探偵と助手の休日

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探偵と助手の休日

「いい豆が手に入った。今日は少し手間をかけるとしよう」  三枝が目を向けると、コーヒー好きの上司が棚からコーヒーミルを取り出しているところだった。機嫌がよさそうだ。 「そのコーヒーミル、使えるんですか?」  上司が手にしているのは、それまで三枝が使ったことのない、アンティークのコーヒーミルだ。当然それは手動で、ハンドルの変色が経年を物語っているようだった。  キッチンにはいくつもコーヒーミルがあり、最近はもっぱら電動のものを使っている。早いだけでなく、均一に挽けるのがメリットだ。 「もちろん、現役だ。今の君よりも若いころ、コーヒーの淹れ方を学びたくて小遣いをはたいて購入した」 「へえ……思い出の品なんですね」 「軸が少しゆがんでいるせいで均一に挽くことができないんだが、こいつは、そこがいい」  小窓をあけて、カラカラと豆を入れながら説明する上司は楽しげだが、三枝は首を傾げた。コーヒー豆を挽くなら、均一の方がいいのではないだろうか。電動のコーヒーミルはそれをうたい文句にしていることもある。  案の定、ミル機から取り出した粉は粒がそろっていなかった。  3ミリほどの大きな塊もあれば、1ミリにも満たない塵のようなものもある。  こんなにばらつきがあって、本当に美味しいコーヒーができるのか、三枝は不安に思った。  ところが、上司はそんな三枝の気持ちを見透かすように笑った。 「コーヒーは奥が深い。だまされたと思って飲んでみるといい」  そう言って出来上がったコーヒーは、クリアで飲みやすいのに、甘さを感じる複雑な味わいになっていた。 「これ、今朝飲んだのと同じ豆ですよね」 「豆は同じだ。しかし、均一に挽いた時と、違うのがわかるかい?」  三枝は即座にうなずいた。  これは衝撃だった。 「こっちの方がクリアだけど香りと甘さを感じるって言うか……正直、あんなにばらつきがあったんで、期待してなかったんですけど。おいしいです」 「粒がそろっていないために複雑さが生じたんだ。細かく挽いた時と、粗く挽いた時では味わいが異なるのは分かるだろう?」 「細かいほうが苦みが出ますよね」 「そうだ。このコーヒーミルで挽いたことによって細挽きと粗挽きが混ざり合い、複雑な味わいを生み出した。このミル機だからこその、絶妙なバランスがある」 「へえ……古いミル機ならではってことですか」 「というよりも、このミル機だからだろうな。軸のゆがみもわざとつけたものではなく、使い込んでいるうちにいつの間にかそうなっていたんだ」 「そうなんですね。ってことは、いつもこっちを使って豆をひいた方がいいですか?」 「いや、そうでもない。均一に挽けるミル機は、豆の味をストレートに伝えてくれるからね。普段使いとしては、そちらの方がいい」  つまり、使い分けろという事のようだ。  確かに豆ごとの味の違いを覚えるためにはマシンを使う方が良いのだろう。 「俺、難しいことはよくわからないですけど。この古いミル機、いいですね。普段使いはマシンだけど、時々、俺もこっちを使っていいですか?」 「ああ、もちろんだ」 「ありがとうございます。俺、この古いミル機使って落としたコーヒー、すげえ好きです」  三枝はミル機のハンドルを握り、一回りさせてみた。  中に豆が入っていないから、当然軽く回ってしまうのだが、少しだけ嬉しい。 「どうも、先輩。これからよろしくお願いします。おいしいコーヒーを飲ませてくださいねー」 「……君は面白いことをするな」 「えー。だって、先生が最初に買ったやつなんですよね。じゃあ、先輩も先輩、大先輩じゃないですか」 「まあな。大事に扱ってくれ」 「はい」  三枝はそくざに頷いた。  アンティークのコーヒーミルが、少しだけ光ったように見えた。
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