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日もかなり傾いてきた頃、俺は一つの物を掘り当てた。
「なんだ? これ……。」
土砂の中に青緑色の何かが埋もれている。周りの土を取り払うとそれは広がっていく、青銅でできた板のようだ。俺の好奇心に火が点いたようでそこからは無我夢中で辺りを掘り返し始めた。
土砂を掘り起こすにつれてだんだんと姿を現してくれて、それはやがて二メートル辺の扉。表面は汚れたり傷ついてはいるが大きな変形は見られない。真ん中には花弁の広がった花の紋様が彫られている。
そこで俺は一つの感覚に襲われた。今まで感じたことのないような――ほんの少しの恐怖に。俺はこの扉を見つけてもよかったのか? と。ただの扉を見つけただけなのに、まるでパンドラの箱のような物を見つけ出してしまってどうすればいいかを考えることがまるで出来ない。
でも、それでも、俺は手を無意識に伸ばしていた。危険だと囁く本能を超える何かが俺の手を動かしたのだ。手は少しずつ伸びていきドアノブに手をかけて、ゆっくりと右に回した。
すると扉は重い音を引きずりながら奥へと開き始めた。たいして錆び付いてはいなかったみたいだ。止まるならここだろうか? 俺は自分の心に問いかけた。だが俺は止まろうとしなかった。――いや、止まるつもりがもとから無かったのだろう。俺は意を決してさらに奥へと押し込んだ。
中はとても広い空間だった。辺りは緑色の光に包まれ床は鉄板で敷き詰められ、天井は配管で埋まっていた。何かの工房なのだろうか、パイプにコードがそこら中を巡りコードが伸びている。そして何よりも目を引いたのは、部屋中に鎮座する長方形の箱だった。工具や紙の束がどれもこれも役目を終えたように乱雑に置かれている。
何も言えなかった。いや、言いたいことは山のようにあったがすべてがこの空間に飲み込まれていったのだ。息を飲みながら俺は足を進めた。
「凄い……。」
とても美しかった。昔から続いてきた命が、想いがここに生き続けている。さっきまでの不安がすべて嘘だったかのように俺の心は震えている、今までのどんな宝物をかき集めても敵わないような感動に。
俺はついに抑えきれなくなって歓喜の叫びを発しそうになった。
が、できなかった。後ろから何かが口元にを押さえ込み、足を払われて体ごと床に引き倒された。
「…………っえ?!」
あまりにも急な出来事も動転する視界も、頭を打った痛みも理解することができなかった。けれど一つの声が俺の耳に聞こえた。
「何者だ貴様!!」
凛としたよく通り威厳を感じられる声、そして仰向けの俺の目の前に一人の女性がいた。髪はこの地方では珍しい純白のショートカット。小さく整った鼻とガラス玉のように澄んだ瞳が美しかったが、目尻はつり上がり歯を噛み締めて鬼のような形相でこちらを睨んでいた。彼女はオリーブ色の軍服を身に纏い腰に刀を帯びて、俺の腕を押さえつけていた。そして驚くことに彼女の腕は、全てが機械で出来ていた。
「何者だと聞いているのだ!早く答えろ!!」
その叱責にようやく頭が追い付いてこの状況の危険性を考えて俺は慌ただしく答えた。
「えっ……ええっ、シヤ! シヤ=フジノですっ!!」
「なんだその名前は?ふざけてるのかっ?! 斬るぞ!」
彼女は今にも斬るぞ! といった顔つきで腰から抜いた軍刀を喉元に向けてきた。
「まっ、ままま待って下さい!! ふざけてません! ふざけてなんて…………。」
俺は自分が何て言おうとしてたのか忘れてしまった、彼女はまた何かを叫んでいるようだが俺には聞こえなかった。俺の意識はただ一つだけに集中していた。
帽子だ。彼女の帽子の真ん中に取り付けられている紋章、大空へと広がる翼とサクラの花。それは学の少ない俺でもよく知っている力の象徴だった。それは――
「大日本第二帝国? なんで……。」
「…なんで、だと? いったい何がだ!!」
「だ、だって…………それは……。」
彼女の顔がよりいっそう険しくなった。腕を握る力も強くなる。
「だってじゃない! 早く言え!!」
「――大日本第二帝国は、二百年前に滅んだはずじゃぁ……。」
予期せぬ静寂がこの空間を襲った。俺は何も言うことができず、この空気に押し潰されそうだった。しかしそれよりも驚いたのは彼女だろう、さっきまで俺を睨んでたその相貌は今は虚しく焦点があっていなかった。
「…………帝国が……滅びた? に、二百年前に……?」
その声はさっきとはまるで変わってとても薄く感じられた。
「……ハハ、嘘をつくな。帝国は滅びなんかしないさ。そうだろ? なぁ!」
無理に笑った彼女は俺にそう問いかけてきた。
「……いえ、滅びました。昭和二二七年に帝国は第三次世界大戦に巻き込まれてそのまま…………。」
俺はまた言葉が出なかった。抑えられた訳じゃない、彼女の崩れ落ちそうな顔を見て何も言えなくなったのだ。
「…………嘘だ。」
ひどくか細い声が漏れた。さっきまでの威厳はまるで無くなっていた。俺を押さつける手には重さがまるで込められてない。
「嘘だ……。私は、私は何のために…………私は………………。」
また再び静寂が訪れた。もう俺は何も言いたくなかった。彼女の顔を見ることさえできなくなった。
やがて一つの嗚咽が聞こえ始めた。
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