはり恋バナ。とはいえ、私はその員数に入れてほしくないのだが。
「じゃあ訊くけどさ、佳恵、あんたならどうなの? かわいいって思ってるんでしょ?」
「うーん……そうだよねぇ、大沢は、対象外だね、やっぱり」
対象外の意味はきっと微妙に違うだろうが、だったらなぜ勧める。
この女との付き合い方を少し考えよう。
「ええ? 彼氏いない歴イコール年齢のくせに、歩夢ってば、贅沢ぅ!」
「ひどい! 私だって恋愛くらいしたことあるわよ!」
「あるの? ホントにあるの? いつ? どこで? 誰と? あたし、あんたの浮いた話なんか、一度も聞いたことないよ?」
ムカつく。わたしにだって浮いた話のひとつくらいちゃんとある。
「玲子は煽らなくてよろしい!」
佳恵がジロリと睨みつければ、さすがの玲子も一瞬怯む。
「だったらさ、あんた、小林さんはどう思う?」
「へっ?」
突然飛び出した思いもよらない名に、一瞬たじろいだ。
「でえ、よしえ。ほばやひさんってられ? イへべン?」
高級トリュフをぽいっと丸ごとひとつ口に放り込んだ玲子が、モゴモゴと口を動かしながら尋ねた。
「イケメンはイケメンだよ。ってか、あんた! しゃべるか食べるかどっちかにしなさいよ行儀悪い!」
この酔っ払いが、と、佳恵に小突かれながら、玲子がショットグラスの底に残るグラッパをクイッと空けへへへと笑う。これは、かなり酔いが回っている。そろそろ飲ませるのを止めたほうがよさそうだ。
「イケメンなんだあ? で、なにやってる人? 年は?」
「小林さんは、ウチの会社の開発統括部長。年は……司叔父と同級だから三十八歳か」
「ええ? オジサンじゃん!」
「まあ、いい年ではあるけど……、ぜんぜんそんなふうには見えないよ。背が高くて、細面で……ああいうのをきれいな顔立ちって言うのよきっと。もちろん、頭も相当切れるし。あれはどこへ行っても絶対女が放っておかないタイプよ? まず間違いなく女に不自由したことないわね」
射るように私を見つめるあの鋭い眼光。話に耳を傾けながら氷のようなあの瞳を思い出す。
「それで? 話は戻るけど、歩夢は小林さんってどう? ありだと思う?」
「は? 一度ちらっとエレベーターで見ただけだよ? そんなのわかるわけないじゃない」
「そんなことないわよ。第一印象って結構正確なもんよ?」
「そーかな?」
「そうだよ! ひと目見ただけでもうポーッとなっちゃって恋い焦がれちゃうとかさあ」
「玲子のそれは、恋愛小説の読み過ぎだってば!」
「まあね、恋い焦がれるは無いにしても、なんにもないことはないでしょう? 大沢なんて霞んじゃうくらいの超優良物件よ?」
佳恵はいったい私に何を言わせたいのだ。妙な方向へ話を誘導するのは止めてほしい。
「佳恵さ、なんか……あの小林って人のこと、やけに推してない?」
「あははっ! バレちゃった? 小林さんさ、絶対あんたに興味持ってるんだって! そうじゃなきゃあんたのことあれこれ私に訊いたりしないと思わない?」
「興味って……エレベーターで挨拶しただけで?」
「だからさっきから私が言ってるじゃん? 歩夢って黙ってれば美人だしさあ、きっと一目惚れされたんだよぉ」
「黙ってればって、なによそれ」
「玲子はもういいから、そこで寝てなさい!」
空のショットグラスを取り上げると、玲子は「はぁい」とかわいい返事をして、クッションを枕にその場で横になった。すでに限界だったらしく、目を閉じたと思ったらもう寝息を立てている。まったく、いい気なものだ。
玲子が眠ったのを確かめ、さてここからが本題とばかりに、佳恵が真面目な顔で口を開いた。
「小林さんってさ、条件は良いしすごくモテそうなのに、私の知ってる限り仕事一筋で、浮いた話ひとつない人なんだよ。そんな人が、ひと目見ただけのあんたに興味持つって、よほどのことだと思うんだよね」
「そんなこといきなり言われても困るよ。それに、佳恵だって私が恋愛とか興味無いの知ってるでしょう?」
「それは知ってるけど。あんただってもう二十八なのよ? いつまでもずっと独りでいるわけにもいかないでしょう?」
その言葉、そのままお返ししたいです。
「それで? 私のことって、小林さんに何を訊かれたの? まさか変なこと吹き込んでないでしょうね?」
「嫌ねえ、人聞きの悪い。そんな突っ込んだこと聞かれてないし、マズイコトは何も話してないわよ?」
「具体的には?」
つい、詰問口調になってしまう。佳恵を信用していないわけではないが、相手の意図がわからない以上、警戒するに越したことはない。
「具体的に? そうねえ……いつからウチに居るのか、ウチに来る前はなにしてたのか、とか、年は幾つか、出身はどこか……そのくらいかな?」
佳恵の言い分を聞く限りは、当たり障りのないことしか尋ねられてはいないようだが。いや、待てよ。
「ねえ、それ訊かれたのって、いつの話?」
「えっと……いつだったかな? 出張に行く前だから、ああ、エレベーターで会った日の翌日くらいじゃない?」
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