再び美咲編

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再び美咲編

(北村美咲)  私が持っている鏡台には、つくも神が住んでいる。  つくも神は、百年使い続けた道具に宿る神様らしい。  この鏡台は明治時代に作られた物で、祖母が手に入れた。しかし祖母より母のほうが気に入ってしまい、母の物になったという。そして母は亡くなり、今は私が使っている。  鏡台の鏡には、母の姿をしたつくも神が映し出された。私は、つくも神によく話し掛けていたし、「お母さん」と呼んでもいた。  つくも神には時間を巻き戻す能力があった。  自分が住み着いている鏡台を一年に一回、一年前の状態に戻す。だから百年使い続けたこの鏡台は、もう古くならないし、傷みもしない。傷を付けてしまっても、ある日を境に元に戻ってしまう。    時間を巻き戻す能力は、この鏡台の持ち主にも使わせてもらえる。それは一生のうちで365日分。  私はこの能力で一日前に巻き戻し、人形を直したり筆箱を直したりした。  そして巻き戻すのは物だけとは限らない。人の体も有効だ。  私はこの能力で捻挫した足を治し、母は流産しないようにし私を産んだ。  しかしこの能力、365日分、全てを使い切ってしまうと、つくも神とはもう会えなくなるという。私はそれを知ってから、極力この能力を使わないようにした。なぜなら、ずっと母の姿を見たかったから。  でも、そうは言っていられない事態が起きた。  麻衣子さんが癌になってしまった。  麻衣子さんというのは父の再婚相手だ。父と麻衣子さんが結婚し、父の連れ子の私と、麻衣子さんの連れ子のヒナちゃん、私たち四人は家族になった。  私はこの人たちと家族になれて良かったと思っている。私は一人暮らしして一緒には暮らしてないけれど、母が亡くなってからずっと、こういう家族の温かさに憧れていた。  だから麻衣子さんが癌になったことはショックだった。  私はつくも神に頼んだ。  一日分を残して、麻衣子さんの体を巻き戻してもらう。268日分、約九ヶ月前まで。癌は若いときは進行が早いと言う。麻衣子さんの体が九ヶ月前に戻れば。そのとき医者に診てもらえれば、きっと助かる。  一日分が残っていれば、つくも神と離れなくても済む。もう一生この能力を使わなくてもいい。麻衣子さんが助かるのなら。  私は母親がいなくなった辛さを知っている。私は父が一人隠れて泣いていたことを知っている。私は夜一人で眠る寂しさを知っている。麻衣子さんが入院している間、私はヒナちゃんと一緒の布団で寝よう。  どうか麻衣子さんが無事でありますように。  私は祈りながら目を閉じた。  次の日の朝、私は麻衣子の様子が気がかりだったけど、学校があるので学校に行く準備をし、制服に着替えてキッチンに向かった。  キッチンに行くと、もう朝ご飯の準備がしてあった。朝ご飯と言っても、トーストとヨーグルトとオレンジジュースがテーブルの上に置いてあった。父が用意したのだろう。私と二人で暮らしていたときは、いつも私が用意していたのに。  そのうちヒナちゃんもランドセルを持ってキッチンに来た。三人揃ったので朝食を食べ始めた。  私はなるべく明るく振舞った。  「お父さんが朝ご飯用意してくれるなんて珍しいね」  「ヒナちゃん、今日の授業は何があるの?」  でも二人とも元気がない。いつもはお喋りなヒナちゃんでさえ口数が少ない。  私は言いたかった。麻衣子さんは大丈夫だよ。だって九ヶ月前の体になったから。きっと癌も進行する前の小さなものになってるよ。っと。  しかしそんなことも言えないし、言ったところで信じてくれないだろう。  会話も続かず重苦しい雰囲気のまま、みんなが朝食を食べ終えた。私が食器を流し台のほうに持って行ったとき、父が小声で話し掛けてきた。ヒナちゃんには聞こえないように。  「お前に話したいことがある。今日は学校に行かずにここに残っていてくれ」  私は父の顔を見た。