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小さな折り畳み傘の上に弾ける雨粒が、心地よい音を立てる。ほとんど連続したように聞こえるその音は、まるで上品な楽器のようで少しだけ気が引き締まる。けれど、その雨粒の間隔ほど、私たちの距離は近くはない。この傘一つ分の距離がとても遠く感じられて、雨に濡れたわけでもないのに無性に肌寒い。折角の雨なのに、私はあまりにも不甲斐なく、どうしても言うべき一言を口にできない。それでも二人の歩みは止まらずに、帰り道はもう半分を切ってしまった。
「なあ、話聞いてるか?砂川」訝るような彼の声でようやく我に帰る。
「あっ、えっとごめん。なんだっけ?」
私は気不味さから傘を少し下げる。
「だからあ。砂川は進路とか考えてるのかって聞いてるの」
「あっ、進路か、進路進路……今はまだ、考えてないかなあ」
「そうだよな、俺もまだなんもわかんないや」
彼が口を閉じると、再び雨の音だけが聞こえ始めた。しかしその音も次第に心臓の音でかき消されていく。ぐるぐると頭の内を巡る言葉が外部の音を遮断する。
クシュン
軽快な破裂音は彼のくしゃみだった。私はそれを聞いて、ようやく気持ちの整理がついた。
「寒いんならさ、意地はってないで入りなって」
私は傘を思い切り上に持ち上げ、彼の体にくっついた。
「狭いだろ」彼は少しだけ動揺したように声が震えていた。
「山上くん、こうでもしないと傘入ってくれないでしょ」
「でもこれじゃ、」
「相合傘。私とじゃ、嫌かなあ」口に出してみると、自分でも思いもよらなかったほど上ずった声。
彼は一瞬躊躇うように顔を背けた。
「嫌じゃない。むしろ、嬉しいけどさ……」
そう言うと彼は私の手を覆うように右手を重ね、グイッと上に引っ張った。不器用な彼らしい、その仕草に少しだけニヤける。
「俺が持つよ」
私は返事をする代わりに手をするりと彼の右手から逃がし、そのまま彼の腰へ回した。
「もっとくっついていい?」
顔が熱くなっていくのを感じる。一つの傘を使って、まるで一つの生命体のようにくっついている。右肩に染みる雨粒はどうしてか、ほんのちょっぴりだけ温くて、それが幸せなのだと知った。
「あのさ、このまま映画でも見に行かねえ?」
いつの間にか私たちはいつもの分かれ道に立っていた。けれど、私たちは今日、同じ道をゆく。
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