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「うわぁっ!?」
目の前に黒い布のようなものが、風も吹かない部屋の中ではためいていた。
黒い布の塊が視界に収まりきらず上を見上げると、フードを深く被った、微笑を浮かべたような口と細い顎だけをうっすらと覗かせる顔のようなものがあった。まるで黒い空間の中にその部分だけが浮いているように、上から見上げてもフードの中は見えない。爪先から頭までが黒い布に覆われ、2メートルは軽く超える大男のように見える。
「う、あ、だ…誰だ!?どっから入って…」
いや、こいつが誰だとかどこから入ってきたとかどうでもいい。どうみてもまともな人間には見えない。逃げなければ。警察を呼ばなければ…!
≪落ち着きなよ。さっきオレが言ったことが、聞こえなかったのか≫
え…さっき言ったこと…こいつが、さっき言ったことは…
殺してやろうかーー…
殺す。誰を。おれを?
≪場合によっては、君を殺す場合もあるね≫
「な…」
まるで心を読まれたように、今考えたことに対する発言をされた。ーー…殺される!?
≪話は最後まで聞こうよ。オレが、今、殺そうと思っているヤツは、今、君が死んでほしいと願ったヤツのことだ≫
今おれが死んでほしいと願ったヤツ。それは…
「なんだよ…あんたはなんなんだ……!」
≪オレは、いわゆる、『死神』というやつさ。厳密には、少し違うけれど≫
死神…?確かに黒いローブで覆われた様はテレビゲームではお馴染みの「死神」を連想させる。でも…
「死神なんて、いるワケねぇ」
≪君が信じようが信じまいがどうでもいいよ。今重要なのは≫
一拍おいて、続ける。
≪君の両親を殺してあげる、とオレは言ったんだ。どうする?≫
「どうするったって…」
確かに死んでしまえ、とは思った。だからといってこんな急に…
≪ただし。人間がオレに、他の人間を殺させるときは、その人間の、つまり君の、なにかしらを貰っていく。…何、金や寿命を獲るわけじゃないから安心しなよ≫
「そんなこと、言われても、おれは…おれは」
≪まどろっこしいなぁ≫
視界が、ぶれた。いや違う。天井が見える。首に圧力がかかっている。いつの間にか、首根っこを死神の片手に掴まれて地面に伏していたのだ。
「うあ!?」
≪場合によっては君を殺すといったはず。両親を殺させないというなら…君を殺す≫
「…!? なんだ…よ。あんたなんなんだよ!?」
フードの中の微笑がいつの間にか歪んだ笑みへと変わっていた。
≪オレは人さえ殺せればなんでもいい≫
なんだよ、それ。
≪こうみえて短気なの、オレは。で?どうするの?親殺す?それとも…君が死ぬ?≫
「ふざけんな……」
荒げようとした声は掠れていた。死神の膂力は桁外れで、両手で離そうとしても、全く離れそうになかった。自分の命が脅かされているということがハッキリと分かった。
≪迷う必要は無いだろう?あのクソの両親と自分の命どちらが大事か…≫
うる…さい…
≪ウザかったんだよね?あの目の前で繰り広げられる茶番劇が≫
うるさい…うるさいうるさい
≪君は≫
「うるせぇ!!!手ぇどけろぉ!!」
気がつけば怒鳴っていた。死神は笑みを絶やさないまま首から手を離していった。
「お前も…変わんねぇだろ…」
≪何が?≫
「うるせぇ!ムカつくんだよ…」
≪ムカつかれても、ね。どうするのさ?君の両親は≫
「勝手にしとけ!もう、疲れた…」
≪…ほー。なら勝手にさせてもらおう。さっきオレが言ったことを忘れるなよ。君のなにかしらを貰っていく≫
返事はしなかった。身体全身がイヤにだるかった。
気がつけばーー…あの死神はいなくなっていた。
「なんだったんだか…」
そういえば、一階の声も止んでいた。喧嘩は終わっていたのか。そういえば腹も減っていた。
階段を降りる。静かだった。まるで時が止まったように。自分の感情さえ何も感じなかった。
ドアを開けてーー…
あ…
両親が倒れていた。いや、そうではない。二人の身体から血が流れ出していた。なぜか直感的に、冷静に悟った。
死んでいる。と。
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