昨日、麻衣子さんの入院を聞きつけ病院に行ったときと同じで、父は顔面蒼白で今にも倒れそうな顔つきだった。  お父さんには話していいかも?信じる信じないは別にして、少しでも安心させたい。    私は「うん、分かったよ」と、小さな声で父に返した。  「お父さん、そんなに心配しなくていい。麻衣子さんは大丈夫だから」  私はヒナちゃんが学校に行ったあと、父に言った。  「何でそんなことがお前に分かるんだ?」  父は不思議そうというより不安そうな表情だった。  「何でって言っても、分かるから分かるのよ」  私はここで一息入れた。父は今にも泣きそうなそんな目をしていた。父を少しでも安心させなくちゃ、と私は思い、真実を語る決心をした。  「麻衣子さんの体は九ヶ月前に戻ったの。だから癌も進行する前まで戻ってるはずよ。こんな話し信じれないかもしれないけど、鏡台の中に住んでる神様に頼んだの」  私は真剣に言った。私は父に安心させたくて説明した。しかし父は両手で頭を押さえ髪を掻きむしった。「マズい、マズい」と呟きながら。    父の反応は私の予想外だった。私の言葉を信じなければ怪訝な表情になるし、逆に信じてくれたら安心した表情になる。しかし私の言葉で、父はより一層不安を大きくした。  だから私は、もう一度父を安心させるために説明した。  「お父さん、私の話を信じて。本当に麻衣子さんは大丈夫だから」  父は私の両肩を掴んで言った。「違う。大変なのはお前のほうなんだ」と。  父は涙を流していた。  私には父の言葉がどういう意味なのか分からず、呆然とする他なかった。  私と父はその後、私のアパートに向かった。「説明は後だ。すぐにお前のアパートに行こう」、そう言う父に引っ張られアパートに向かった。  アパートに向かう間、父は無言だった。不安そうな表情のまま。  アパートに着くと、私は鍵を開け玄関に入った。後ろから父も付いて来ている。靴を脱ぎ部屋の扉を開けると、私は驚きのあまり卒倒しそうになる。見慣れない部屋にスーツ姿の男が一人立っていた。  驚きのあまり部屋の中に入れず扉の前で立ち尽くしていた。父は私の肩を叩き、「まあ、中に入りなさい」と言った。  中に入ると、その部屋が私の部屋だと理解した。部屋にあの鏡台があった。しかし鏡台の他、私の荷物という荷物は何一つなくなっていた。 床には大きな星のマークが描かれていて、その星の中央に鏡台が置かれていた。そして鏡台と向かい合うように神棚が置いてあった。その神棚を囲うように笹が立っていて一周ぐるりと縄が張られていた。    「この子ですね、智子さんの娘は。うん、同じ匂いがする」  スーツの男は父に話し掛けた。どうやらこの男と父は面識があるみたいだ。それに亡くなった母の名前も出している。私は父から説明を求めた。  「ねぇ、お父さん、何で私の部屋がこんなことになってるの?」  「どう説明すればいいのか、ややこしいのだが…」  頭を掻きながら父は口ごもった。  「私が説明しましょう」とスーツ姿の男が言った。  「私の名は天空。あなたのお父さんから依頼を受けてここにいます。実はこの鏡台には妖怪の類が住みついています。それを(はら)うため、お父さんから部屋のスペヤーキーを借り準備しました。あなたの荷物は別のところに移してあります。祓いの儀式が済めば、元に戻します」  私は頭に来た。どこの誰だか分からない人に、鏡台に妖怪がいる、と言われたことに。つくも神は神様だし、それに何だかお母さんのことを悪く言われたみたいで気分が悪い。  「この鏡台には妖怪でなく神様が住んでるんです。つくも神という神様が」  私は天空と名乗る人に言ってやった。  「つくも神というのは神様でなく妖怪です。古くは室町時代の絵巻物の中でつくも神は描かれてます。その多くは鬼や狐狸(こり)が人を(たぶら)かしてます」  もっともらしい説明をしてきた。しかし、もっともらしい説明をする者こそ怪しいのだ。お父さんと私を(たぶら)かそうとしてるのは、この天空という人だ。  「(たぶら)かすなんて、そんなはずはない。