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先生が事務的にこなす明日の連絡を軽く受け流すようにして、私はカバンの中に手を伸ばす。その奥にそっと触れる「隠し事」の存在を確かめては私は少しだけニヤけた。あの日思い立ってからずっとこのカバンの奥にしまっておいた「心」が、出番はまだかと疼いてしょうがない。先生の話が終わって、気の抜けた挨拶でその日の学校が終わった。私は荷物を纏めながら、彼の様子を伺っていた。声をかけるタイミングはいつ来るかわからない。その瞬間を逃さないように、実は荷物なんてとっくに纏め終わっていた。彼は、まだ荷物を纏め終わらない。
走って教室を出る友人に軽く手を振って、僕は彼女の様子を伺っていた。彼女はせっせと荷物を纏めている。僕はといえば、片付けをするふりをしながら、チラチラと彼女の様子を伺っている。いつでも取り出せるように、カバンの一番上には、折り畳み傘。何度か視線を送った後、彼女と目が合った。いつまでも終わる気配のない彼女の支度を待つのに飽き始めていた僕は、意を決して話しかけることにした。僕は乱雑に並べられた机の間をすり抜け彼女に近づく。
「傘、貸してあげるよ」
少し前の僕ならこんな提案できる筈もなかった。彼女と二人で帰るようになったのは、文化祭がきっかけだった。もう一ヶ月も前のことだ。
「え、そんな悪いよ」
申し訳なさそうに顔の前で手を振る彼女と二人で、下駄箱まで歩く。外はまるで霧にでも覆われたようにかすかに白んでいる。
「いいって、ほら」
僕は彼女に傘を差し出すと戸惑う彼女を尻目に歩き出した。彼女はすぐに僕に追いついてくると、すぐ隣に並んで歩いた。
「入りなよ」
そう言った彼女の顔は、傘に隠れて見えない。
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