1_出立

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1_出立

 ガラガラ、ガラガラ  生まれ育ったニール村を出立してもう3日になる。風景と絶えず聞こえる車輪の音にも慣れてしまった。行先は王都になので片道15日の長旅となるがまだ半分も来ていない為か村付近の風景ともそう変わらないので景色を楽しむという事も出来ない。  王都に国内で最も栄えているので様々な目的の人が集まる。俺のように二十歳という年で王都に行くとなると商売で一旗揚げたり、王立学院への入学で将来は騎士や学者になり国の繁栄の一助となり歴史に名を遺す事だろう。なんせ、王都に行く路銀だけでも馬鹿にならない金額がかかる為、気軽に行けるような所ではない。かくいう俺も例に漏れず王宮に勤める学者になる為、これから学院へ入学する為にこうして王都へ向かっている!………だったらどれだけ良かっただろうか。  いけない、風景が変わらないのでつい現実逃避をしてしまった…。  そんな華やかな話ではないけれど、王都に行かなければならない大事な理由がある。村の運命がかかっているのだから。 「カラムさ~ん」  御者が振り返らずに俺に声をかけてくる。 「どうしました?」  返事をしながら馬車の前方に移動する。馬車に乗る際にお互いに挨拶をしたが、村の事が気になって御者の名前は憶えていないのは失礼とは思いつつ、話す事もないと思ったので話しかけないようにしていた。 「大したことじゃないんですけどね。カラムさんってお酒好きですか?」 「まあ、それなりには。」 「でしたら今晩どうですか?食事の後にでも。」 「お誘い頂けるのはありがたいのですが、でも俺は…」  俺が持っている金は個人ではなく村で集めた金だ。余計な事には使えない。運賃は王都までの食費込みだが予定されていない場合には追加料金が発生する可能性がある。下手に返事はできない。 「あ、もしかしてお金の事気にされてます?私から誘っているので追加料金とかないですよ。前回の仕事の時にお酒を貰ったのでいかがかなと思いまして。」 「………追加料金にならないのでしたら、いただきます。」  村に残っている者たちには負い目はあったが、無料だと聞くと酒への誘惑には勝てなかった。それに何もできない馬車の中にいて気が滅入って来ていたのもある。 「それじゃ、今日は楽しみにしていてくださいね!」  弾んだような声で言う御者。そんなに呑みたかったのだろうか。見た目から30はいってないと思うけれど、こういう仕事だと呑むくらいしか楽しみがないのかもしれない。  話が終わったので荷台の真ん中に戻る。席が決まっているわけではないけれど、窓の関係でその辺りが一番気持ちいいので初日にそこに決めた。まあ、席自体も御者入れて3人しかいないのだから好きにしろって感じだった。  俺の向かいに最後の一人が座っているが客ではなくて護衛と紹介された。名前はベアトリスで恐らく俺より少し年上だと思われる女性。名前を憶えているのはスレンダーで凛とした雰囲気が目を引いた為だ。村の事が気になっていてもこういう事は頭に入ってくるのは悲しき男の性だろうか…。  夜を楽しみに待つとしようか。  ガラガラ、ガラガラ 「ご飯どうだった?」  ベアトリスが聞いてきた。彼女が毎回作っているわけではなく夜だけ作るという分担をしているらしい。朝は御者が作っていて昼の分は手軽に食べれる物を朝の段階で作っている。でも、3日目にして初めて聞かれたな。 「ベス、その質問はないんじゃないか?」 「なんで?カインの口にも合わなかったの?」 「そうじゃなくて、綺麗なお姉さんにそう言われたら美味しくなくても美味しいって言うしかないだろ。ねぇカラムさん。」 「………そうなの?」  不安そうな顔でベアトリスがこっちを見てくる。名前が判明した御者は笑いをかみ殺してるような顔をしている。……からかってるな。 「いえ、美味しかったですよ。三日間で一番美味しかったです。カインさん変な事言わないで下さいよ。」  嘘ではなく、本当に美味しいのでそう伝える。ベアトリスは安心したような顔をする。 「ぉ、私の名前初めて呼んでくれましたね。魚を使った料理はベスの得意料理なんですよ。今迄40歳以上の方が多かったんで同年代の人に合うか不安だったんでしょう。」  そう言って、カインは馬車の方に歩いていく。酒を取りに行ってるのだろう。 「そんなにお酒好きなの?」 「ぇ?」 「まだ、三日だけど昼からずっとソワソワしてたから。それに昨日までだったらさっきみたいに答えてくれなかったんじゃない?」 「久しぶりのなので、確かに浮かれてるのかもしれません。」  前に呑んだのはいつだっただろうか。村の事が気になっていたはずなのに久しぶりに呑めると知ってからは確かに夜の事ばかり考えていたかもしれない。質問も昨日なら簡単に頷くくらいで済ませていただろう。ついでに気になっていたことをちょっと聞いてみるか。 「お二人は仲がいいように見えますが、護衛と御者はそういうものなんですか?」 「私たち、組んでやってるから。」 「そうなんですか。どれくらいなんですか?」 「5年前からですかね。ちなみに組んでない人のが圧倒的に多いですよ。」  カインが戻りながら答え、ベアトリスも頷いている。手にはボトルを二本持っているので、やはり酒を取りに行っていたのだろう。ベアトリスが陶杯を取り出してそこにカインが注いでいく。