第4章:少女たちは冒険を夢見る

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「ろうそくの火も消える直前が一番綺麗だっていうでしょう。私たちの目にあの光が美しく映るのは、確かにあなたの言う通りあの光を灯している人たちの痛みや悲しみがあるからだというのもわかります。私たちが暗闇の中を苦労して乗り越えた後にこの夜景を見ることができたのと同じように、あの光は人々の苦労や涙の結晶となった花なんじゃないでしょうか。」 「それなら…ここにいる僕たちはその人たちのために何ができるだろうか。」 「私たちは…。」 この人はこんなことを思いながらここに来たんだろうか?単に綺麗だと感動するだけじゃなくて、あの中に秘められているメッセージを思って苦悩していたのだろうか。私はそっと彼の手を握った。さっき彼が私にしてくれたように、今度は私が彼を落ち着かせてあげたかった。 「私たちは私たちにできることをすればいいんです。」 「どうやって?」 「どうして悲しく思えてしまうのか考えてみてください。大変な境遇の人たちにはそれぞれの事情があります。貧しくて、食べるものがなくて、家族を失って、家がなくて…私たちにそのたくさんの問題をすべて解決してあげることはできないけれど、助けてあげられる部分だってどこかあるはずなんです。私はそういう人たちが抱えている健康上の問題を解決していく手助けをしたいんです。貧しくても、辛い境遇でも、健康な心と体さえあれば、一つ一つ打開していけると信じています。」 「だからナースになろうとしているんですか?」 「ええ。ナースになって、辛い境遇にありがながら健康も害してしまった人たちが、もう一度立ち上がることができるような『環境』を整えてあげたいんです。絶対に役に立てると思うんです。」 私の瞳が一番輝いているのはナースの話をしている時だと、クロがよく言っていたっけ。だとしたら今はどうだろうか?今、私の瞳はこの夜景より輝いているのだろうか?それとも、私の瞳もこの人には悲しく見えてしまうのだろうか? 「それと…こんなに綺麗な夜景すら悲しく見えてしまうあなたの心の傷もケアしてあげたいです。」 「僕の心を…ですか?」 「はい、私がきちんと看護すれば、あの光も今以上悲しく見えることはないはずです。もちろん他のものも同じです。あなたが幸せならば、あなたの瞳に映るものは全て明るく、幸せに見えるはずです。」 木の紳士は緑色の瞳をしぱしぱさせると、にこっと笑った。これよ、この笑顔がいつも溢れていたらいいのに…この想いからこんな賭けに乗ることにした。動機は何にせよ、私は今、心からこの人に笑っていて欲しいと思っている。しばらく彼を見つめていると、ふと自分がとんでもない発言をしてしまったことに気付いてうつむいた。 「もちろんナースとして、ですよ!と、特別な意味なんかじゃありませんから!」 「ははは…あなたがそう言うなら僕も何かできることを探してみましょう。そうだ、ここを誰でも使うことができるような場所として開放してみるのはどうでしょう?」 「ここをですか?」 この薄気味悪い廃墟を?確かにここも昔は人が住んでいた家だから、壊れているところは修理して掃除をすれば使えないことはないだろうけど…訝しげな表情を浮かべる私に、突拍子もないことをも思いついたお坊っちゃまは自信に満ちた表情で言った。 「看護学校を卒業したら、ここを管理してくれませんか?ここを病院とまではいかなくても、看護学を学んだあなたがここの責任者だと知られれば、たくさんの人の役に立てるはずです。もちろんあなたが僕に惚れずに看護学校へ入学できたらの話ですが。」 「いいですよ、絶対にあなたのことは好きになりませんから。この家までいただけるなら、ますます負けるわけにはいきません。すぐに看護学校に入学してみせます。」 「ファビオラ、お願いがあります。」 決意でぎゅっと握った拳もむなしく、彼が柔らかく言った。 「お願いって?」 「キスしてもいいですか?」 「はい、もちろ…ええ!?」 「こんなに愛らしくて正直で堂々としているあなたを見ていたら、このまま家に帰したら後悔すると思うんです。だからキスしてもいいですか?」 「な、何を言ってるの!結婚を約束する人以外には手を触れてもいけないって、乳母が言ってました!」 「お願いです、ファビオラ。これは男としてのプライドをかけて言っているんだ。手だってとっくに握ったし、こんなに美しい夜景だって一緒に見たし、賭けに勝ったらこの家までプレゼントするんだ。キスくらいどうってことないでしょう?」 そうだった、この男は女たらしなんだった!恥ずかしさからどこか逃げ隠れることができるところはないかと辺りを見回してみたものの、どこにも逃げ場はなかった。バルコニーの端からこっちに近づいて来る彼の顔を見つめていた私は、結局目をぎゅっとつむってしまった。見えなかったけれど、クロが笑っていることだけはわかった。彼が私の肩に手を乗せたかと思うと、頬に何か柔らかい感触を感じた。あれ?何かおかしい…。場所が間違っていると思って目を開くと、目の前に緑色の瞳があった。 「どうしてそんな表情をするんですか?」 「でも、あなた、さっき確かにキスって言ったのに…。」 「したじゃないですか、ここに。」 私の頬をつんつんとつつく彼の意地悪そうな表情を見てやっと、私は騙されたことの衝撃にめまいがした。わざとだったのね…!彼は一体何がそんなに楽しいというのか、怒りで顔色が赤くなったり青白くなったりする私を冷やかし続けた。 「唇にされるって期待してたということは…僕のこと少しは意識してくれてるって思ってもいいですよね?」 「誰が意識なんか!離してください!もう家に帰るわ!この女たらし!」 怒って暴れる私をクロが不意に抱き寄せた。不意に彼の腕の中に収められてしまい、私は女たらし!と叫びながらじたばたした。しかし、彼は私を離そうとはしなかった。ふと何か深刻な雰囲気を感じて少しだけ力を抜くと、彼は私の肩に顔を乗せたまま何も言わずにじっとしていた。表情が見えない状態で、私も彼の肩に顔を乗せた状態でおそるおそる聞いた。 「あの、クロ…どうしたんですか?」 「…ファビオラ、どうしよう。どうしたらいいんだ。」 その後に続く言葉が想像できず、しばらくの間そのまま彼に抱きしめられた状態でただ黙っていた。 「ファビオラ、どうやら僕は…本気であなたに恋してしまったみたいだ。」
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