三 理

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 明美は仕事をこなしてくれた。さらに、何も言っていなかったのに、彼女は新居の写真を撮影して、SNSにアップしていた。  夏織は、理の差し出した手紙をビリビリに破った。たった一言にそこまで反応するということは、黒だ。  消さなければならない。文也の血を引いているかどうかわからないお腹の子ともども。  暗い部屋で理は、パソコンに向かう。匿名のアカウントをいくつも作ってるため、間違わないように慎重になる。  このアカウントは、夏織の浮気相手と目される男と繋がるために作成したものだ。明美が最初の頃に、「何度言ってもダメ男とよりを戻すのよね」と呆れつつ話したことを、理は忘れていなかった。  明美を問い詰めて、その男の名前を聞き出した。  長谷川彰。本名でSNSを利用してくれていてよかった。  奇抜なメイクをして、中指を立てている写真をアイコンにしている。いい年だということが、アカウント名の最後に置かれた生年を表すのだろう数字からわかる。  彼は公開アカウントで、恋人の愚痴を垂れ流していた。それを聞き流さずにリプライを送って励ますことで、彰は理に、次第に心を許していった。  話を聞けば、彼のいう恋人が、夏織だということはすぐに確信をもった。彰の中では、夏織と別れたという意識はないらしい。  喧嘩をして家を出て行った。二ヶ月くらい経って帰ってみたら、女がいなかったという話をされ、思わず笑ってしまった。  他に男ができたのではないか。慰めながらも、理は煽っていく。  頃合いを見計らって、理は明美が、別のSNSに上げた写真を添付して、彰にダイレクトメッセージを送った。 『これって長谷川さんの、彼女じゃない?』  彰はよく、会いたいだのというコメントとともに、夏織の写真をアップしていた。だから、理が夏織の顔を知っていて、メッセージを送信しても、何らおかしいところはない。  すぐに、「ここはどこだ」と返事が来る。ここで具体的な住所を出しては怪しまれる。事が成ったときには、登録アドレスごとアカウントを消す予定でいるが、念には念を入れなければならない。  自分はもう、あのときのような幼い子供ではない。慎重に行動するべきだ。  まだ新しいマンションのようだから、と、市内でも新築マンションが立ち並んでいる新興住宅街の名称を送信した。勿論、文也たちの住むマンションは、そこに建っている。  文也に危害を加えるわけにはいかないので、理は「その写真を見つけたアカウントを掘ってみたんだけど」と前置きをして、夏織がすでに退職しているという情報も伝えた。 『昼間の方が、人の目があるから相手も話をせざるをえないだろうし、その辺うろちょろしてみたら? 会えるかもよ』  文也が働いている昼間に、夏織と遭遇するように仕向ける。後は、事の成り行きを見守る。  彰が夏織と出会ったときに、何が起こるのかは、理には正確なところはわからない。だが、これまでの経験から、最悪な結果になる可能性もあることを、知っている。  そしてそれを、期待している。  理は眼鏡を外して、椅子の背もたれによりかかり、目を閉じた。
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