どうやら葡萄酒のようだ。並々と陶杯に注がれ、陶杯を手渡される。無料でいただくのにされるだけはさすがに居心地が悪いので酌を申し出る。 「お二人には俺がします。」  ボトルに手をかけようとした所、ボトルを引かれた。 「すみません、私達はこっちなので、こちらをお願いできますか?」  そう言って、もう片方のボトルを掲げる。……これ何か入ってないよな。そう思いつつ二人にもう一つのボトルを注ぐ。不安が顔に出たのかベアトリスが器を出しながら口を開く。 「これ、匂いかいで見て」  鼻を近づけるとアルコールの匂いがしない。 「私達プロだから。呑めないわけじゃないけど、仕事中は呑まない。こっちは同じ葡萄から作ったジュース。」 「…不安だと楽しく呑めないでしょうから、私が一口だけ呑むことはお客さんの為という事で禁を破りますがどうします?ただベスだけはできません。朝の姿を見ると不安かもしれませんが、これでも護衛ですので。」 「これでもは余計。」 「だったら、朝普通に起きてみろ。」  拗ねたような顔をしだすベアトリス。その顔を見ていると疑う気がそれてくる。貰っといて疑うの失礼だし、ギルドにも登録しているのだから大丈夫だろう。 「疑ってすみません。馬車に乗っての長旅初めてな物で…」 「いえ、自分だけ違う物になれば不安になるのが普通ですよ。私達元からの知り合いでもないですし。」  そういって、3人で杯を掲げる。 「「「乾杯!」」」  杯を打ち合わせて口に含むと上品な葡萄の香りが広がっていく。良い物を呑んでいない俺でも分かるほどに良い物に巡り合えて目を開く。二人も美味しさに浸っているような顔をしている。 「やっぱり、美味しいわね。」 「ああ。カラムさんはいかがですか?」 「いや、こんな美味い物初めて呑みましたよ!なんていう酒何ですか?」  そう聞くと、カインはボトルを差しだしてきた。焚火の明かりで読んでいく。 「ぇ、これ『フルール・ラッシュ・ブラン』って書いてないですか!?」 「そうだけど。何か変?」  不思議そうな顔をしながらベアトリスが聞いてくる。カインを見るとこちらも不思議そうな顔。 「なんで二人ともそんな不思議そうな顔してんの!?俺みたいな田舎者でも知ってるくらい有名な酒でしょ。『フルール・ラッシュ・ブラン』っていえば国王に献上されてる酒だし、俺みたいなのが飲めるような酒じゃないよっ!!それを貰ってるってなんなの!?」  酒が入って高揚しているせいか、普段の言葉遣いになってきている。 「美味しいならいいんじゃない?貰い物なんだし。」 「一応言っておきますけど、私たちは王族でも貴族でもないですしその遠縁という事もないのですので、変な気はいらないですよ。フルール村では普通に皆呑んでますしそう気にすることはないですよ。ケースで貰ってるので足らなければ言ってください。」  なんか頭痛がしてきた。この二人と話してると自分がおかしいように思えてくるけど、一般的には俺が正常な感覚だよな…。 「色々な表情が見れて楽しいのですが、ちょっと聞きいてもいいですか?」 「答えれる事なら答えます。」  こんないい酒貰ってるなら、ある程度は答えないと失礼だろう。そもそもこの酒の値段程価値があるような物があるとは思えないが。 「どうして、王都に行かれるんですか?」 「……は?」 「二人でちょっと話してたのだけど、あなた分からないのよね。普通地方から王都に行くとなると二つあるわ。一つは王立学院への入学。ここは若い人の目標でもあるけど、その為に向かう人は高揚しているわ。失礼かもしれないけど、身なりもその理由の一つね。あそこは色々な人が集まるから、馬鹿にされたりしないように背伸びしてるわね。お金の問題でどうしても無理な場合は、学院の制服を着て向かうわ。 もう一つは行商やコンテスト等で向かう場合ね。まず一人ではいかないし、荷物はもっと多いわよね。そもそも今回のように一つの馬車だけで向かうという事もないでしょう。…短い間とはいえ見てたけど、ずっと思いつめた顔してるのよね。」 「私は日中は殆ど見てませんが、食事の時の様子からベスと同意見です。どうにも王都自体に目的があるように思えませんので、このまま王都に連れて行ってしまっていいのかと思ってる次第です。私達プロなので、間違ったところにお連れしたくないのです。」  意外と見られていたことには驚いたけれど、御者の仕事って依頼されたところに連れていく事だよな。この人何言ってるんだろう。 「思いつめる過ぎてもどこかで参ってしまいますし、お酒で気分転換したついでに王都に行く理由をお話ししていただけないかなと思いまして。」 「私は5年だけど、色々な所に行った。カインはそれよりも前から、やってるから私よりも知ってる。悩んでるなら、王都よりもいい所に連れて行けるかもしれない。でも、それには話してもらえないとどうしようもない。」 「同乗者の方がいれば難しくなりますが、今回はカインさんお一人です。私達だけの考えで動けます。」  俺の事を考えてくれてのことだろうし、良い人たちなのだろう。騙しても二人にメリットないだろうし。王都には縋る思いで行くだけであてはない。話したところで村が良くなるからないが悪くなるなわけもない。なら酒の礼として話すのもいいだろう。俺は座り直して話し始めた。 「俺は村の問題解決の為に王都に行こうとしている。」
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