第2話:契約成立!? 契約成立!

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第2話:契約成立!? 契約成立!

「何バカなこと言ってるんですか。さっさとお帰りください。あなたに構っている暇はありません。」 ぱっと冷たく手を払いのけると、シュアラはバケツを拾い上げた。全く、真剣に対応した自分が情けなくて笑いも出ない。こんな女たらしなんか、さっさと対処して本業に戻らないと… 机の上のカルテを手に取った瞬間、再びあの問題の男の声が聞こえてきた。 「自信がないのか?」 「はい?」 「自信がないのかって聞いたんだ。君は自分の名をかけてこのホテル・デューを運営しているくらいだから、当然プライドだって高いと思ったんだ。でも君の言う『看護』っていうのは単に上辺だけの綺麗事に過ぎなかったのか?」 この男、いったい何者なの…何が目的なの?次々と浮かぶ疑問は解決されないまま、シュアラは向かい側に座っている男を睨み付けた。椅子に腰掛けている男は、もう足まで組んでこの場所になじんでいる様子。こちらをにこやかに見つめていた彼が、一瞬とても真剣な面持ちで重い口を開いた。 「シュアラ、僕は本当に切実な気持ちでここまでやってきたんた。君は確かに言ったはずだ、『ナースの務めは患者の一番近くで、患者にとって最善の環境を整えること』だと。じゃあ、失恋した僕にとって最高の看護をしてくれ。僕がもう一度、この悲しい世界を生きていられるように。」 「切実だなんて…。」 そう語る男の表情は真剣そのもので、17歳の少女ナースは思わず息を飲んだ。一体どうしたらいいというのだろう?人生最大の大きな壁にぶち当たったシュアラは、結局手にしたバケツをもう一度床に下ろした。 「わかりました。私はナースです。誰か具合が悪い人がいるなら、私にはその人を看護して支える義務があります。クロティアス・キエフ、あなたとお付き合いして、その心を元気にしてみせましょう。」 「ありがとう。だが、もし君が本気で僕に惚れてしまったらどうする?」 「心配ご無用です。そんなことは決してありません。これはあくまで『看護』に過ぎませんから。あなたみたいな女たらしを好きになるなんてこと、絶対にありえませんので。」 「そうかそうか、じゃあその決意、最後までしっかりと守ってもらおうじゃないか。」 からかうようなこの返事がこれからどんな危機として襲ってくるのか、この時のシュアラにはまだ知る由もなかった。 <1826年3月26日、昼間に少し晴れ間がのぞいたもののまた曇り。> 「ごきげんよう。良いお天気ですね。」 聞き覚えのある声だと思うと、目の前に先日パーティーで出会った木の紳士がいた。一体どうやってここへ…?目を丸くして見つめると、彼がにこっと笑った。 「美しいレディー。河原で本を読むのが趣味でしょうか?」 「趣味ってほどではありませんが…よく来ます。…お座りになりますか?」 「ありがとうございます。おっと、自己紹介が遅れました。私はクロティアスと申します。皆からはクロと呼ばれています。」 「ファビオラです。」 フルネームを名乗らなかったので、私もファーストネームだけで簡単に済ました。彼はゆっくりと私の横の芝生に腰を下ろした。茶色い髪の毛、緑の瞳。流れる川の水と共に並ぶと、まるでどこかで見た絵画を思い出す。彼はしばらく川を見つめると、ふとこちらを向いた。 「そちらの本はどのような内容ですか?」 「これは…」 つい先日、この本を読んで父に責められたことを思い出す。しかしそれと同時に、堂々と言えずに戸惑う自分自身が嫌になる。私はしばらく悩んだ後、言い出した。 「ナイチンゲール先生の『Notes on Nursing』です。彼女が実際に患者さんを看護する中で、経験してきたことをまとめた記録です。ナースの話がとてもリアルに描かれていて面白いんです。」 「なるほど、とても興味深いですね。どの部分がそんなにリアルでしたか?」 不思議なことに、クロという男は私がどんなことを話しても決して馬鹿にすることはなかった。いつもならば男なんか丸無視して本を読んでいた私だけど、生まれて初めて私の考えを真剣に聞いてくれる人に出会ったことでとても興奮してしまった。彼とはたった2度しか会ってないのに。その事実をすかっり忘れ、私は日が暮れるまで看護への情熱と憧れを一生懸命に話した。 しばらくの間あくび一つせず私の話に耳を傾けてくれた彼がこう尋ねた。 「あなたはどうしてそんなにナースになりたいのですか?」 「理由…ですか?」 「今日あなたの話を聞いて、改めてナースという仕事の素晴らしさを思い知らされました。だとしても、あなたがそこまでの思いを抱くようになった理由がどうしても気になる。単純にナイチンゲールに憧れているからですか?」 病弱だった母が亡くなる直前に話していた言葉を思い出す。そう、お母さんもきっと私と同じ気持ちでこう言ったはずなんだ。私は胸を張ると、堂々と言った。 「これが、この世で私だけができる唯一の仕事だと信じているからです。」 「唯一…?」 「他の誰も、この世の誰にもできない、私ファビオラにしかできない仕事。私は患者さんたちに看護を提供し、その人たちの笑顔を取り戻したいんです。病気を患っている人にはその病気に打ち克つ勇気を、愛を知らない人には温もりを、そして死を迎える人には安らぎを。私の胸の奥に刻まれている幸せの叫びを世の中の人々へ伝えていくこと、それがまさにナースなんです。」 人気の少なくなった川辺の公園はいつの間にか茜色に染まっていた。夕日の光が髪、額、唇に反射する様子をじっと見つめる。すると、夕焼け色に赤く染まった彼の口元が静かに笑みを帯びた。彼から目を離せなくなってしまったことが恥ずかしくなり、私は慌てて立ち上がった。 「ほ、本日は長い時間引き止めてしまって申し訳ありません。」 「いいえ、とても楽しい時間でした。」 「クロ…さんと仰いましたね?私は社交界にはあまり出席しませんが…父はよく顔を出しているので父を通じてご連絡いたします。」 「いいえ、その必要はありません。」 思わぬ冷たい返事に、恥ずかしくなって言葉に詰まってしまう。あーどうしよう、私ったらひとりでつい先走って…ぶつぶつと独り言をつぶやていていると彼が突然私の手を掴んだ。 「今日、あなたに会って心に決めました。」 「な、何をですか?」 一体何の話?混乱していると、彼はゆっくりと立膝をしながら手の甲にキスをした。この状況に驚く隙もなく、彼は引き続き信じられない言葉を口にした。 「ファビオラ、私と結婚してください。」
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