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空から男の子が降ってきた。
――そう言うと、宗教画の丸々としたキューピッドを想像してしまうかもしれないけれど、そんな可愛らしい形容の似合うものでもなかった。要は大学生の、大人の男が二階の屋根から転がり落ちてきたのである。
ぐったりと動かない、マネキンのようにも見える人間の身体がそこに倒れていた。
私はというと、学生食堂の裏手にある花壇で土いじりをしていた。花を潰して落ちてきて、まず思ったことは庭が台無しになったじゃないか、という憤慨だった。立ち上がり、近付いて見て、ああいつものことだ、と思った。
そいつが日生央真である。
彼には奇行があった。絵が完成し、サインを入れるたびに食堂の屋根から飛び降りるのである。入学当初はともあれ、三年目にもなる今ではほとんど誰も気にしなくなっていた。いわゆる〝変な人〟は彼をあたらなくてもそこかしこにいるからだ。
日生央真が食堂の屋根から飛び降りることも〝蒼美大あるある〟なのである――冗談だ。
二階から落ちたくらいでは死なない。ましてこの食堂の裏は軟らかい土になっている。
もう少し気を配って彼の姿を観察した。
落ちたときに下敷きにしてしまったのだろう、腕が明らかに人体の可動域を超えてねじ曲がっている。関節は腫れて、その上の皮膚は痛々しく赤い。それは右腕だった。
彼が左利きでない限り、これは創作に響くな、と他人事のように思った。
気を失って、死んだように身動きしない。
急に心配になって、頭を打っていないかとか、救急車を呼ぶべきか、などと気になるようになった。
軽く頭を持ち上げてみる。
脳みその詰まった人間の頭は石のように重い。
頭をずらした拍子に、彼の閉ざした目蓋から、溜まっていた透明な涙が頬の上に筋を描いて流れた。流星のように、きらりと輝きながら。
――――私はそれを見なかったことにした。
私と彼との出会いはそんな感じだった。
ひょろりとした身体で、風が吹けば飛んでいってしまいそうなほど頼りなかったけれど、澄んだ目をした男だったことを覚えている。
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