つくも神は私たちを助けてくれたのよ。麻衣子さんの体も巻き戻してくれたのよ」  「それがマズいんだ」。天空と私の会話に父が入ってきた。「智子も、そうやって…」と、父はそう言いながら(ひざまず)項垂(うなだ)れた。  「私は以前、智子さんの依頼で鏡台を見た。そのときから鏡台にはつくも神は宿っていた。つくも神は生涯で最大365日分、時間を巻き戻す。しかし巻き戻した分、寿命が削られる。一日巻き戻すと寿命の365分の1が失われる。そして寿命が尽きたら魂を取られてしまう。その魂は永遠に成仏することができない」  私は父のほうを見た。父は黙って頷くだけだった。天空はそのまま話を続けた。  「智子さんには説明したんですが、そのときはどうしてもつくも神を(はら)うことや鏡台の処分を拒んだため、私は護符(ごふ)を鏡台に張って応急処置をしておきました。でも今見るとその護符(ごふ)さえない」  父はポケットから封筒を取り出し私に渡した。  「お母さんからの手紙だ」  私は封筒を受け取り、中にあった手紙を読んだ。  『この鏡台は焼却処分して下さい』と言う一文。その次に『もし家族に災いが起きたら、氏神様にお百度参りして下さい』と書かれていた。そして下のほうに『智子より』とあった。  「この手紙を読んだのは智子が亡くなって一年が過ぎたときだった」と父が話し出した。「智子が亡くなってすぐは遺品を整理するための心の余裕がなかった。一年が過ぎて鏡台を整理していたら、抽斗(ひきだし)の中でお前の持ち物に埋もれるようにしてこの手紙が見つかった。そのときには、お前が鏡台を気に入っていたので処分しようにも処分できなかったんだ」  父はそう言うと鏡台のほうに目をやった。悔しいそうな表情だった。  「そして今回、お百度参りして知り合ったのが、そこの天空さんだ」と父は天空さんのほうに目を向けた。私も同じように天空さんを見た。  「今回は智子さんのときと事情が違います。私が智子さんに会ったとき、智子さんはそれほどつくも神の時間を巻き戻す能力を使っていないと言っていました。だから私も護符(ごふ)を張って応急処置で終わらせました。本来なら(はら)ったうえで鏡台の焼却処分が必須でしたのに。しかし今回はそれよりももっと重大です。つくも神を退治し、美咲の寿命の返還を求めなければなりません」  天空さんは私のほうを見た。私の寿命はもう残り僅かだと言われてるみたいだった。  でもここで一つの疑問が頭に浮かんだ。  「もしつくも神を退治したら、麻衣子さんの体はどうなるんですか?」と私は天空さんに訊ねた。  「私にもどうなるかは分かりません。巻き戻った分が無効になるかもしれない。でも今、最も危険なのはあなたですよ」と天空さんは言った。  「麻衣子さんは医者に任せよう」と父が付け加えた。 それから天空さんの指示で、天空さんが用意した滝行などで着られている真っ白い浴衣に着替えさせられた。    私はお母さんのことを考えていた。私は寿命が削られるなんて知らなかったから、つくも神に麻衣子さんの体を巻き戻すように頼んだけど、母は違う。天空さんから説明を受けて、それでも私を産むために時間を巻き戻す能力を使っていた。たぶん、そういうことになる。    天空さんは袴を着て神主の格好になっていた。そして手には白い紙が付いた棒を持っていた。お(はら)いなどで使うやつだ。  父はというと、私と同じように真っ白な浴衣を着ていたが、白の頭巾とマスク、それに白の手袋をし、小さな竹笹を持っていた。  「これより、(すす)払いの儀式を行います」  天空さんはそう言うと、私たちを神棚の前に呼んだ。  「鏡台は安倍晴明直伝の五芒星の印を描いてます。そして神棚の周囲四隅に竹が立っていて縄が張っていますが、この中にいれば安全です。儀式が始まったら決して縄の外には出ないようにしてください」  天空さんは指で縄を指した。  「つくも神は(すす)のあるところを好みます。(すす)払いの儀式とは、昔から十二月十三日は(すす)払いの日とし、(すす)を払い物につくも神が寄り付かぬようにする。