三 理

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「ああ、はい。そうなんすよ。オレのこと、なんかやらしい目で見てきて……」  いつもの口調よりもだるそうなものに変えて、理は母家から、固定電話を使用して市役所に苦情を入れていた。  もう一方の手では、スマートフォンを弄って、サイトから送るメールの本文を入力する。後から適当なフリーメールのアドレスで、時間をずらして送信するのだ。  百合子に乞われ、理は夏織への嫌がらせを考えて、実行していた、 「え? ああ、別に謝罪とかいいんで。あの人、えっと、フルカワさん? え? コガさん? まあどうでもいいけど、その人にちゃんと注意してもらっといていいっすか?」  それだけ言って、理は電話を切る。同時に作成していた文面は、ヒステリーな主婦が、なんとか怒りを抑えて送信した、という体のものができあがった。  百合子は百合子で、職場で夏織の足を引っ張るようなことをしているらしい。この間、バーで会ったときに言っていた。メインは文也に、壁ドンをされたという話だったが。  壁ドン。壁ドンか。まさか、兄にそんな芸当ができるとは思わなかった。虫も殺せそうにない顔をして、いつだって紳士的な文也が、壁ドン。いったいどんな顔でやったのだろう。  うらやましい。ものすごくうらやましい。勿論、理の方が背が高いから不格好なものになってしまうだろう。しかし、壁に押し付けられてじっと睨まれるシチュエーションを想像するだけで、興奮してくる。  冷や水を浴びせたのは、持っていたスマートフォンが通知を知らせたことだった。明美からだった。はぁ、と溜息交じりにメッセージに目を通した瞬間、理は端末を投げた。 『知ってる? 夏織が妊娠したって』  理の中で、憎悪が渦巻く。恐れていた、最悪の結果だ。  夏織は女だというだけで、文也のことを独占できる術を持っている。  怒りと絶望に、肩で大きく息をしていた理は、呼吸を整えてから、スマートフォンを拾い上げ、明美に電話をかけた。そして、文学部テラスで会うことを約束した。
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