一パーセント

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ここは伝統ある王国、ピット王国。今日もピット王国の人々には、年齢や貧富関係無しに、暖かい陽の光が降り注いでいた。国一番の高台から見下ろしたこの王国は、絶景とは言えずにも、美しい街並みだった。茶色のレンガで出来た家がいくつも並ぶ中、白く塗られた壁が特徴的な飲食店が一際目立っていた。川を流れる水は夏空のように澄んでいて、夕暮れ時には息子を呼ぶ母の声が響いていた。そんな景色を見ると、誰もが清々しい表情をして高台を後にする。ピット王国の住人は国を愛し、国に愛されていた。 そしてこの少年も。 「これはこれは、王子!よくぞいらっしゃいました」 「えっ、王子!?」 「本物だ!」 昼間の商店街に、そんな声が木霊した。人々が目を見開き、手を口に当て、指を指した先に居たのは、ピット王国の王子、チャールズ王子だった。 「ふふ、皆さん落ち着いて」 チャールズがそう言葉を発すると、パニックに陥っていた商店街のざわめきはやがて静まっていった。 「青果店のお父様、売上の方は順調ですか?」 次にチャールズは青果店を営む大男の前に立ち、上目遣いでそう尋ねた。 「はっ、はい。これもまた王子のお陰でございます」 大男は片膝を地面につき、王子に目線を合わせながらそう答えた。すると王子は満足気に頷いて、それは何よりですねと返してその場を後にした。王子の後ろ姿を眺めるだけの者、王子の後に付く者、ほけーっと空を眺める者。皆がみんな、この国の王子を崇拝していた。 チャールズは、十二歳という若さで天才の称号を我がものとしていた。勉学、スポーツ、芸術。何をやらせても一級の息子を持ち、国王の鼻もさぞ高かったことだろう。 だが天才は天才でも、チャールズは努力の天才だった。陰ながら努力することを美徳としていた為、国民は口を揃えて生まれながらの才能が良いと言う。だが実際は違った。読んで字のごとく血の滲むような努力を重ねた上でのその称号だ。チャールズは王子という立場である事、その責任を十二歳という若さで感じていた。だからこそ人知れず努力を続け、優秀な王子になろうとしていた。だが中にはそんな努力も知らずに、チャールズを恨み妬む者も少なくなかった。 チャールズの初めての挫折は、そう遅くはなかった。それは、四年後の春のことだった。 その体に跨ろうとすると、チャールズの体は馬力によって振り落とされた。何度やっても、振り落とされる。 「王子、先程も言ったでしょう。跨る時はですね……」 教育係の執事が言う。それに対してチャールズは、反骨的な態度を取る。何回やっても、上手くいかなかった。いくらコツを教わろうが、イメージトレーニングをしようが馬に振り落とされてしまう。もちろん、チャールズの努力家精神は未だ健在だった。教育係の目を盗み、明日こそは目に物見せてやるという思いで練習を重ねた。重ねた上で、この結果なのだ。チャールズにとっては、初めての経験だった。努力の天才には、これ以上何をすれば良いのかわからなかった。八方塞がりとはまさにこの事で、次第に自分が馬を乗りこなしているビジョンすら見えなくなっていた。そしてなにより気に食わなかったのが、チャールズを冷やかす声があったことだった。チャールズが馬から振り落とされる度、どこからか、わざとらしい笑い声が飛んできた。その度に歯を食いしばり、拳を地面に叩きつけてやりたい気持ちでいっぱいになった。そうしてだんだんとやる気は失われて、ついには諦めてしまった。これが、チャールズの初めての挫折だった。 そしてチャールズは気付く。自分には、努力しかないと思っていたが本当はそうではなかったこと。勉学もスポーツも、少なからず生まれながらの才能があったのだ。そして、乗馬にはその少なからずの才能すら無かったことを。チャールズは常に九十九パーセントの努力をしていた。そこに一パーセントの才能が無ければ、天才にはなり得ない事を、身を持って知った。なんとも皮肉な名言だと、チャールズはため息をついた。
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