ニュースで神社やお寺で大掃除しているのを見たことないかい?」  父の格好は(すす)を払う格好なのだろう。小さな竹笹は(すす)を払う道具のようだ。しかし私の鏡台が汚れてるっと言われてるみたいで癪に障る。  「私、鏡台に(すす)なんて溜めてません。毎日綺麗に拭いてます」と私は言い返した。  「煤とは不完全燃焼で起こして生じる出るカスだ。昔は囲炉裏とかを使っていたから煤は目に見えていたけど、現代では変わってきた。心の中で感じる不完全燃焼。智子の、子供を産みたいのに産めなかった。お前なら、もっと母に甘えたい。そういう気持ちの不完全燃焼が目に見えない煤になって、つくも神を寄り付けたのだ」  こじつけのような気もしたが何も言い返せなかった。  「本当なら十二月十三日に行いたかったが、時間の余裕はない」  私たち三人は神棚の前に集まり、私は(ひざまず)き祈る姿勢をとった。天空さんは神棚に向かって呪文を唱えていた。父は私に向かって竹笹を振っていた。こうして(すす)払いの儀式が始まった。  「やめて、やめて」  鏡台の鏡の中に母の姿が現れた。  「鏡から出て来い、つくも神」と天空さんが叫んだ。  鏡から出てきた母が宙に浮かんだ。  天空さんが呪文を唱えると、神棚を囲っていた縄が伸び、母をグルグル巻いて縛った。  「これで逃げれんぞ、つくの神」と天空さんは言う。  「と、智子」  母の姿を見た父が名前を呼んだ。父はうろたえていた。  「あれは智子さんじゃない。つくも神、いや妖怪だ」  天空さんは父に喝を入れた。  「縄をほどいて、痛いわ」  母の姿のつくも神は、弱々しい声で訴えた。  「ほどいてほしければ、美咲の寿命を返せ」  「美咲の願いは叶える代わりに寿命を貰う。契約だ」  「そんな契約は認めん。美咲は寿命が縮むとは知らなかった。コンプライアンスに反する」「願いを叶えるにはそれなりの代償が伴うのは当たり前だ。知らなかったでは済まない」  天空さんとつくも神の会話が続いていた。父は「あれは智子ではない」と言いながら、笹で私の頭を払っていた。地味に痛かった。  「許さぬぞ。もう許さぬぞ」  急につくも神の声が変わった。母の声をしていたのに野太い男の声に変わった。するとどこからともなく煙が舞い上がり母の姿が見えなくなった。と思った瞬間、煙が吹き飛んだ。そして煙から出てきたのは白毛の大きな狐が現れた。  目は吊り上がり尖った耳は立っていた。そして口からは牙を剥き出しにしていた。  「正体を現したな、つくも神。いや、化け狐め」。天空さんは叫ぶ。  生臭い匂いが充満していた。化け狐は縛られている縄を自分の鋭い爪で掻きむしっていた。喉を鳴らし怒っているのが分かった。  「その縄は特製な縄で、お前ごときが」  天空さんが縄について説明しているとき、ブチブチという音と共に縄が切れた。そして神棚の四隅を囲っていた竹も倒れた。  縄の内側が安全だと聞いたけど、縄が切れた場合はどうなの?私は天空さんに質問したかった。しかし出来なかった。なぜなら質問する前に化け狐から攻撃されたのだ。  縄をちぎった化け狐は尻尾(しっぽ)を三本に増やし、私たち三人の腹部に突き刺した。  「こうなったら、まとめて寿命を吸い取ってやる」  腹部に刺さった尻尾(しっぽ)を抜こうとしたが力が入らない。視界も段々と白くなっていく。父も天空さんも倒れていた。天空さん助けてよ。口に出して言いたかったが、その力もない。もう意識が無くなる、と自分でも分かった。  次の瞬間、一閃の光が目に飛び込んだ。光ったのは化け狐?いや、それよりも少し下、鏡だ。  「ギュエエーーー、ギャアアーーー」  けたたましい化け狐の(うめ)き声が轟いた。  遠のく意識を呼び戻し、私は(うめ)き声のほうに目をやった。  化け狐を首に腕を回し絞めしている母がいた。  「と、智子?何で貴様がここに」  化け狐が叫ぶ。  母はもう一方の手で、化け狐の腹に何か紙みたいなものを張った。  「それは私が以前鏡台に張った護符(ごふ)」  倒れていた天空さんは顔だけ起こし言った。  