それから

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「まさか地区大会まで制覇するとは思わなかった。君も子供たちも才能を隠していたんだな。」 先月から行われていた少年サッカーの大会で、何だかんだと継続してアルがコーチを務めているあの問題児だらけのチーム、「デッド・ラビッツ」が、先週見事首位に立ったのだ。先々月の練習試合の段階から、チームが順位を上げていくごとにアルにも熱が入ってきて、もともと監督をしていた保護者に取って代わり、彼が毎週試合の指揮をとって子供たちの練習にも付き合っていた。 アルは、自分がこれほどに「熱くなる」タイプの人間だとは思っていなかった。子供たちが少しずつ指示を素直に聞くようになっていくにつれ、自分自身にもこれまでにない闘志のようなものが、熱意となって徐々に沸き起こっていったのだ。自分の中にこんな気持ちが眠っていたことを、今まで知らなかった。 優勝が決まった瞬間、両手を広げながら思わずグラウンドに走っていき、選手たちと抱き合って喜びを分かち合った。そのときの気分は、初めてコーチの仕事をした日の気分を上回る、人生でもっとも「爽快」なものだった。地元の新聞にも、刺青の部分はきれいに修正されていたが、少年たちに囲まれて笑っているアルの写真が大きく載っている。元の写真は新聞社に頼んで焼き増ししてもらい、みんなで1枚ずつ持ち帰った。アルの部屋の棚には、その写真がフレームにおさめられて飾られている。刑務所のベッド脇の壁にすら、写真など1枚も貼っていたことはない。だからそれは、アルが人生で初めて飾った写真であった。 だが大会も終わってようやく落ち着いてから、アルは再び大会前のように、ローレンスとふたりでボランティアに出かけていた。監督業は一応続投しているが、指導は大会のシーズンのみにしている。毎週子供とのサッカーに付き合うのは、やはり体力が保たない。本業もそれなりに忙しいのだ。 だからこうして、ローレンスと穏やかに「犬の世話」をしているくらいが、やはり自分にはちょうどいい。1日で20頭を任されたときにはさすがに身体が動かなくなったが、今日はたったの2件だけ、大型犬だが合計6頭をふたりで適当に散歩させているだけだ。人間側にとっても、これはただの「散歩」である。もっと言えば、もはや「ただの日曜日」だ。ローレンスと肩を並べて森林公園を歩いている。こんなに穏やかな休日を過ごせるなら、犬の世話も大歓迎だ。 「バスケじゃ負け知らずだったが、ホントはサッカーなんか大嫌いでな。俺もガキの頃は地元のチームに入ってたが、周りの奴らとまったくソリが合わなかった。活躍もしねえからベンチで昼寝ばっかしててよ。だが、やるのと教えるのはまったく別だ。口だけ出してりゃいいんだから、ラクなもんだぜ。」 「それにしたって、よっぽどの統率力がなけりゃ出来ないさ。」 「そんなのはあんたの方がずっと向いてるはずだけどな。」 「子供は受刑者より難しい。」 「けどあんたも、犬とガキにはわりと懐かれるじゃねえか。絶対に嫌われるタイプだと思ってたのによ。」 「集団の中で、扱いやすそうなのを見つけるのに慣れてるからな。」 「……ああ、なるほどな。確かにあんたのだった。」 「でも犬には、僕が好きという気持ちを素直に見せるから、懐かれるんだ。」 「少しくらいは、人間にも同じように接してやれよ。」 「……好きな相手にはそうするさ。職場ではその必要がないだけだ。」 「…………。」 大きな池に差し掛かる。木漏れ日が水面に反射して眩しく、湿った若い緑の匂いと、春の陽気に満ちていた。公園の敷地は広大で、まともに1周すればおよそ8マイルにもなるので、適当なところで折り返すか、コースの途中で公園を出る予定だ。 この1つ目の池がポイントである。小型犬ではここまで連れてこれない。中型犬ならここが折り返し。大型犬なら頑張って2つめの池までは歩けるが、彼らがバテて動くのをやめないか、ということが懸念される。彼らを抱えて飼い主宅に戻ることは不可能だ。
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