護符(ごふ)を張られた化け狐は、苦しみながら段々と小さくなっていく。  母は今度、化け狐の尻尾(しっぽ)を握り引きちぎった。  「せっかく吸い取ったのに。よくも、よくも」  化け狐の白毛が段々濁り黒く変わっていった。そして体も小さくなり、最終的には野球のボールぐらいの大きさの球に変化した。  「貴様らは許さぬぞ、呪ってやる。末代まで呪ってやる」  化け狐の声が途絶えた瞬間、黒い球が破裂。そして部屋中に(すす)が飛び散った。 私たちはその後、掃除をした。(すす)を綺麗に拭き取ったあと塩で清めた。  「今回の件、代金は四十万円です」と天空さんは父に言った。  「えっ?契約では二十万円のはずでしたが」  「いや、(はら)うだけでしたら二十万円でしたけど、今回は退治ということになりましたので四十万円です。言ってませんでした?」  「聞いてませんけど」  私は二人の会話を聞きながら、天空お前、コンプライアンスとか言ってなかったか?いや、その前に、お前やられてたよね。退治したのはお母さんだから。  でも、そんなことはどうでも良かった。  黒い球が破裂する寸前、私は母に抱きしめられた。それは温かくてとても穏やかな気持ちになれた。それは一瞬のことなのかもしれないけど、私には今まで生きてきた分ぐらいの長く感じた。そして母の姿は消えて行った。  鏡台は焼却処分した。一度妖怪が宿ると、再び妖怪を招きやすい、とのことだった。   あと百年の物を持たないよう忠告された。持たなければ、つくも神の呪いを受けるとはない、らしい。  私は一人暮らしを止め、これからは家族と一緒に住むことにした。  私の寿命はどのくらい取り戻せたかは不明らしい。しかし天空さんから「まあ、美咲から生命力を感じるから大丈夫」と太鼓判を押された。  私は今回のことで、寿命がいつ尽きるかと考えて怯えることはなかった。むしろ逆で開き直った。生きてる間、したいことはしよう、と勇気が持てた。学校のクラスのみんなにも話し掛けれるようになった。  麻衣子さんはというと、入院して再検査していたのだけど、その結果は癌が分からないほど小さくなっている、とのことだった。医者は不思議がっていた。  しばらく様子を見るため通院はしなくちゃならないけど、今のところは大丈夫なので麻衣子さんは退院した。  今回のつくも神の件、私は麻衣子さんに何も言ってない。父が何か説明したかどうかは知らないけど。    今日は、今回の件がひと段落した初めての休日。父とヒナちゃんは買い物に出掛けていた。  私は麻衣子さん呼ばれて、鏡台の前に座っていた。この鏡台は私が家の戻る時、麻衣子さんと一緒に選んで新たに買ったものだ。今回の鏡台は、インテリアとも合うような椅子式だ。  私は麻衣子さんから化粧の仕方を教えてもらっていた。入学祝いに買ってもらった化粧品を使って。  鏡の中の化粧をしてもらった私を見ると、私の顔から幼さは消えていた。私もそれなりに化粧が似合う女性だったようだ。  私の後ろに立っていた麻衣子さんは、鏡の中の私に向かって話し掛けられた。それはとても真剣で、鏡越しに目をしっかり見つめられていた。  「私はこれから美咲ちゃんの親になる努力をするわ。だから美咲ちゃんも私の子供になる努力をしてちょうだい」  そう言い終わった鏡越しの麻衣子さんは微笑んだ。そして後ろから私の肩を抱きしめた。  「子供の役割は親より長生きすることよ。私は百歳まで生きる予定だから覚悟しなさいよ」  私は麻衣子さんに肩を抱きしめられたとき、温かくてとても穏やかな気持ちになった。それはつくも神を退治したときに母に抱かれたときの感覚に似ていた。母と全く同じ姿で鏡に現れたつくも神には、こんな感覚を感じたことはなかった。  麻衣子さん、温かくてお母さんに似てるね。いや、同じだよ。100%同じだよ、麻衣子さん。   私は心の中で呟いた。
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